第317話


「それについては、イギリス船籍にすることで準備が出来た。UKは海賊を許しはしない」


 ――なるほど彼が断言するなら、その面での心配はない。


「それに付随して、下士官以下の者を、正規軍から派遣してもらう契約は出来ないかと。ソマリア連邦政府は大統領令として、ソマリア派遣軍に対して高度な免責特権を付与しております」


 弁護士からの回答は、ソマリア沖が心配ならば、ソマリア連邦と繋がっている派遣軍に所属していれば、治安維持に関して訴追は免除される特例がある、と結ばれていた。議会立法が間に合っていないため、大統領の非常大権による法的根拠を得ているそうだ。


「ふむ――」ゴードンはそれがイギリスとの取り決めに沿うかを思案し「イーリヤさんは、どの国の兵を考えて?」


「ソマリアとの場所と社の共通語を考えると、ジブチとルワンダが費用面でも良いかと」


 ジブチはフランス語とソマリ語、そしてアラビア語を理解する者が居る。ルワンダは英語とフランス語である。共に収入は極めて少なく、失業率の高さは異常だ。


「月棒千ポンド、いやその半分でも飛び付くな!」


「承認いただけますか?」


 経営のトップが認めればすぐに実行に移すつもりだ。その言葉が一つ欠けていた。


「それらに対する伝があるかね?」


 ――おっと失念していたな。


「はい。ソマリア派遣軍ジブチ代表ハーキー中佐とは、先のソマリア海賊掃討作戦で共に在りました」


「ルワンダは?」


「カガメ大統領と知己を得ており、協力を仰ぐにやぶさかではありません」


 日本風の言い回しに、一瞬だけ迷いを見せたが、どうやら交渉を任せて良さそうだとゴーサインを出す。


「担当してくれるならば、それでいこう」


「承ります。ソマリア海域の各国警備艦隊ですが、協力を得るために挨拶回りをしておきます」


 当然ド=ラ=クロワ大佐を連れていく予定だ。中佐らについても、都合がつけばそうさせる。


「在地イギリス海軍司令官には、私から訪問の一報を入れておこう」


 案件が一気に流れたことで、一段落といった雰囲気になる。


「この形態の事業をこの先も続けるのですか?」


 何と無くだが口にする。安定した仕事がいつまでもあるわけではないから。


「やっても十年位だろう。早くに世界の海が安全になるなら、すぐに廃業でも構わんがね」


「それなら私も文句はありません。馬鹿な考えをするやつは、決して居なくはならないでしょうが」


 人口が過剰になってきている今、自分が持っていなければ他人から奪うしかないことは普通にあり得る。


「ならば体力と運が続く限り、やれるだけやろうじゃないか」


 イギリス人らしいものの言い方に、島は好感を抱いた。


「やりましょう、明日の希望を得るために」


 ――忙しくなるぞ、また飛行機三昧だな!


 手始めにルワンダへと入国する。税関の係員が旅券の出入国スタンプを一瞥し、不審者ではと怪しげな視線を向ける。


「入国目的は」


 何を言っても疑われるだろうから、国の特性を生かして冷たく鋭く「カガメ大統領との折衝だ」と突き放す。すると係員は慌てて笑顔を作り、どうぞどうぞと二人を通した。


「空港なんざどこもこうだね」


 入国者は何かの不都合を起こしに来る、厄介者だと言わんばかりの態度だ。水際で犯罪者を差し止めるのが職務なので、あながち間違いではない。ロビーで案内役の職員が待っていて、二人はその男に連れられ大統領官邸へと向かった。何人か飛ばしてしまったようで、廊下を素通りする島らを凝視した。

 執務室に入るとカガメがにこやかに迎えた。事前に悩むような話ではないと、内容を知らされていたからに他ならない。


「大統領閣下、ご無沙汰しております」


「イーリヤ君、よくきた。さあこちらにきて座りたまえ、レディも」


 ご機嫌で二人に茶を振る舞う。自らも一休みだとソファーへと場所を移す。


「ルワンダ解放戦線をよくぞ散らしてくれた、お陰で少し緊張が和らいだ」


「あれはコンゴの住民が努力した結果です。自分の働きなど微々たるものです」


 茶を口に運ぶが、酸味と雑味が強く三等品なのがわかる。わざわざそれを出しているのは、国産だからとの意味だろう。


「そちらの女性は?」


「妻のレティシアです。先月一緒になりました」


「それは目出度い。レティシアさん、彼は真に戦士ですよ」


 真面目な顔でそう評価する。だが彼女がンダガグ要塞で共に戦っていたと知ると、自らの言葉など蛇足だったと笑い飛ばした。


「今後はソマリア海域で、海賊からの船団護衛を行います」


「その件だが、我が国はキヴ湖で活動の水上部隊しかないが」


 地勢的に内陸国なので、海軍と誇れるものなどは無い。一応の形式だけは整えてあるが、精々百人程度の小規模なものでしかない。


「英語とフランス語が喋られて、機関砲が使えたら構いません。下士官ならば月棒千ドル、兵ならば五百ドルで」


「アメリカドル?」


「はい、閣下」


 信じられないとの顔で聞き返してしまった。


「定員限界まで下士官を出す」


 支払いは軍ではなく政府に、と注意をする。


「士気が低下しないように、何らかの手当は特別に割り当ててやって下さい」


 支払いと俸給に差がありすぎると、動きが悪くなる恐れがあった。何せ短気な連中である、失敗が即座に死に繋がる以上、島の段階で甘い顔をするわけにはいかなかった。


「選抜に際して日額一ドルを追加してやるよ。あまり高いと軍内で軋轢が産まれる」


 ――事情はあるだろう。それにしても九割以上上前を跳ねるとは、現実は厳しい。


「飲み食い位は良い想いをさせてやります」


「酒保に基金を積むなどして、一部を割り振る。数が足りなくなれば、いつでも言いたまえ」


 人員の派遣ほど手軽なものは無いと、今から追加を売り込まれて苦笑いする。


「命令不服従、怠慢、不注意による能力の欠如があれば、現場判断で帰国させられる権限をいただけますか」


 トラブルを起こしたらすぐに追い出されるとわかれば、少し位は我慢もするだろうと、遠慮がちに伺いを立てる。警備司令官以上の裁量だと、おいそれと出来ないように制限はするが。


「返品されたら恥だと、軍司令官に釘を刺しておく」


「死亡補償に関してですが、どのように?」



 負傷に関しても、ルワンダ軍の規定があるはずなのでそれに準じる。


「死亡は年棒分を一時金、後遺症は給与の一割、負傷は程度によるが、重傷でも雀の涙だよ」


 ――死亡で三百ドル程度では死にきれんな!


 これまた高く提示してしまうと、自殺するやつが出てしまうと注意される。世界には様々な背景が多々あるものである。アフリカの奇跡と呼ばれたルワンダですらこれなのだから、他での待遇など恐ろしくて聞けない。大人しくしていたレティシアが、突然変なことを口走る。


「陸兵についても、派遣は可能かい?」


「レディ、それは警備会社に?」


「ああ、こいつのやっているやつとは別にだ」


 カガメが島に視線を向けてくるので、代わりに尋ねる。


「具体的には?」


「例のエーンが立ち上げる訓練会社だよ。使い途はあるんじゃないかい」


 ――あれか。陸となると、それこそ大変な制約があるからな。仮に相手がテロリストならば、場所によっては出番があるかも?


「国内ならば全く問題ないが、他国ならば協定の有無によるな……」


 二人がそうだなと納得しているところに、冷ややかな言葉を差し込む。


「何を温いこと言ってんだい。金次第で身代わりになれるかを聞いてんだよ」


 膝に片肘を載せて身を乗り出す。大統領もあっけにとられている。


「はっはっはっ、こいつは一本とられたな。イーリヤ君は元気の良いパートナーを得たようだ」


 不正を持ち掛けたのだから、激怒して追放されても文句は言えないだろう。流石の島も言葉が見当たらない。


「で、どうなんだい。死ねと言えば死ぬならば、務所くらいわけないだろ」


「私としては回答は出来ない。だが、極めて現実にあり得そうな話だとは思うよ」


 それで悪事を働くような男ではないだろうと、笑みを絶やさずにいる。


「軍司令官とやらを紹介しな、稼がせてやるよ」


「秘書官も同行させよう」

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