第321話


「軍事拠点でも吐かせようといったわけかな」

「何等かの強力な兵器を管理していたようです。それが何かははっきりしませんが」

「捕虜になったとわかれば、保管場所を変えるだろう」

「ならば生かしている理由は?」


 逆に問われるが、これだといった答えが出なかった。


 ――用があるから処分しないんだ、事情があるんだろうな。


「確率は半々としよう」


 トラックには回りと同じような、茶色系統の幌を採用していた。遠目に解りづらく、軍の砂漠迷彩に違いが民間の代物を選んでいる。商用品や旅必需品と一緒に、少し妙な道具も積載してた。砂から脱出するための足場に使う、そんな触れ込みで合板の筒が連なったものが、車体両脇にくくりつけられている。実のところは単発式のクロスボウであり、飛距離と実用性を犠牲にして奇襲武器に改造してあった。


 ――試射の結果は、デリンジャーよりは有効って位だったな。


 非力な女性ですら、手のひらに簡単に収まる銃。しかも単発または二発までしか射てない、護身用と大差がない。致命傷を与えるには、何等かの弱点に命中させる必要がある。クォレル――矢には鉛筆が使われるため、各自が数本身に付けていた。

 延々と揺られて、ようやくブッキィに到着した。一日を休養に充てると同時に、試しに一度砂糖を販売してみた。


「こいつは旨いな!」


 宿の主人が茶にとかして、あっという間に飲み干した。


「今回は宣伝分としてしか持ってきていません。三ヶ月か四ヶ月後に販売にきますので、事前に連絡させていただきます」


 カールマルがパシュトゥーン語に通訳して、英語で島に伝える。エージェントを完全に信用し、複数の通訳を置かない。少なくともそのような姿勢を見せる。せがまれたために、一キロ入りの袋を十袋余計に渡してやる。その日の夕食が豪華で割安だったのは言うまでもない。日本で精製したものをわざわざロシアで詰め直したのだ、仕上がりは最高である。


 翌日、ゆっくりとトラックを北に向けて走らせる。程なくして国境に検問所が置かれているのが見えた。朝早いせいかそこそこの列が出来ていた。順調に人の数が減って行き、次といったところで休憩になってしまった。だがそれを足留めとは考えない。砂糖を使ってみてくれと差し出すと、すぐに係官らがクレクレと殺到した。二十袋を隊長に渡すと、旅券に砂糖商人と追加署名まで貰い通過を許可された。アフガニスタン側でも同じように、砂糖を求められた。


 ――紙幣を賄賂に渡すより、余程効果があるな!


 辺境任務なせいもあるだろうが、飲み食いに関する部分は誰しもが強い興味を持っているようだ。ターリバーンの徴税係もそうであってくれと、願望を抱く。

 川辺に隠したとされる武器の類いが、無事に発見できるかが頭を過った。監督官が別の筋から用意しているはずだ。


 ――しかしここまでやるからには、CIAとして採算がとれる算段があるんだろうな。ピョートルについて、事前に何等かの情報を掴んでいた可能性があるぞ。アメリカがそこまでして回収したい何か。アフガニスタンという場所柄を加味して考えれば、アレがあるな。


 人道上だの正義だので動くのとは違い、一部局とは得られる結果と掛けられる費用で天秤をはかるものだ。


 ――俺とロマノフスキーがタダ働きと考えれば、丁度よいから後押しに費用を割ける等だろうな。ロシアからの無罪通告、もしかしてそこまで計算して……なんてことはないか。だがCIAならばやりかねんぞ、その位の知恵があるやつが十年単位で計画する案件は多々あるはずだからな。


 砂漠からステップのような淡い緑が拡がる場所を走っていると、不意に物陰から現れた男に停められた。手には小銃を持っていて、顔を布でくるんでいる。


「ターリバーンだ、積み荷の検査を行う」


 四人ずつトラックに近寄り、有無を言わさずに荷台に入り込む。二人が少し離れた場所でその動きを見ていた。指揮官である。


「積み荷は砂糖です、どうぞご確認下さい」


 カールマルが平然とした顔で説明する。荷台では兵士が「砂糖だ」と結果を口にしていた。特に怪しいものはないのを認め、通行税を求める。その時、一人の若い兵士が、びんに入った透明の液体を見付けてこれは何だと尋問する。


「消毒液です。食品なので衛生に注意してまして。劇薬だから薄めて使うものです」


 危ないから素手では触らないようにと注意する。これといって他に何もないので、通ってよしと告げられた。


 ――銃でも見付かれば終わりだったな。徴税をしたが砂糖には食指を動かされないか。真面目な指揮官なのかも知れん。


 河を渡ったあたりで、別のターリバーンによる徴税が再度行われた。複数の団体に別れていると聞いていたが、独立した団体が集まっている、そんな感じがした。金で済むならことを荒げる必要もないため、黙って支払いザランジにと辿り着く。ぺシャワールを発ってから七日目であった。

 市役所がとても大きく、一エーカー近い広さに一階建ての妙に真新しい庁舎があった。サッカーグラウンド一面分と考えたら理解しやすい。


「多額の費用をかけて建て替えられました」


「ちょっとした要塞みたいだ」


 政府は空港があるザランジを保持するために、人口の割りには税金を多額投下していた。そのため、都市の住人は政府よりの支持を与えている。南部に於いて政権が支配しているのは、点と線でしかない。多大な不毛地帯はテロリストの独壇場である。

 まずは砂糖を売り込むために真面目にまわる。そうした実績を残して後に、武器を譲ってくれるという相手を訪問した。取扱いの業種は違っても、こと砂糖に関しては自宅用それも一族や近所で使う分としたら、それなりの数字になったので怪しまれない。とんだ副次的効果もあったものである。


 夕暮れを越えて、あたりが薄暗くなる。これから新たに出掛けようとする者は、極めて少なくなるだろう。窓を締め切った部屋に並べられた武器を、じっくりと観察する。徐に一つを手にした。


「ある程度使い込んだモノの方が、銃も女も具合が良い」


 島は付き添っているだけで、ロマノフスキーとカールマルに全てを任せる。ただの砂糖商人との立場を逸脱しない。商隊の武装になるからと、同席しているだけだ。


「そうでしょう、ここにあるのは実証ずみの品だけです。旦那方にも満足いただけるはずですよ」


 支払はドル紙幣で行う。カーブルのダラーショップにいけば、アフガニスタンで目玉が飛び出るような価格の品が普通に手に入る。外貨の威力は絶大だ。


「このあたりの盗賊はどのような装備を?」


 AK47を肩付してみながら、雑談口調で尋ねる。わからないと答えるわけにもいかず、「ここに並んでいるのと、ほぼ変わりません」などと口にする。つまりは双方に通じている可能性の示唆でもあった。


「ロケットの類いは並んでいないが?」


「あれは保管に細心の注意が必要でして」


 出し惜しみをしていると思われたらたまらないと、目録としてメモを差し出してくる。


 ――アメリカ製の品とソ連、中国もか。


 ちらりと島もメモを見るが、あとは動きを見せない。新旧混合であったが、どちらかと言えば新しい物が目につく。旧い安価品は手にはいらないのか、買い手がいるのか。


「アメリカ製のロケット、新しいのを買いましょう」


 カルザイ政権から流出したのか別ルートからなのかははっきりしないが、アフガニスタンに駐留しているアメリカ軍が、現地軍に供与したのと同じ型であった。考えていたのよりは上等な装備を買い入れる。値引きを求めない代わりに、とある提示をしてみた。


「武装組織に卸せるだけの数は用意できるか?」


「えっ」


 ロマノフスキーが個人の購入客とは全く違った感じで、不意に話を振った。裏切りの警戒と同時に、利用可能ならばそうしてみようとの布石でもある。


「……例えばの話ですが、どの位の規模でしょうか?」


 相手を確かめようとはせず、数のみを聞く。背後を探らないというのは、彼にとっても安全策なのだ。余計なことは知らない方が長生きできる。


「数個中隊だな」


 ロマノフスキーもまた、ブラフを見抜かれまいと手探りで続ける。もっともその位の人数ならば、数ヶ月で立ち上げるだけの経験は持ち合わせていた。それにウズベク人は既にそのような組織が複数あるため、既存のものを利用も出来た。


「お代は?」

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