第280話

 ケニアが国境に近い場所を担当すると言うと、ソマリア代表が小さくだがほっとした表情を浮かべた。誰も手を上げてくれなければ、連邦政府の無力さが証明されるだけの会合になってしまう。

 それ以後は危険が大きい為に、誰も声をあげなかった。困ったソマリアがエチオピアを拝むように見るが、先年進駐を追い出されたせいも、あり視線を合わせようとはしない。


 ――そろそろ声をあげてやるか、これだけ待って誰も居ないなら、新参がしゃしゃりでたとも思われまい。


「ニカラグア代表イーリヤですが、弊国で良ければ一地区を担当致しますが」


 スペイン語でマイクに話し掛ける。視線が集まるが全く動じずにソマリア代表を見る。


「感謝致します」


 厚顔無恥とはこれだろうか、厄介ごとが済んだと緩んだ顔をした。そこへアメリカから発言が差し込まれる。


「少数では危険が大きい、どうでしょうブルンジ軍とイエメン軍、南アフリカ軍に共同していただいては」


 それぞれ二十人から四十人規模の派遣団なので、単独では不適当だが集まれば丁度良いと推した。


 ソマリア連邦政府から、三ヵ国に承認を求めた。だがわざわざ危険に足を踏み入れるのを拒む。別の形でソマリアへ貢献したい、大慌てで戦えない言い訳を並べて回避しようとする。冷笑を向けられてもそれは一時の恥だと、意見を翻すつもりは見えない。


 ――この分だと本当に俺達だけになりそうだな。


 その時片手を上げて発言する者が現れた。


「ジブチ代表だが、我々がニカラグアと共に行動しよう」


 フランス語で兵力六十を約束してきた。元より人口が少ない上に、装備もフランス依存ではあるが、ソマリ人が多く国民に居るため意を決したようだ。


「メルシー。是非とも力を合わせて不埒者を叩き出しましょう」


 ジブチ代表に合わせてフランス語で答える。ほう、と感心した顔で「目指すところは一つです閣下」指示に沿うと告げた。単独ではぎりぎりかと思われたが、援軍を得て見通しがつく。支援国には事欠かない、実戦担当さえ居れば後方は溢れていた。日本も当然のように医療や情報、燃料を始めとした一般消耗品を受け持つと名乗り出る。


 他人任せにして安心した空気が流れる、なにせ同床異夢なのだ。ある国は周りを巻き込み後ろ楯にしたく、ある国は協調を叫ぶために所属の事実だけが欲しく、ある国は自国の政府支持率が低いため、海外政策で一発当てようと兵を送り込んでいる。様子を見ていたジョンソンが、ここだと話題を渦中に放り込む。


「先だってソマリア南東海域で」皆が耳を集中するよう数瞬あけ「ジャパンの艦が海賊から乗員を救出した件ですが、アメリカは行為を称賛致します」


「いやあれは規定を逸した行動としてですな……」


 日本代表が軍規違反だと認識を改めるように説明を挟もうとするが、無料のお返しだとばかりに、気軽にアメリカの意見へ同調する声で遮られてしまう。一旦通訳のスイッチを切って、日本代表が後ろに控えていた官僚に相談する姿が目に入る。


 ――あの後ろのやつがガン細胞だな。海運国家の代表が好意的な雰囲気か、そりゃそうだろう。


 この場さえ収めてしまえば、事後の処理などどうとでもなると考えたのか、称賛に対して謝辞を述べて終わらせようとする。官僚が小馬鹿にしたような笑みを見え隠れさせた。これでどうかとの視線が島に向けられる、それに応えるようにもう一歩踏み出そうと口を開く。


「ニカラグア代表です。その艦の乗員に感状を贈りたいと思います、皆さんの考えはいかがでしょうか?」


 口約束だけでは水掛け論で闇のなか、何ら保証もないので文字にして事実を残してやろうと提起する。通訳されるとあからさまに迷惑そうな顔をしたのが見えた。


 ――やはりか腐った腹の奴だ。


「日本代表です。そのようなお気遣いは無用です、我々は誉められるようなことはしておりません」


 謙譲の言葉ともとれるが、行為を喜ばしい内容だと認めないと言っているようにも解釈出来るのがいやらしい。そこまで影が薄かったオーストラリア代表が、自国船籍の話だけに力強く背を押してきた。あまり否定を続けるだけの度胸も見通しもないと、日本が折れる。後日改めてと言葉を濁したところが昔から変わらないなと、島を苦笑いさせた。


 トゥルキー将軍は参加こそしたが、一切口を開かずに成り行きを観察し続ける態度を貫いている。下手な真似をしなければ追い出すわけにもいかないので、誰も触れない。


 全体の方針が決まったところで会議は終了した。後は関係国同士で話し合うようにとのことだ。頂上会議などどこでもそのようなもので、大枠を示すだけで一々詳細にまで言及しない。各級担当の職務内容について、大は小を兼ねることがない。適切な視点からの判断を必要とするからだ。解散後にジブチ代表が近付いてくる。それに気付いた島も振り返ると、歓迎の態度を表した。


「イーリヤ将軍、少々お時間宜しいでしょうか」


「もちろんです代表」


 ハーキー中佐だと名乗ると、改めて敬礼してきた。国家規模が小さいためハーキーの階級も意外な低さではあるが、国家の代表なことに変わりはない。


「激戦区に単独で突っ込まずに済んだのは、ハーキー中佐の勇気のお陰です」


 正直そう思っていた。やるつもりならば初めから名乗り出ていただろうし、もう少し違う場所で臨んだだろう。


「実は自分もソマリ人でして。連邦のような、まるで他人事な態度が情けなくなりました」


 恥ずかしいというよりは心苦しいと心境を語る。そしてここからは軍人として扱うよう申告してくる。大ソマリ思想ではジブチもソマリアの一部を構成するとか。


「結果としてジブチは一歩を踏み出した、俺はそれで満足だよ」


 国の事情がどこにでもあると、深くは追求しないよう努める。


「耳が痛い限りです。ジブチ軍はフランスからの装備が主力です、作戦前に一度説明させていただきます」


「頼むよ中佐。だが基本的な部分はかなり省いても構わない」


 説明を軽視している訳じゃないと、勘違いされないように補足する。


「実戦部隊に話せば良いことですからね」


 ハーキーは好意的にそう解釈して、島が自分の苦労を減らしたのだと受け止める。


「確かにそれも違いはしない。実は俺は昔ジブチに配属されていた、レジオネールの一人でね」


 十年以上も前の話だから、変わったところもあるだろうと一人頷く。


「なんと! それならば兵らも素直に従うでしょう」


 指揮官が変わると不安があり、実力を発揮できないことがあるのは現実に有り得ることだ。それも内的な理由からではなく、兵から遥かに離れたヶ所からの押し付けでは余計に。


「将校、下士官にも混ざっている、意志の疎通には役立つと思うよ」


「するとニカラグア軍は、欧州軍制が教義でしょうか?」


 多かれ少なかれ教義に含まれてはいるだろうが、そのような指導教官が招かれているかを問う。


「一般のニカラグア軍は、ロシア軍やキューバ軍の教義が主だ。革命が起きてからは独自路線と言えるがね」


 アメリカが手をあげているが、主導者を敢えて決めずに複数国のよい部分を探している最中だと説明する。


 ――南米からの指導を強めにした方が反発が少ないとの意味もあるが、軍事面からの支配が進むのは望ましくない。いずれにせよそれはオヤングレン大統領らの領分だ。


「では閣下の部隊のみ特別で?」


「ああ、ブリゲダス・デ=クァトロだけフランス制だよ」


「クァトロ?」


 スペイン語を全く理解していないようで、簡単な言葉に疑問を挟む。


「ブリゲード・ド=キャトルだ中佐、部隊旗がエトワール四つなものでね」


 どちらかと言えばクァトロが先だったと、創設時のことを思い出す。ハーキーはなるほどと納得して改めての訪問を約束すると、きびきびとした動きで去っていった。


 ――お、ジョンソン准将がいるな。相手は日本代表か。


 それとなく近寄り、ジョンソンの視界に入ると、日本側の二人の言葉を拾う。


「アメリカの意向として海難救助を称えるのは承知しましたが、弊国の自衛隊が定めた行動規定に反した者まで表彰は出来かねます。その部分をご理解いただけると、我々は確信しております」


 何ともイライラが募る言い回しである。海将補が英語であれこれと言い訳を並べるが、ジョンソンは小さく短く応えるのみで、納得した素振りを見せない。しびれを切らした官僚が海将補に「納得してもらえたと解釈して引き揚げるぞ」と高圧的な態度で指示している。日本語だ。

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