第277話
「装甲兵員輸送車前進、迫撃砲発射、戦闘装甲車両は機関砲援護開始」
攻撃隊長を補佐している部隊先任が、細かく命令を分割して伝えさせる。その先で各部隊長らが実務的な命令を充足させた。機械化、高性能装備化により数十人しか居ない彼等であるが、その異常なまでの火力に指揮官ら自身すら驚く威力に息を呑んだ。今までは散発的で小さな爆発だったが、轟音無数に拡大していく。兵器の差が即座に戦力の差なのを思い知らされた。
四十ミリ機関砲。黎明期の戦車はそれより小さな口径の主砲を備えていたが、現在は戦闘車両がそれを装備している。安価なソ連戦車より遥かに高額な装甲戦闘車は、市街地だろうと荒れ地だろうと気にすることなく活躍する。何せ車体は戦車より遥かに軽く、攻撃力は重厚な装甲を正面から抜くのを除けば、充分すぎる武器を多数積んでいた。
紛争地域には未だにソ連の製造した兵器が稼働しているため、時空を超えた戦いを引き起こす可能性がある。当然比較すれば防御は薄いが、直撃しなければの部分を見れば、撃破されようとも乗員の生存率は高くなっていた。
「装甲偵察車を回り込ませるんだ、M72もぶちこめ」
マリーが相手の弱い箇所を見抜いては傷口を広げにかかる。小型のボートあたりが逃げ出していくのを無視して、抵抗をしてくる奴らを黙らせるのを優先するよう命令を追加する。
「海賊相手に丘では一方的ですね、大尉」
本部に交戦の機会はなさそうだと、アサドが掃討状態に移行したのを告げる。
――簡単すぎるが歩兵だけで戦っていたら、犠牲も多数出ただろう。
半ばアメリカの功績だと複雑な表情で「完全に終わるまで気を緩めるな」とだけ返した。後方に散らしてある哨戒班も、特に外部から向かってくる者は居ないと、定期的な報告を行うのみである。沖に逃げた奴等は、ビダのパトロールボートに攻撃されて大半が沈没した。そんな中、海賊船のうちで一隻だけが、何とか突破して彼方へ消えていった。
――逃げたやつが気を回して、味方がいない港に上がって撹乱とはなかなか行くまい。二回戦からが本番だ。しかし火力がこうも高いと、抑えるのも考えねばならんな。気持ちだけはいつでも全力で、手の内まで全て見せる必要はない。
匙加減が難しいが、それも経験だとまずは自ら方針を模索しておく。
「大尉の指揮ぶりは七、八年前のボスの姿と、さほど変わりはありませんよ」サイード軍曹が雰囲気からか声をかけてくる。
――はて、軍曹はレバノン軍ではないし、チュニジアのあたりからの部員だが?
「目標は高い方が良いからな。だが覚えておけ、我等がボスの部員は、持ち上がり士官がラインに入りやすい。お前もだぞ」
想定外の言葉に「努力します」とだけ答えた。
◇
「連合会談?」
マリンディからの連絡を受けたサルミエ少尉が、寄り合いの存在を申告してきた。
「発議はアフリカ連合となってはいますが、海賊を追い落とした経過によるもので、アメリカが求めたようです」
――四ヶ所潰しはしたが、まだ幾らでもあるだろうさ。何か大きなことをするつもりなわけだ、素直に参加すべきだな。
「詳細は」
「ナイロビにて十日以内に司令官級です。アルシャバブにも呼び掛けられており、拒否が回答されています」
――欠席ではなく拒否なところに軋轢を感じるね。テロにご用心なわけか。
和平会談になればと、呼び掛け自体は全ての関連勢力に伝えられている。いつもならばクァトロに打診などないのだが、今回はニカラグアを代表しての立場なので、一応声がかかっている。
「参加を返答してくれ、俺が出るから手配は任せた。それとマクウェル曹長を呼んでくれ」
「ヴァヤ」
アメリカとの意見すり合わせをするのだろうと解釈して、サルミエは司令官室を去っていった。まだ少しぎこちないが、しっかりとこなそうとする姿勢は悪くない。
USネイビーの軍服を着た男がやってくる。唯一の部外者であるが、顔見知りが複数居るためか、曹長の側も緊張はあまりなかったようだ。
「マクウェル曹長出頭致しました」
律儀に敬礼して背筋を伸ばす。相手が誰であれ階級に対して敬意を払うのは、秩序を守ることと同義だ。
「ご苦労。ジョンソン准将と場を持ちたい、近日中に実現するよう頼む」
「アイアイサー」
単刀直入に要件のみを伝える、前置きや飾りがないのはマクウェルを信用しているからである。会話を交わして意図を探ったりする必要がないのだ。
「それとだ、ジャパンの海軍が海賊から輸送船の乗員を救出したそうだが、そちらの反応はどのようなものだろうか?」
海には海の事情があるだろうと見解を求める。餅は餅屋とは言ったものだ。
「これは自分の個人的な感覚でありますが」軍に迷惑を掛けないように前置きをすると「警備範囲外の海域、それもソマリア連邦の領海にあたる部分で、独自に作戦を行ったこと自体は非難を受ける可能性があるでしょう」悪法も法とあるように、決まりがあるならば従わなければならない。
「なるほど、秩序とはそういうものだな」
現実は厳しいのを思い知らされる。国家という集団の看板を背負うのは、半端ではない締め付けがあるのだ。
「ただ……海の男から言わせて頂ければ、助けを求める者を見殺しにするくらいならば、懲罰や非難といった結果なぞ糞喰らえでしょう」
あまりにも堂々としているマクウェルに対して「確かにマッカーサー中佐ならば、誉めはしてもけなしはしないだろう」自分もそんな気分だと明かした。
「はい。ジャパンの見解は違うようですが……」
島が日本人なことを知っているせいか、若干言いづらそうに事実を述べる。
「官僚主義社会だ、違反があればそこだけを切り取り責め立ててくるよ」
呆れてものも言えないことが多々ある政治屋も、掃いて捨てるほどいると自嘲する。この点ではフランス軍のドラクロワ大佐やキュリス中佐も、自国もそうで恥ずかしいと同意していたものだ。
「ですが正論なのが口惜しい限りです」
「せめて勇気を出して救出を為し遂げた者だけでも、何とかなりはしないものかね」
やれやれと、報われない現場を持ち上げてやりたいのを相談してみる。
「艦長に相談してみます。きっと同じ気持ちだと思います」
「ああ頼むよマーク。俺も二等兵から始めた口でね、正しいと感じた行為を否定されてはやる気を失うからな」
――まあ面と向かって否定されたのは、コートジボアールで作戦したときの少尉くらいなものかも知れんが。
二等兵からと聞いて意外そうだったが、島が常識の外で動いているのを少なからず知っていたので、言葉を呑み込んだ。
「さしあたっては行為が風化しないうち、可及的速やかに任務を遂行させていただきます」
「うむ、退出を許可する」
一応の儀式に則り挨拶を交わしてから送り出す。一息ついて会議の内容を予測してみた。
――海岸の掃討を一斉に進めるような議題になるだろうな。そうなれば地上の攻撃部隊の数が足らなくなる。こちらにも要請が来るのは間違いなかろう。問題はその後だ、何かしらの反発が必ず起きるだろうし、アルシャバブに限らずそれを切っ掛けに反政府活動を助長するやつが現れるな……。
ジョンソン准将らが乗船している巡洋艦に、チョッパーから降り立つ。どうにも特別扱いが気にはなるが、こちらも国家の看板からの内規だと言われ黙って受け入れる。どうあれ事実として、島が将軍と括られている地位にいるのは間違いないのだからと。
質素な会議室には星条旗と海軍旗が掲げられていて、他には大した装飾品が見当たらなかった。ジョンソン以下に知った顔のリベラ中佐が居るが、やはり少将は現れない。
「ジョンソン准将、素早い対応に感謝いたします」
島に倣ってサルミエも敬礼する。英語を正しく翻訳する必要性から、通訳兼従卒が同席していた。
「なに、イーリヤ准将は期待通りの働きをしてくれた。こちらこそ感謝したいよ」
まあ座ろうと呼び掛けて席につく。すぐに熱いコーヒーが並べられる。
「あちらでもそうでしたが、やはり本物は良いですね」
キリマンジャロ豆の酸味が苦味と同時に舌を刺激してくる。砂糖もミルクも加えずにブラックで風味を楽しむ。
「そうだな、本物志向だよ准将。こちらの海賊にも困るが、チャイの海賊もどうにもならん」
中国のは海賊版、つまりはコピーのことである。物だけでなく技術でも文化でもだ。大国であってもアメリカが中国とがっちり手を結ばないで、日本と付き合っている理由の一つがこれで、あまりにも節度がないため裏切りも平気で行うだろうとの読みからである。そもそもが信用するとの考えがあるのかすら疑わしいと。
「小銃のコピーがソマリアで見掛けられます。真っ向供与していたとしても、何ら驚きはありませんよ」
「そういう歴史があの国にはあるからな。そうでもせんと纏まらんのだろう国が」
言ってから大した纏まっているわけでもないが、等と自治区や地方政府との折り合いの悪さを指摘する。
「ナイロビでの話ですが、自分のところも地上を受け持ちます」
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