第315話
「ヨーロッパ旅行ですか、イーリヤさん」
「ああ、美食ツアーでね。ザッハートルテは素晴らしかった」
コンシェルジュを誉めると、まるで自分のことのように笑顔を見せる。その気持ちは島にもよく理解できた。
「すると本日はご友人と?」
「いや、商談でね。民間軍事会社のエグゼクティブになった。そのメンバーを探しに来てね」
ネイには社名も教える。苦笑いされて、用事が終わったら料理を出すので教えるようにと別れる。スーツ姿である。ゆえあって軍服は避けた。退役していても着用するのはなんら問題ないが、裏テーマとの兼ね合いである。敢えて上席に座り、あとから入ってきたコロー大佐に躊躇される。が、商売だと彼は反対に座った。
「紹介だが、個別にするかね?」
契約内容が違うとやりづらかろうと、一応伺いをたてる。
「いや、三人とも中へ」
隠して困るようなことは何もないと、一度に話し合いをするのを望む。これすらも全て布石なのだ。曹長に連れられて三人がやってくる。するとすぐにド=ラ=クロワ大佐が島のことに気付いた。
「なんと、イーリヤ大佐、君か!」
「ド=ラ=クロワ大佐、お久し振りです。まずは席にどうぞ」
「イーリヤ大佐? 島大尉、一体?」
コロー大佐が事情を飲み込めずに、二人の間を行ったり来たりと視線を泳がせる。
「とある任務で大佐と関わってね。その時の呼称はイーリヤ中佐だったが、昇進を風の噂で耳にした」
むむむ、と唸って自らの優位を少し喪ったのを認める。引き合わせてしまった以上、情報に価値を乗せることは出来なくなってしまった。壮年の大佐の隣で、中年の大尉らがそれぞれトリスタン退役大尉と、モネ退役大尉と申告した。
「R4社のエグゼクティブ、イーリヤです。警備会社を設立するにあたり、指導的な立場の人員と、チョッパーの操縦者を探しています」
警備会社が好みでないならば大佐から断りやすいように、待遇までは明らかにしない。船団の司令官であることだけは明かした。同じ指導でも、地上勤務ならば失望するかもしれないと。
「海上警備ですか、して私の待遇は?」
エグゼクティブ相手だからと、少し丁寧に応対する。待遇を聞いて断られては、今度は島が恥をかくことになりかねない。
「年棒三十万アメリカドル。危険手当てや死亡補償は最大二百万ドル」
一発勝負で警備司令官待遇をぶつける。大佐は少しだけ眉をつり上げて、右手を差し出した。
「何の取り柄もない除隊者に、そこまで価値をつけていただき光栄です」
「大佐への評価はより高いですが、現段階での予算がありまして。昇給は検討します」
手を握り成約を喜んだ。一人だけにしようと思ったが、適当な人物が見付からなければ困るからと、大尉二人とも年棒十五万ドルで契約を結んだ。契約金の五パーセントがコローに支払われるわけだが、ここでようやく仕掛ける。
「コロー大佐、成約しました。ものは相談ですが、そのファイルを渡して貰えませんか」
「なっ、これは会の大切な資料だ、渡せるわけがない」
当たり前のようにそれを拒む。だがコローの悪行による被害が広まらないように、島も退くつもりはなかった。かといって奪い取るつもりもない。
「実はCIAに友人がいてね。一度とある件で照会したら、結果が違っていて騒ぎになりかけた」
コローはそれだけで何を言っているか理解したようで、黙りこんでしまった。大佐らは口出しするわけでもなく、ただ背筋を伸ばして座っている。料理が運び込まれ、ネイ自身がコースの説明をしにきて、最後に島に「ごゆっくりどうぞ、モン・ジェネラル」と出ていった。
「ジェネラル?」
コローがド=ラ=クロワに視線を向けるが、彼は否定した。
「おっとそいつを名乗って無かったね。社外ではイーリヤ退役准将だ、よろしく頼むよ」
「ばかな! 中途の除隊者が何故准将に」
信じられないと島に抗議をする。そう言われたところで事実を変えるわけには行かない。
「失礼だなコロー大佐。貴官が認めずとも、私はニカラグア陸軍退役准将だ、除隊証明も見せてやる」
そこには紛れもなく、国家が認めた身分証が存在した。穴が開くほど見詰めるが、書いてある内容が変わることはない。
「准将……閣下」
仕方なく階級に対する尊敬を表し謝罪する。だがそれだけでは終わらなかった。何とも料理に手を出しづらい雰囲気が漂う。しかし追撃を緩めようとはしない。
「何故陸軍の将校を求めていないかはわかるかな、大佐」
「それは、既に揃っているから……ですね」
つい先程までは遥か目下の鴨だと信じていたのに、あれよあれよという間に立場が逆転してしまい、一刻も早く場を離れたかった。そんなコローを締め上げて行く。
「そうだ。私は既に陸戦ユニットを新たに必要としていない」
つまりは丘にいる限りは不足がないと言い切る。
「R4社だが、何の頭文字か教えよう。RapidityRepelRelentlessRcciprocationだよ」
「……」コロー大佐は最早取り返しのつかない事態にはまったのを、全面的に認めるしかなかった。「名簿ですが、ご自由にお使いください」
ファイルを差し出して屈伏する。退路は遮断されてしまい、玉砕する勇気などとうの昔に忘れていた。
「そうか、そいつは済まないね。さあ料理をいただくとしようじゃないか諸君」
「お前は話が長い」
レティシアが初めて喋りフランス語を発した。最早驚くこともなく、コローは味気無い食事を少しだけ口にして、最後まで喋ろうとはしなかった。三日後にロンドンで。そう約束して支度金を渡す。丸々自由な時間が出来たので、思い出して電話を掛ける。
「やあアフマドか」
「閣下、召集でしょうか」
「いや違うよ。フランスでの暮らしはどうだろう」
「それですが、言葉が通じず妻が少々疲れ気味で……」
――悪いことをした。アフマドも歳だ、軍務から外すか。
「今度ロンドンに警備会社が設立されて、そこの事務員を募集するんだが、イギリスに行くか?」
「え、閣下はそれで宜しいので?」
「家族も心配だろうし、アフマドが望むならば構わんよ」
「それではお願いします。先方に採用されるかはわかりませんが」
「いや採用だ、俺から伝えておくよ。取締役でね」
「それは嬉しい。いつからでしょうか?」
「一ヶ月以内で越してきてくれ、君だけは三日後にロンドンへ。他の取締役にも会わせる、何かしらの責任者になってもらうからな」
「重ね重ねありがとうございます」
よし、と一息ついて空を見上げる。
――事務方に一人くらいは置かねば、いざというときに話が通じなくなるからな!
気付けばタクシーのように、航空機に乗っている日々になっていた。ホテル・ナイツプリッジに部屋を取り、呼び寄せた面々が到着するのを待つ。
ゴードンは交渉が忙しく出席出来ないと、早々に連絡があった。何せ最初が肝心である、時機を逸した話し合いは可能な限り回避すべきと島らも了承した。ハワードは順調に役割を進めているようで、顔合わせの一日をきっちり組み込んできた。島がとったスイートルーム、レティシアには遠慮してもらい話を始める。
――随分な巨漢だな、あれはイギリス人か。あっちのがアメリカ人だろう、どことなく軽い雰囲気がある。
「よく集まってくれた。私はR4社の警備担当重役イーリヤだ、まずは自己紹介してもらおう」
ハワードに始まり、ド=ラ=クロワなど島が連れてきた面々が名乗る。国籍や簡単な最終経歴位までに留めた。そしてあの巨漢が口を開く。
「ロイヤルネイビー退役中佐のストローです。北海で主に活動を。潜水艦も見逃しません」
――巨漢のくせにストロー姓か! 偵察集団に属していたなら、うってつけと言うわけだ。
「元アメリカ海軍第5艦隊所属、ウッド百十一ディール退役中佐です」
「ウッド百十一ディール?」何のことだと島が割り込む。
「はい。ウッドとディールの間に百十一文字入るので省略しました。全て申告しましょうか?」
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