第316話


 そういう意味とわかり、ご多聞に漏れず「いや結構」と流してしまう。世界には様々な姓名があるもので、インドあたりには五分近くも名前を名乗り続けなければならないような、それはもう大変な人物もいるようだ。


「ウッディー中佐と呼んでも良いかな」ハワードがそう示し合わせていたのか、簡略な呼び名に改めさせる。


「はい、それでお願いします」


 社内での書類その他でも、ウッディーにすることで正式に通るように決めてしまう。


「私とハワード氏、それにゴードン代表が社のエグゼクティブだ。ド=ラ=クロワ大佐には警備司令官として、現場の実務を一任する」


「お任せ下さい、閣下」


 階級面でも上下が逆になっては使いづらいだろうと、大佐を長とするのを警備担当重役の島が任じる。中佐らも何ら異存は無さそうだ。


「ストロー中佐、ならびにウッディー中佐は警備司令補とする」


 同列にして、グループを二つ作る予定なので、彼らの間に上下はつけなかった。また大尉らは職務上司令船に居ることになるので、警備司令官直属とした。懸念していたように、操縦士が応募にかからなかったので、それぞれを正規パイロットとして扱う。


「アフマド部長は警備部隊と事務方との窓口として、ハワード氏の下で働いてもらう」


 元軍人で民間企業にもいたり経営者でもあった彼ならば、双方の話がよく見えるだろうと据えた。社内での使用言語は英語を共通語に設定する。採用時にはこれを絶対として、理解しないものは余程の専門家でもなければ、代わりを探すことにした。


「警備司令官らで指揮官を集めるんだ。予定では千トン級司令船と、二百トン二隻、百トン数隻を調達。汎用ヘリコプターを二機だ。ソマリア沖からスエズやインドあたりで、船団の専属警備にあたる。何か質問は」


 初めて詳細に触れたため、かなりの質問があると予測する。すぐに答えられない内容も幾つか出るだろう。


 すぐにド=ラ=クロワ大佐から質問が発せられた。


「指揮官への待遇提示ですが、どの程度を?」

「キャプテンには十五万ドル、コー(副)には十万ドルを。死亡補償は一律百万ドル」


 ヘリコプターのパイロット等にも、コーパイロットを指名する権利を与えた。こちらも十万ドルと設定する。先進国の地位ある人物ならば不満の金額ではあるが、除隊者ならば多くが魅力を感じるはずで、後進のそれならば命を喪うことにも躊躇いはないだろう。


「着任はいつ頃に?」

「一ヶ月後までに。ロンドンでの滞在費は社で受け持つ。以後も衣食住の提供はするがね、早ければホテルを満喫できるよ」


 軽く笑いを誘う。船が定数揃うかはゴードン次第なのだが、目安は与えられていた。ド=ラ=クロワが上々な条件なので安心する。


「積載するレーダーですが、指定品を装備していただける?」

「イギリス海軍で使っている最新機器を提供可能かどうかは、現在代表が折衝中だ。比較的入手しやすい物しかない場合の想定で動くんだ」


 レーダーが肝であるのは島も承知している。当然、範囲が広い品ほど高価で入手困難となる。


 ――何故レーダーに言及したか、考えを聞いてみるか。


「ストロー中佐、質問の根拠は何かね」

「はい。スペシャリストを複数人揃えるべきかの判断の為です」

「して中佐の結論は」

「正副二名確保します」

「結構だ」


 一分の一では何か不都合が起きたときに、完全な手詰まりになってしまう。だが応急処置だけでも可能ならば、遥かに良い結果が得られやすい。予備は万全の能力である必要はない。七割程も満たせば充分控えとして計算できる。質問はそれだけだった。もっとあると思っていたが、島の過小評価だったのかも知れない。


「よし、それではここまでにする。何か名案があったり、不明なことがあれば言ってくれ。以上、解散」


 部屋にはハワードとド=ラ=クロワが居残った。部下には知られるべきではない部分を話し合うためである。


「あの待遇ならば、予想以上に集まる可能性すらありますね」


 軍縮が叫ばれている時代である、軍から放り出された者が社会に馴染めず、犯罪に走ることも少なくない。さもなくば失業、仕方なく低賃金で好まない職についたりもある。


「有能なやつを選抜するんだ。それでも両手から溢れたら教えてくれ、使える奴なら身の上は問わんよ」


「と、言いますと?」


 宗教や人種についてだろうと想像しながら、流れで聞いてみる。


「軍に指名手配されていても、使い途はあるさ」


 もちろんR4社は合法活動だよと、付け加える。ハワードがいるので社外のことはまだ話題にしない。


「海賊と交戦しなければならない状況ですが、死傷者を出したら犯罪に?」


 民間軍事会社の泣き所、国際的な権限や免責部分だが、これについては企業として好きにやれとは言えない。


「通報と威嚇射撃までだ。だが、国連海洋法条約批准国で海賊に厳しく、海の治安を大切にするところの船籍にする」


 主権国家が領有する陸地と違い、公海上の法律では国際条約が適用されやすい。批准国の船籍ならば相手が海賊の要件を満たしている限り、かなりの部分まで起訴を避けられる見通しなのだ。領海付近では主権国の法が適用されてしまうが、いずれにしても海賊はただではすまない。


「ソマリア軍の兵士を同乗させて、彼らに戦わせては?」


 ――ソマリア兵か、どうかな。少なくとも治安面での免責は心配ないか。まてよ、ならばソマリア連邦に対して派兵している外国軍から、一部の兵員をレンタル出来ないか?


「ド=ラ=クロワ大佐、良い視点からの意見だよ。弁護士にレンタル兵の法的根拠について確認しておく」


「確か湾岸戦争では民間軍事会社指揮官を護衛するために、現地軍が兵士を出すとの契約を聞いたことがありますね」


 ハワードが前例を持ち出してくる。それを聞いてもやはり民間軍事会社の者は、直接戦闘をしないようにするのが決まりなのがわかる。


「砲手らの国籍や所属が絡むわけですね。ハワードさん、もし可能ならば、下士官以下にそのような者を派遣契約する予定にします」


「アフリカの兵隊ならば、かなり安く雇えそうですね」


 ――そうだな、将校に年棒十万ドル支払っているが、月額で一人千ドルも払えば幾らでも派遣してくるだろう。中には年棒千ドルでもと志願するやつもいるはずだ。何せ年収からして千ドル相当な奴が多いからな。衣食住がついて、外貨払いで魅力が無いわけがない。


「外洋に遙々出るならば、百トンでは心もとありませんが」


 巡視艇のサイズに話を移す。駆逐艦あたりで五千トン前後のものがあったりもするが、巡視艇はそれらより随分と小さい。海洋巡視艇のうち、大型のならば三千トンあたりがそこそこあるようだが、それにしても百トンである。


「波が高いときには、転覆の恐れがあるからな。大佐の考えは?」


 現場の声を参考にしようと、どのあたりが適切かを述べさせる。


「数は少なくとも四百トン級の高速艇を。司令船は千トンで良いでしょう」

「多数の小型艇による襲撃に対処可能?」

「早期の発見が出来たならば」

「発見が遅れたら?」

「護衛船団に警備部隊を乗船させて、自衛能力を持たせては?」

「なるほど……それは、代表に相談してみよう」


 現場を知る経験者との話は、あちこちにヒントがあるものだと感心させられてしまう。どちらの計画になるにせよ指揮官は必要なので、募集計画はそのまま行わせることにした。


 ――上等な無線機器、それぞれの部隊にも必要になるな!


 幾つかの確認と調整が出てきた為、島がゴードンの居る場所へ出向くことにした。何処に居るのかと尋ねてみると、意外や意外ロンドンというではないか。近場に在りつつも顔合わせに出られない、それほどに忙しいのかはたまた別の考えがあるのか。

 国際海事機関に日参しているらしく、その傍にあるカフェで落ち合うことになった。会議中だけまたレティシアには外してもらう。


「ゴードンさん、幾つか案件が」


 度重なる折衝に、少し疲れが見える。それでも弱音を吐くことなく、毅然とした振る舞いをした。


「何だろうか」


「沿岸だけでなく遠洋航路を護衛するに際して、高速艦艇は数が少なくとも四百トン級を使いたいと。波が高いと司令船しか使えないのは極めて不都合です」


 元々は海賊も条件は同じだからと考えていたが、運を天に任せて出張ってきたら大変だと、考えを改めたことを伝える。


「そうなると多数に対抗出来ないが」


「高性能レーダーによる早期発見、これが最初の堰になります」


 それとなしに要望を一つ織り込んでおく。


「それでも数が多いと抜けてしまうのがいるでしょう。そこで商船にも警備部隊を乗船させ、自衛能力を持たせてはと、案が持ち上がりました」


「もし降伏を呼び掛けられても」弱気な商船ならば特に「警備部隊が元気なうちは、抗戦をする気持ちが保てる」


「民間軍事会社の社員では、海賊に命中させられません。免責の部分で、R4社の船籍は海洋治安維持に厳しい国を」

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