第362話

「その位置に動かれると警護の根本が覆されます。即刻解体していただきます」


「少し前に出すだけでダメになるような手抜きとは呆れた。もっと努力すべきでは?」


 火花を散らす二人を仲裁するはずのカルテスは控室で準備中である。固唾を飲んで見守るギャラリーから声が上がる。


「勝手に変更してもらっては困る。フランコ側の私としては承服しかねる」


 ゴイフ補佐官が警備についてではなく、同じ利用者として変更を認めないと割り込んできた。島のことは知らん顔でだ。


「このくらい良いでしょう!」


「そちらが我を通して変更をしたのを、フランコが仕方なく認めてやったと報道して良いなら構わんよ」


 意地悪くそのように受け答えする。


「そんな手には乗らないわ、片付けなさい!」


 正常な判断が出来ているのか疑問があったが、何せこの場を凌ぐことが出来た。


「――背中位は守れるようになった」


 ゴイフがそう呟いて去っていく。誰にも意味はわからなかったが、アサドは島が口の端を小さく吊り上げたのを見て察した。


「少佐、元に戻るぞ」


 本部に下がって推移を見守ることにする、暫くは何も起きずに過ぎ去る。三時をまわりいよいよ最終演説が行われる時間が迫ってきた。演説の順番はくじ引きで行われ、前半は泡沫候補、後半にフランコとカルテスに決まった。


 ――最後になったか。ちょうど夕陽が射し込むあたりの時間帯だろうが、南半球のなのを忘れてはいけない。


「日が傾く頃になる。光源の変化による注意を」


 島が傍らにいるサルミエ中尉に命じる。アヤラ少佐が手配に一息ついたあたりでそれを伝えた。状況が絞り込めるため快く聞き入れ、それによりどのような注意をすべきか年配の曹長と言葉を交わしていた。


 ――俺が暗殺者ならばどうする? 会場が決まっているならあとは時間の特定だが。


 首を動かさず目だけで周囲を確かめる。そんなもので不審者は見付からないが。早速一人目が演説を始めるが、台本を読んでいるような感覚だけが伝わってくる。


 ――演説順番が決まったのだから時間は限定可能だ。ましてや持ち時間は短くない、台に立ってから始めても間に合うだろう。もしもスナイパーが砲撃をしてきたらどうだ? いささか民間人を巻き込みすぎるが、目的を達成は可能だ。それにより外国人テロリストの仕業で対立候補が死傷をし、逮捕してしまえばどうなる。


 仕掛けたのが誰にしても当選した人物は被害者で、国民の情を得るのは明らかだろう。


「中尉、市街地地図とコンパスを」


「スィン」


 信じられないことに演説をしていた候補者が持ち時間を残して終了した。しかも当選は無理だと判断してお疲れ様の挨拶でだ。流石のラ米と解釈するしかない。

 繰り上げて二人目が演説を始めた。サルミエが地図を持って戻ってくる。


「ボス、こちらを」


 現在に赤く丸をして地図を広めに眺める。縮尺を確めコンパスを開き、赤丸に軸を据えて円を描いた。


 定規で十字線を書き足して交わる四ヶ所に注目した。うち三ヶ所は住宅地だが、西側はスタジアムの上で交差している。


「これは?」


「アスンシオンスタジアムです」


 一瞥してサルミエが答える。たまたま妹と観戦に行ったので即答できた。


「今日の予定を確認するんだ」


 すぐに警察指揮官に依頼して関係各所に連絡する。責任者が捕まりスケジュールが明かされた。


「今日は休みで使用の予定はありません」


 大統領最終演説日なので客足も伸びないだろう見込みが理由なのを付け加える。


「ここに警官は居るか?」


 何やら緊急事態があったのだろうかと、現場の警察指揮官がやってきた。


「閣下、何か心配事でも御座いましたか?」


 肩の星を素早く確認し、端的に説明する。


「警視正、アスンシオンスタジアムに砲撃陣地を置かれた可能性がある」


「な、なんですって!」


「ここから真西にあたる、今日はスタジアムに人もいない。警備はどうなっている?」


「居ません。至急近くのパトカーを向かわせます!」


 言うが早いか緊急無線で現場に向かうように命令が出された。


 ――もしそこに奴が居たなら警官に阻止は可能だろうか? 偽装があって見抜けない場合は?


「エーン大尉!」


 近くに居るだろう彼を呼びつける。本部の外で警備を監察していたが、命令を耳にして駆け付ける。


「スィン ドン・ヘネラール」


「大至急アスンシオンスタジアムに向かえ、砲撃陣地が据えられた可能性がある」


「ヴァヤ!」


 手下の半数を引き連れバイクに股がりスタジアムへ急行した。オビエト軍曹が残りの指揮を引き継ぐ。二分もあれば到達する見込みだ。


「警視正、バイクが向かう、道路を空けさせろ」


「はい、閣下」


 交通整理に出ている係にカルロス・アントニオ・ロペス通りを緊急車両が通ると伝えバイクを最優先で通すようにさせる。そうこうしているうちに二人目も演説を切り上げて終わらせてしまう。


 ――なんだと!


 こともあろうに最後だったはずのカルテスが順番を変えて登壇しようとしているではないか。アヤラ少佐の命令で急遽警備が固められる。どうやら現場も変更を聞かされていなかったようだ。


 ――最後の方が有利なはずなのに何故? 余った時間を使って良いからとでも言われたのかも知れんな。それともフランコ側の時間が繰り上がるのを避けた? だとしたら筋が通らんな。狙われたが死傷をしない、そんなところが目的だったら自作自演だぞ。


 何とか背後の操り糸の一本でも手繰れないか思考するが、確定的な情報が少なすぎて纏まらない。


「エーン大尉、スタジアムに到着」


 不意に声が聞こえた。しっかりと無線機を抱えていったらしい。マイクを引き取り島が直接応答する。


「状況を報告するんだ」


「スタジアム周辺に異状なし。鍵を確保してあります。一般警官が八人、本部のが四人ライフル武装です」


「スタジアム内を捜索しろ」


「了解です」


 雑音が混ざり交信が途切れる。市街地で電波が乱れるのが原因だろうか。


 ――演説が始まったか! もし砲撃をされたら即座にモールに避難させねば。混乱で二発目を撃ち込まれてからでは遅くなる。


「軍曹」


「なんでしょうか」


「四人を連れカルテス候補の傍に。もし着弾があれば無理矢理モールに引っ張り避難を」


「はっ!」


 二人一組にして四方にある入口に走らせる。ライフル組も半数を裏手――北側に向かわせた。エーンはライフル手二人と正面入口から階段を登る。

 警官が拳銃を構えて客席の中段あたりにある出入り口から姿を現す。競技場を見下ろしても人影どころかボール一つ転がっていない。


「大尉、西側の客席にシートが」


 指摘された場所には緑のビニールシートがあった。だが距離があって風で揺れているのか人がいるのか解らない。


「あそこに向かうぞ」


 即断し二人と共に速足で近づいて行く。拳銃警官が同じ様にシートに寄る。


「動くな警察だ!」


 蠢くシートに向かい警告を発した。エーンがシートを剥ぐように命じる、それを勢いよく引っ張るとそこには子供が居た。小学生低学年位だろうか。

 驚いて目を丸くしている少年の傍には、がっちり固定してある迫撃砲台と砲弾が四本。その脇に時計があり赤い線が塗られていた。足元にはお菓子の袋が散らばっている。


「何をしているんだ」エーンが脅かせてはいけないと銃を下げさせる。警官を捜索に戻した。


「お菓子をくれるからって。ここで時間になったらそれを筒に入れるように言われた、小遣いもくれるんだ」


「誰がそんなことを?」


「名前は知らない。青い目のおじちゃんだよ」


 ――スナイパーだ! 赤線はフランコの演説時間だな、迫撃砲で混乱させて狙うつもりか!


「エーン大尉、ボス。迫撃砲を発見、砲撃を阻止。自動で砲撃するよう、青い目の男が指示した模様」


 早口にならないように抑えながら無線で報告する。目は周辺を広く捉えているが他には何も無さそうだ。


「俺だ、その場を警官に任せて戻れ」

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