第281話
――日本の官僚は、軍事的な階級など比較対象外との頭だからな。
それに対して、乱暴な真似は出来ないからと説明を続けると応じる。実際に苦労するのは現場組なことを考えると、同情的にもなってしまう。
「日本が功労者を称えないと言うと、連合全体の士気に関わる。勇気の発露からの成功がそんなに悪いことかね」
非公式な場である、思っていることをそのままぶつけている。リベラ中佐が必死に笑いを堪えているのがわかる。からかっているわけではないが、このようにして圧力を掛けていくのがアメリカなのだ。
「海将補、規則を守らないのを勇気だなんだと履き違えている奴に、我が国は我が国の方針と決定に従うと言ってやりたまえ」
「しかし局長、それでは日本は国際社会から笑いものにされます」
見苦しくもやりあうが、日本語を理解する外国人がこの場に居ないと信じて疑わない二人は、平然と声を上げて裏事情をばらまく。
「エクスキューズミー、ニカラグア代表イーリヤ准将です。日本の海難救助部隊に敬意を表します」
素知らぬ顔で英語を使い話し掛け、ジョンソンとは無関係の体を装う。
「これは……賛辞有り難く頂きます」取り込み中で迷惑そうな顔を少しだけ見せて、察して欲しいと日本スタイルの態度をする。無論気付かない振りをして話を続ける。ジョンソンも立ち去る気配はない。
「おい何だあいつは、ニカラグアなぞ相手にするな、何の得にもならんぞ」
一応は表情を殺して局長が後ろから話し掛ける。
「ニカラグアは陸戦に名乗りをあげました、きっちりと役割を担っております」
次第に海将補も語気を強める。間に挟まれているのは大変だとは思うが、この場に限ったことではないとジョンソンに調子を合わせる。
「アメリカだけではない、全体として兵の士気を損なうような扱いは、不承知だと知っておくとよい」
返答に窮するフロントにあれこれ好き勝手なことを呟く「脳足りんの米軍め、海上から陸に上がるわけでもないのに何が士気だ」こうなってくると邪魔者は排除と意識が働いてくる。
「准将、後ろのが妨げになっているようですが」島がフランス語を使い、目をあわさずに意思を確認する。
「苦労するのは我々、特に丘だ。退場者の一人や二人はあって然るべきだな」
罵詈雑言が続いているところに島が「後ろの秘書は何を言っているんです」と問う。
「いや……」渋い顔になり眉を寄せて「他愛ない独り言を」
ジョンソンと島を交互に見て、勘弁してくれと目で訴えかける。だが勘弁してやるつもりなど毛頭ない二人は、どのように引導を渡してやるかを素早く計算する。
「どのような独り言を? 海将補、訳してはいただけませんか」
どうしたものかと天を仰ぎそうになる。
「一々絡まずに黙って働けばいいんだ、たかが中米の小国に用事はない」
「局長」
ほら早くと急かす、レコーダーなどありはしない、だからと言葉が証拠にならないとも限らない。返答に窮した彼がか細い声で伝える。
「ニカラグアとアメリカの言葉に、深く感謝をしていると……」
「海将補、誤訳はいただけませんが」
真っ向から反対の意味だろうと指摘する。またそれがそうなので、冷や汗が滲み出てくるではないか。
――海将補を楽にしてやるとしようか。
ジョンソンに軽く目で確かめて後に、ついに島が日本語を使う。
「後ろの局長はジョンソン准将を脳足りんと侮辱したり、ニカラグアに用事はないらしい。なるほど日本がその態度ならば、ソマリア海賊対策作戦から撤退しても良いが」
二人は目が飛び出すかと思うほどに見開いて驚き、魚のように口をパクパクして喋られずにいるではないか。脳震盪状態の彼等に追い討ちをかける。
「吐いたツバを飲み込むことは出来んぞ! 穴を開ければ日本が陸上を担当することになる、やるのか?」
「そ、それは出来ません。憲法で戦争を禁じられて」局長が急に畏まり、丁寧に不可能だと告げようとして遮られる。
「黙れ卑怯者! 選ばせてやる、アメリカとニカラグアが作戦から撤退して日本が穴埋めするか、士気向上に賛同して局長が日本に帰国するかだ。三秒だけやる、答えが出ないなら撤退する!」
どちらになっても自身の身の保証がないと解ると「申し訳ありません、辞任の上で帰国させていただきます」すぐに降参した。
「アメリカ並びにニカラグアに、多大なご迷惑をお掛け致しました。日本を代表して深く陳謝させていただきます」
海将補が悲痛な面持ちで謝罪する。局長はすっかり放心状態に切り替わってしまった。
「自分は兵らが報われるならそれだけで構いません。ジョンソン准将はいかがでしょうか」
「こちらもだよ。翻訳は聞かないことにする、良いかな海将補」
「ご配慮痛み入ります。海難救助をした部隊についても、私から表彰の手配をさせていただきます」
無条件降服してからは話が早かった。事務方を外してしまうと、後は軍人同士との意味合いも強い。
――そう言えば士官が自室謹慎になっていると言っていたな。
「噂話で恐縮ですが、艦の士官が救助を独断で命じたため、謹慎処分を受けているとか」
「良くご存じで、越権行為で軍規裁判にかけられる手筈でした」
事実は事実とそこまでの口出しをすべきではない、島も理解していたので、そうでしたかと軽く流す。
「日本にも骨があるやつが居るようだな、名前は何だろうか、海将補」
ジョンソンは下らない話よりも、その士官に興味が向いたらしく尋ねる。
――まあこの人も人材マニアといったところだろう。
行き場を失ったら、自分のところに引き寄せるつもりで聞き出しているのだろう。
「はい、御子柴三佐です、准将」
――なんだって!
ばっと勢い良く顔を向けて、信じられないような言葉を聞いたとの表情を浮かべる。どうかしたのかとジョンソンの目が訴えているが、島は口を閉ざしてしまう。ようやく日本代表を解放してやり、ビルの外へとバラバラに向かう。
阿吽の呼吸なのか、副官同士が示しあわせていたのか、共に近くのホテルへ入りチェックインする。程無くしてジョンソンの部屋に二人が呼ばれた。サルミエを伴い指定された番号を確認し、軽くノックすると迎え入れられる。
「イーリヤ准将、すまなかった。危うく貴官らだけで向かう羽目になるところで」
開口一番謝罪してくると、島も「日本相手にアメリカも巻き込み、申し訳ありません」自らの勇み足を詫びる。
「ジブチにはアメリカから、何らかの経済援助をしておく」
「ハーキー中佐の立場が悪くならないようお願いします」
副官らが席を勧めるので座ると、ビールが差し出された。
「日本の官僚だが、あれが幅を効かせているとなると、フロントの苦労に同情をするよ」
もし俺の後ろでそんな事をほざくやつが居たら、叩きのめしてから話を始めるがな、と鼻をならす。
「ですがあれが官僚です。かれこれ半世紀はそのような体制できています」
政界に詳しくはないが、良く耳にするのだから皆無とは程遠いだろうと。選挙ですぐに顔ぶれが変わる政治家より、強くなるのは自明の理である。
「どこの国も変わらんわけだ。してイーリヤ准将、先程の士官だが知っているやつか?」
その話を聞きたいが為に、即座に場を持ったのがありありとわかる。完全に個人的な動機なのだ、だからとなんら不愉快な部分もないが。
「御子柴三佐、もしも自分が想像している奴と同一人物ならばですが、悪友ですよリセの」
高等学校をリセと表し、多感な頃でしてなどと苦笑する。一方でジョンソンは、してやったりの笑みを返した。
「くっくっ、なるほどそいつは良いことを聞いた。それが当りならば間違いない、俺が全力で支援してやる」
リベラ中佐に、身許確認をするように命じる。もっとも顔写真でもあれば一発だろう。ノートパソコンからデータベースにアクセスする。米日地位協定に始まる様々な協力により、アメリカは日本の公開情報を簡単に引き出すことが出来るようだ。逆がどうかは聞く気にもなれないとの言葉が集まるだろう。
「こちらです」
画面を島に向けけると、そこにはプロフィールが表示されていた。アメリカ軍により再編集されたものだろう。
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