第320話
「パキスタン側にまできたら、そこから空輸するのは任せて欲しい」
――直線距離で二百キロか! ピョートルが歩けない状態なのも想定して、準備せねばならんぞ。
「衛星写真を」
用意してあったものを見せられる。ザランジからパキスタンのブッキィまでで、自身が調べた地図と大きく異なる点があった。
「ヘルマンド河が写っていませんが?」
ザランジの西側をうねっている筈の河が、何故か見当たらない。目を凝らして見ると、ようやくそれらしき細い線が浮かんできた。
「昨今の干ばつで水量が激減している。歩いて渡るのは無理だが、船が行き来するのも困難な状態になっている」
場所によっては筏くらいなら渡すことが出きるかも知れない。渡河も一筋縄ではない部分を指摘する。
――橋を大っぴらに使うわけにはいかんな、見張りが絶対にいる。検査されたら一発で拘束されるぞ。
「イランやパキスタンとの往来は、普段どのように?」
「出入国審査がある、橋が複数箇所に。橋自体は政府が支配しているが、周辺はターリバーン勢力だ。二重に徴税されてしまう」
――どちらにとっても適切な者が、二重の税金を支払い使うわけか。物価は極めて高そうだな。だが行きはそれを使えそうだぞ。
「ブッキィに、医師とチョッパーの手配をお願いします」
「わかった。連絡方法はどうするかね」
――電話など通信機は持ち込めないな、すぐに怪しまれちまう。何も言わずにこちらの行動を知らせて、状態を把握出きるものか。
「ひよこ豆や、いちぢくのような見た目の発信器は作れませんか?」
「それは可能だろう。三日もあれば用意できるが?」
「食品の行商を装い、ザランジに正面から入ります」
物資の不足が著しく、食品の通過ならば政府もターリバーンも認めるだろうと。何より本業だったのだから、カールマルもやりやすかろう。
「君達は商隊の労働者か」
成否の程を試算しているようだ。それなりに可能性がある証拠だろう。
「ロシア人が居るべき理由となる扱い品目とは?」
――あまりに特殊な物はいかん。それでいて利益を産まないものは論外だ。わざわざ運び入れて、俺が必要な理由か。アフガン人は茶が大の好物だったな。茶うけも茶そのものも甘いのが当たり前か。まさかあのイチゴ大福が身を助けるとは、考えもしなかったね。
「ロシアから砂糖を売り込みに来たことにします」
「砂糖?」
パシュトゥーン人が砂糖の一大消費者であるのはわかっていたが、監督官には何故砂糖を選んだかの理由が理解できなかった。
「砂糖には種類があり、甘みや口当たりにかなりの差があります。色や風味だけでなく、熱による溶け具合も」
「グラニュー糖?」
「いえ、和三盆や三温糖の類いです」
聞いたこともない単語を翻訳出来ず、インターネットを開いて画面を見せながら説明する。
「精製段階での違いか」
「食べたら違いがわかります。菓子用に店舗に売るため、産地から出向いてきた触れ込みを」
「ザ・カンパニーが、現地の企業一つを影響下に置くようしておこう」
監督官から入国に関するゴーサインが出た。数日観光以外で滞在しても、怪しまれない商用が出来たのは大きい。
――あとは救出だな。橋を渡る手前、川沿いの荒野に貯蔵所を設置しておけば、脱出の際に追撃を撃退可能になる。入国時に丸腰では往生するぞ、武器を手に入れねば!
もう一度写真に視線を落とす、何か解決策を模索しだした。
「途中で野盗あたりに出会しても対抗可能な武器を持ちたいですが、入国で検査されて問題発生とはいきませんね」
武器に見えない武器、この選択は難しい。偽装させても察知されたらそこまでなので、見付かっても理解の範囲外なのが望ましい。
「爆薬程ではないが、固まっていたら被害を与えられるものならある」
「それは?」
監督官がご機嫌で記憶から単語を引っ張り出してくる。
「塩素酸カリウムと硫酸だよ」
「それを混合する?」
「それだけでは犬も振り向いてくれないだろうね。前者と砂糖を混合し、硫酸を加えたら、派手に燃え上がり炎を撒き散らす」
いつかやってみたかったのだろう、満面の笑みで意外な武器を提示してくる。
「砂糖を! 爆発的な火焔びん、しかも火は要らないわけですか」
――硫酸と塩素酸カリウムとやらを別にしておけば、そんな化学反応を見抜くやつはいまい! 言うからには入手に問題はなかろう。離れた奴に攻撃する手段が必要だ。弓矢とはいかんが、クロスボウならば俺でも二度に一度は当てられる。
現地で銃器を受け取るのは計画するにしても、国境から都市に辿り着くまで、その間自衛しなければならない。空路入ればフルマークされてしまうのは、目に見えているからだ。
物品の手配を済ませて、カールマルの帰還を待った。ロマノフスキーもぺシャワールに呼び寄せ、ついに開始をする。現地に水が無いのを承知で、トラックを使って商品と共に運び込むことにする。当初は現地で手に入る馬なり何なりを使うとの選択肢もあったが、納得の上で案を引っ込めた。
「ブッキィまで三日もあれば到着します。途中でガソリンスタンドは殆んど無いと考え、予備の燃料も積んでいきます」
英語を共通語にして三人は話し合う。車はトラック二台で、パシュトゥーン人三人が雇われていて、戦闘要員でもある。それぞれ全くバラバラに雇用したので、まとめて裏切られる心配は極めて少ない。これらが一族などならば、示しあわせて反乱する心配があるのだ。
ロマノフスキーの役処をどうするか悩んだが、ウズベク語通訳兼整備士とすることにした。外人部隊で一通り整備訓練をしたが、難しいことはお手上げである。
「壊すのなら得意なんですがね」
「そいつは俺もだ」
島とカールマルが同じトラックに乗り、道すがら現地知識を引き出そうとする。運転手らは皆、英語を理解しない。確かめるために何度か不穏な言葉を咄嗟に呼び掛けたが、不理解との顔でぽかんとしていたので盗み聞きはない。
「ザランジ周辺のどのあたり?」
「はい、東の山がちなところに居るようです」
「何故そんな場所に遙々移送を?」
これについては島もロマノフスキーも疑問だった。たかがゲリラ一人をわざわざつれ回す必要がどこにあるのかと。
「そのロマノフスキーは、北部ウズベク人による武装組織、ウズベク国民運動戦線の戦闘指揮官らしいです」
――血は争えないな! つまりは何等かの価値があるから、即座に処刑せずに生かしているわけだ。その理由はなんだろうか。
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