第319話


「実績は?」


「北部同盟との紛争で、ターリバーン側の動員をいち早く察知した。また麻薬の流通を二度差し止めるのに成功している。どうだね」


「文句ないですね」


 裏切るよりあと一度二度成功させたほうが、より良い状態だと考えられた。それに情報面で強いのがはっきりしていて安心である。


「カールマルとはパシュトゥーン語で、働き者の意味だよ」監督官は笑みを浮かべた。


「ぴったりですね。ロマノフスキーですが、救出出来れば北部で役に立ちます。テルメズ生まれでムスリムではないウズベク人です」


 価値がある人物だと刷り込んでおく。中佐の兄が無能とは思えないし、仮にそうだとしたらロマノフスキーが隠さずに申告しているはずだと。


「弟が准将の部下と聞いたが、もし同等の素質があるなら、私も買いだと思うよ」


 何せ君らはCIAの有力協力者リストのAランクにいるから、などと漏らす。スーダンを手始めに、ニカラグア、アルジェリアで結果を出しているのを指摘する。他のは軍への協力に主軸があるらしい。


 ――それでいてターリバーンのブラックリストでもAランクなわけだ。


 ぺシャワールの一角でカールマルと接触する。この付近を歩いていて、全く違和感がないのがすぐにわかった。


 ――中佐も現地人だから、俺だけが怪しいわけか。東洋人だからまだましといえばましだな。


「やあカールマル。ザ・カンパニーのオーストラフだ」


 CIAのことを職員はザ・カンパニーと呼称する。島も臨時でその名を借りることにし、コードネームをオーストラフにした。沿海州の離島で育ったロシア人に偽装し、言葉が不十分なのを地方訛りのせいにする。カールマルとは英語でやり取りするが、対外的にはロシア語のみを使うつもりで臨む。


「カールマルです。アシスタントディレクター?」


「ああ、今回が大成功なら君は望みを叶えられる。そうでなければ、あともう一度だろう。評価を任されているよ」


 カールマルの表情に決意の色が見られた、やる気を引き出すのに少しは役だったようだ。


「何せ頑張ります。何なりとお申し付け下さい」


「頼むよ。アレクサンデルヴィチ・ピョートル・ロマノフスキー。ウズベク人でロシア正教信者だ、彼を探しだし脱出させる」


 北部でゲリラ活動中にターリバーンに拘束されたことを告げる。他にもわかる範囲で手懸かりを伝えた。


「CIAのエージェントですか?」


「いや違う、協力者の家族だ。アメリカは国家に益する人物の苦悩を見逃さない。君が忠誠を誓い誠実に尽くしている限り、国家は家族を庇護してくれるだろう」


 そんな枝葉の者まで保護してくれるものかと、彼は驚く。


「ターリバーンは南部に勢力を置いています。北部から移送したなら、目撃情報が必ずあるはずです」


「やり方は任せる。連絡は監督官に行うんだ、救出実施では俺も現場に入る」


 こんな冒険は滅多にするものではないが、親友の頼みを断るつもりなど全くない。やるからには全力を尽くすのみである。


「民族衣装にターバンをしていたら、瞳の色からは露見しないでしょう」


「まずは見た目ってわけだな。真新しいものでは怪しい、着なれておくことにしよう」


 ありがたく忠言を受け入れて、僅かでも瑕疵を減らすよう努める。一度しくじると警戒されたり、処刑されたりしてしまうので、注意は余計にした。


 CIAの口利により、パキスタン入国のスタンプを、日本旅券にも捺印してもらう。イーリヤとしてウズベキスタンとパキスタンをうろうろしていたら、怪しまれる原因になるからとの配慮だった。オーストラフ旅券については、ウラジオストクで出国、イスラマバードで入国とされていた。そのため、出身地とウラジオストクまでの詳細な資料を渡され、よく頭に叩き込んでおくようにと厳しく注意された。


 ――自身の為だ、待機中は繰返し記憶しよう。


 テルメズに戻ると、ロマノフスキーが一人で迎えにきてくれた。


「先方の受け入れが認められました。こちらのお偉いも計画を承知で、部分的な協力をしてくれます」


 人や金は出さないといった意味合いだろう。彼は短期間できっちりと、やらねばならないことをやってのけた。


「ザ・カンパニーも決裁してくれたよ。派遣社員を一人貸してくれた、歴年のね」


 誰かが聞いても商談だろうと思える言葉を選んで会話した。もう作戦は始まっている。


「この前から新しい情報は入っていません」


 少し落ち込む彼を横に、それは処刑されたなどの変化がないことだと、前向きに受け取ろうと励ます。


「互いの呼び名を決めておこう。階級は厳禁だ、俺はオーストラフだよ」


 イエメンを思い出すな、などと呟く。あれは苦い経験だった。


「ではニコライで。街中で叫べば何人振り向くやら」


 ロシア風の名前は聖人などからつけられている。当然バラエティーは少ないので、多くが同じ名前なのだ。大概は姓を使うため、名前が何だったか解らないロシア人は多い。


「現地の道具に慣れておこう。と言っても、コンゴで山とあったあれだな」


 カラシニコフ博士が作り出した、AK47突撃銃。アフガニスタンで、最も一般的な小銃である。砂嵐があろうと、質の低いグリースだろうと、簡単に使えなくなることがない為、まさにゲリラ勢力と対で語られることが多々ある。名人は道具を選ばないが、名品は人を選ばない。


「レジオンの第8中隊から今の今までなので、渇きには強いのが救いです」


 ――あれは体験した者にしかわからないからな。事前に慣らしておく必要もあるか。


「ところで兄の顔写真はある?」


 似ているのはわかるが、やはり一度見ておくとはっきりする。


「一切ありません。処分してしまったようです」


 何せ反社会的な行為をするために出ていったのだ、それくらいは手回しするだろう。


「家族から見て、現在のニコライとピョートルは似ている?」


 毎日顔を会わせていたら、差違がはっきりわかる。その家族が似ていると言うなら、そっくりなのだが。


「自分より線が細い感じで髭もじゃです。目鼻は似ているはずですが、家族が見間違いすることはないでしょう」


 ――目鼻か。ターバンや貫頭衣を着ていてもわかるかも知れないが、こちらから名前で呼び掛けないような警戒はいるだろうな。


 他人を連れ出すようなことがあっては、どうにも申し開き出来ない。ロマノフスキーが近くに居ないときに、自身のみで判断しなければならないことも考慮する。


「家族は先に?」


 直前まで動きを見せないのは鉄則である。移住に障害が出きる前に、済ませてしまうのも手であるので判断を委ねた。


「家族のせいで兄が救えなくなると、悔やみきれません。直前にします」


「わかった」


 島が返したのは、たった一言、それだけであった。カールマルが掴んだ情報を、監督官が伝えてきた。どうやらそれらしき人物が、ザランジ周辺に連れられて行ったようだ。ザランジはアフガニスタンの南西端にあり、河川の隣の街である。その先はすぐにイランだ。


「参ったな、そんな奥地か! 渡河して逃げられたらお手上げだ」


「ザ・カンパニーとしては、イランでの戦闘行動は支援出来ない」


 出来ないというよりはしない、するわけにはいかないのだ。ぺシャワール付近ならばどうとでも追い回せるのだが。


「脱出はそうなると、南に進んで渡河して荒れ地を抜けてパキスタン……」


 その方面では、ウズベク人勢力の協力も期待できない。アフガニスタンにはスティンガーと呼ばれる、アメリカの対空兵器があるため、おいそれと奥地にチョッパーを入れることは出来ない。これについては軍というより、国家としての失策と皆が認めている。

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