第318話


「好きにしな」


 ――おいおい、勘弁してくれよ。


 あれよあれよと言う間に話が進み、いつしか自分がついでになってしまったような、変な感覚に陥ってしまう島であった。



第六十六章 潜入アフガニスタン



 用事があるからお前一人で行け。新婚の妻にルワンダで突然別行動を言い渡されてしまう。


 ――稼業の仕込みか、口出しはやめておこう。


 各所の実施までにぽかんと空白が出来た、半月は長い。さてどうしたものかと考えたとき、親友の顔が浮かんだ。


 ――ウズベキスタンに行ってみるとするか!


 連絡を入れてみると、無事に実家で休暇を楽しんでいるようだった。カイロから首都タシュケントにと空路渡り、テルメズという街に向けて乗り換える。


 ――ウズベク語はロシア語のキリル文字だけでなく、アラビア文字でも表すのか。何となくだがわかるな。


 それでも英語だけを使って全てをこなす。空路だけならば不都合は何もなかった。テルメズ空港へは毎日便があったので、近くで一泊との事態はさけられた。しかし予定の時間には遅れて、あたりは暗くなってしまう。国際線ならばまだしも、ウズベキスタンの国内線ではきっちりいくほうが稀だろう。列車なりバスなりにしても全ては予定や目安であって、時間通りやって来るとは誰も思ってはいないのだ。


 ロビーを見渡すと、一際大きな体をした男が近付いてくるのが目にはいった。


「古臭い感じがする場所でしょう」


「郷愁そそられるとしておこうじゃないか」


 握手を交わして腕を軽く叩き笑みを向ける。先導されるのに従い、目線だけであちこちを観察する。


「内陸国だから砂漠ってわけでもないもんだな」


 空気もさほど乾いておらず、適度な湿度と気温で意外な程だ。タシュケントは少なくとも、想像したのとあまり違いはなかった。


「大きな河があってそれでです。河なのに港があるのも、また珍しいでしょう」


 事実、そこまでの機能を持った河港は、世界でも稀である。ソ連軍による手が入っていたりもするが、そこに街が建てられた一因として、河川の利用をしやすい地勢なのがあげられる。何十年前に造られたか判然としない煤けた乗用車には、どことなく似た面影がある女性が乗っていた。姪だと紹介され、なるほどと頷く。


「ナターシャ・ロマノフスカヤです」


「ルンオスキエ・イーリヤだ。わざわざ済まないね」


 二十歳位だろう彼女に言葉を返しながら、狭い車内後部に二人が座る。


「ナターシャ、マーケットに寄ってくれ」


「はい、叔父様」


 地物の扱いを観察してみてください、と寄り道をさせる。滅多に来ないのだから、見学してみようと島も乗り気な反応をした。情勢が不安定になったり、支払うための外貨が不足すると、店舗に物が並ばなくなる。どうですかと見せられて、何とも言葉を失ってしまった。


「いつから並んでいるかわからないこいつが、取り合いになるわけか」


 間違いなく痛んでいるだろう中味の包みを、そっと棚に戻す。二重内陸国の不利はあるにしても、ここまで酷いと政治の責任は問われるべきだろう。


 ――ロマノフスキーの心情が伝わってくるな。だがいかんともし難い。


 比較的新しいだろう鶏肉を手にして、カウンターに向かう。現地通貨で恐ろしい値段がついていたが、ドル紙幣を取り出してこいつでどうだと持ち掛けると、喜んでポケットにとしまい込んだ。それにしたってイスラム国家なのが色濃く見受けられた。その中で彼のような異教徒は、果たしてどのように育ったのか。国民の九割以上がムスリムなのだ。


 車に戻ってから、突然スペイン語を使い「兄を一緒に助け出していただけませんか」協力を求めてきた。当然島の返事は一つである。


「喜んで力になるよ」


 何ら質問を挟まずに、自宅に到着する。ボロの木造建築かと思っていたが、頑丈なコンクリート製の建物だった。聞いてみるとテルメズは、建材が特産だと言う。


「友人のイーリヤさんです」


 ロシア語で家族一人ずつを紹介する。父母、ロマノフスキーの義姉と姪が暮らしている。父母はまだ六十歳を過ぎて少しらしいが、栄養状態の悪さからかかなりの老人に見えた。


「あなたがニコライの……何もありませんが、どうぞゆっくりしていって下さい」


 ニコライとは誰かと思ったが、ロマノフスキーの名前がそうだったと、一瞬だけ戸惑ってしまった。


 ――すると父親がアレクサンデルってわけか。


 客間があるわけではないようで、ロマノフスキーと一緒に兄の部屋を使わせてもらうことになった。示し合わせて散歩にと出掛けることにする。皆が口数少なく、どうやら余計なことを言わないよう過ごしているようだ。社会主義支配の生活が長かったから、その影響に違いない。


 翌朝、川辺を歩きながら兄について尋ねる。四十歳前後の人物だとのこと以外、全くわかっていない。


「兄は自分が居なくなってから家族を支えてきました。それが一昨年、姿を消しました」丁度ロシア軍から無罪放免を通知されたあたりだったらしい。昔の兄を思いだしながら続ける「ロシアの圧力外交が弟を殺したと。単身アフガニスタンへ渡り、現地でゲリラへ入り、ロシア軍と戦っていたのですが……」


 ――ロマノフスキーの兄っていうんだ、戦いの素質はあるだろうな!


「敗走したときにターリバーン勢力に捕まり、拘留されていると知りました」


 ロマノフスキーがムスリムでないのだから、兄も違うはずで、そうなればターリバーンが仲間として遇するわけもない。


「それが二ヶ月前の話です。帰国して聞かされ、すぐにアフガニスタンの情報を集めましたが、わかったのはここまでです」


 ――あまりにも難しい場所だ、昨日今日始めた位ではいつ辿り着くかわからんぞ! それにロシア軍と戦っていたなら、帰国しても危険は無くならないだろうな。


「仮に兄を救出したとしたら、テルメズは安全とは言えなくなる。移住先を決めておくべきじゃないか?」


 もし先祖代々住んできた土地から離れたくないならば、兄だけをどこかに匿うしかない。どちらが良いかはわからないが、テルメズで平和に暮らすわけにはいかないのだ。


「義姉がトルクメンなので、トルクメニスタンに移るよう説得します」


「ロマノフスキー、お前は移住とウズベキスタン政府の協力を得るんだ」


「ウズベク人の保護と説明し、出国についても了承を得ておきます」


 宗教は少数派であっても、自国民であることは変わらない。また憎いロシアに一矢報いた人物ならば印象も違う。かなり複雑な勢力図であるが、ターリバーンを敵とするならば細かい部分は目を瞑る者がいるはずだ。


「俺はCIAと話をしてみる。ターリバーンの情報と引き替えに、何らかの手助けを求めてみる」


「ありがとうございます」


 神妙な顔付きで頭を下げる。その彼の肩に手を置いて「その言葉は成功してからにしてくれ」同じく真剣な顔をした。


 数日後、島はパキスタンのぺシャワールに入っていた。ジョンソンとの交渉で、海事民間軍事会社の警備を、ソマリア海域で開始するとの情報も射し込んでおく。ジョンソンの管轄で治安が向上するのだから、素直に喜んでくれた。CIAのアジア太平洋局長を紹介しようと努力してくれたが、案件が案件だけにパキスタンアフガニスタン担当監督官を充てられた。


「そのカールマルというエージェントですが、信用度の程は?」


「抜群だよ。家族がステイツにいてね、結果次第でアメリカ国籍を与えることになっている」


 即ち裏切りは自身と家族が不利益を被り、成功は希望を叶えられる。仮に生きて帰れなくとも、殉職ならば家族の面倒は見てもらえるのだ。


「パキスタン人?」


「パシュトゥーン人だよ。アフガンからトライバルエリアに逃げ出してきた。通商をして生計をたてていたようだから、顔がきく」


「何故逃げ出して?」


「息子が二人いるが、ターリバーンに取られそうになった。勢力下の思想教育だね」


 ――反ターリバーン勢力に伝があるわけか。となると都市部だな。

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