第276話
「海賊船接触まで八分!」
無論それを知っている船員は誰も居ない。だからこそ鬼気迫る表情で、必死に操舵して通信機に呼び掛けている。
「ジャパンフリゲートより、ヘリ一機発艦!」
「ヘリだと? 通信こちらに回せ!」
「アイ、通信回します、アイ!」
手慣れた操作で、船長のシートにつけられている受話器に回線を繋げた。
「こちらオーストラリア船籍シーサーペント船長クロード」
「日本ソマリア海域護衛艦群所属御子柴三佐。シーサーペントの救難信号を受信した」
「海賊船に狙われている、接触まで七分しかない」挨拶も抜きにして時間がないことを強調する。
「哨戒ヘリを飛ばしている、本艦の接触まで上空支援を行う」
「海賊船に攻撃してくれるのか?」
「警告を呼び掛ける」
「おいふざけるな! 見殺しにする気か!」
「そうではない、規定に従い警告の後に威嚇射撃を行う」
「シィット! そんなもの何の役にもたたん。ヘリから縄はしごを下ろして吊り上げてくれ!」
「……」
通信機の向こうで何やら口論になっているようで、返答が遅れる。
「おい、時間が無いんだ頼む見捨てないでくれ!」
「御子柴三佐だ、哨戒ヘリ聞いているな。縄はしごを降ろして乗員を救出するんだ!」
「聞いています。こちら哨戒ヘリ機長白川一尉、飛行隊司令の命令がありませんが」
「馬鹿野郎が、目の前に生きるか死ぬかの瀬戸際のやつがいて、一々お伺いを立ててられるか!」
「あと四分を切った、お願いだはしごを!」
既に上空を旋回しているヘリを、下から見上げて手を振っている乗員が現れていた。
「ですが三佐、命令がなければ実行しかねます」
「俺が全責任を負う、上官命令だ!」
「……了解しました。哨戒ヘリ白川一尉、これより海難救助活動を開始します」
◇
司令席に腰掛けて通信士らを眺めたまま、黙って座っている。
「ジャパンのヘリが、輸送船の乗員を救出しているようです」
レオポルド軍曹がにやにやして、他にも報告がありそうな感じで、ロマノフスキーをじっと見詰める。
「見守り主義のジャパンにしては、思い切ったことをしたな。で、何か他にもあったのか軍曹」
気持ちよく働かせるのも運用のうちだと、敢えて乗っかってやる。
「その護衛艦群とやらで、一人気を吐いている士官がいまして、ありゃ懲罰決定でしょう」
独断で違反してまで救助をさせたと、経緯を簡単に述べる。
「そのミコシバ少佐とやら、なかなかやるじゃないか。いや三佐って言うんだったかジャパンでは」
結果命が救われようが、軍規を破れば厳罰を受けるのは当然であり、例外が無いからこそ皆がこれを守ろうとする。つまりはどうなろうと、損しかしないのだからわざわざ命令を強行させる必要など、どこにもありはしない。
「その後通信担当が替わりましてね、退場処分を受けたのでしょうきっと」
残念ですと正面に向き直り話を終わらせる。
――まあ仕方あるまい、寝覚めが悪くなるからな見捨てると。
海賊船が輸送船に接触して拿捕したと、状況報告が上げられる。近くで見ているわけではないから、間接的な見解に過ぎないが、目的がそれで海賊は働くわけだから疑いはしない。
一部が乗り移ると船内を制圧して、陸に向かって船を急がせる。日本の艦はそれを追うことはなく、乗員を拾ったことで満足して、近くを遊弋するに留まる。そこへ島がレティシアを伴ってやってきた。
「よう、上手く行ってるか」
「ええ、予定の通りに強奪されることに成功しました」
あまりに意外な言葉が発せられたが、誰一人それを顔に出すことはしない。てっきり輸送に失敗した中佐が、叱責されるものだとばかり思っていた。
「陸地に向かった先を囲むぞ、マリー大尉に武装待機を発令だ」
「ダー。おい、お客さんが来るぞと伝えてやれ」
正しい命令系統を経由して、指示が出されて行く。目の前にいるのだから、島が直接通信兵に言えばよいような気もするが、秩序はこのように保たれている。
「船員はどうなった?」
運が良ければゴムボートで避難して、生き延びることもあるだろうと、事務的に確認する。どうあれ報酬は支払うつもりでいるので、結果には何ら変わりはない。
「助かったようです。ジャパンの救難ヘリが拾っていきました」
「日本の? この辺りにいるのは知っていたが、たまたま近くを警備していたか」
――よくぞまあ想定外の行動をしたものだな、堅物の集まりにしちゃ考えられん。余程の奇跡が起きたと見える。勢い余って船ごと助けられたら、逆に困るのもどうかと思うが。
中佐がよけた椅子に座り、簡単なレポートに目を通す。
「試みに聞くが留守番はどうしてる?」
「間男の来訪に備えて、戸締まりをしっかりとさせています」
地雷を埋めさせたから、お気を付け下さいと不穏な忠告をしてくる。ダメと言われても、それが極めて有効な防御手段なのは事実なのだ。
「何が引っ掛かるか楽しみだよ」
「グレートが起爆したら要注意でして」
「グレート?」
耳慣れない言葉を持ち出されて、何かと考えを巡らせる。
「対戦車地雷か」
話の流れから指摘する。そんなものに反応するのは、文字通り戦車や装甲車か、何か金属のような物を満載したトラック位なものである。どちらであってもこんなところに、味方以外で近寄るものはろくなことを考えていないはずだ。
「ご明察。と言っても地上だけでなく空から来られても、攻める側の苦労に同情する位ですが」
「甲羅に引っ込んだ亀みたいなものだからな。そうなると一番危険なのは人間だ」
どれだけハードが自動化されて精度があがろうとも、人間が過ちを犯すのは遥か昔から、恐らく未来に向かっても変わらないだろう。間違えをしない新人類が現れたならば、それは緩やかな衰退に直結するとも言われている。失敗しようがどうしようが構いはしない、その後にどうするかが重要なのだ。
「現地からの者は、一人とて入れてません。侵入者が闇夜に忍び込むのが、注意の優先でしょう」
「次が重複チェックというわけだ」
基本中の基本を守り続けるのは、どれだけ難しいか。繰り返すことに人は慣れてしまう、漫然と行為をこなすのが事故の第一位の原因であり、知識や経験の不足は水をあけられている。レオポルドが攻撃部隊の準備が完了したのを知らせる。
「そういえばチーフはどうした?」
姿が見えないので軍曹に尋ねる。相変わらずグロックのマンツーマン教育が実施されているのだ。
「整備室に置いたモニターで、自家用車の状態を観察しているはずです」
呼び出しましょうか、と伺いをたててくる。
「いやそのままで良い。必要になったら勝手に現れるさ」
――俺もちょくちょくそう思われているようだが、勘が鈍ればそこまでだと受け止めなければならんな。
「なあ、丘で奴らを全滅させたら、船は戻ってくるわけだよな」
レティシアが思い出したかのように口にする。
「孔だらけになってなければな。その時は船長に返してやるさ」
「それだが、わざと逃がしたらどうなる?」
「逃がす……」
――カスカベル等を積み込み直す猶予を与えないにしても、人だけならあり得るな。だからこそ対策させているわけだが、泳がせたら仲間のところも判るかも知れんぞ。敢えて海上の封鎖を緩くして、見逃してみるのも手の内か。
「中佐、ビダに命令だ――」
◇
手付かずの自然と言えば、草原やら楽園じみた海岸を思い浮かべるのは間違いではない。半分がそうだとしても残りはテキサスにある荒野や、オーストラリアに空いた大穴、アイスランドの火山など手を付けられないだけの場所なのを忘れてはならない。
「大漁旗を掲げてのご帰還のようだな」
マリーは双眼鏡を手にして小高い岩場に寝そべったまま、沖の船団を観察する。何かを調べると言うよりは姿があるかどうかだけ、まさに見ているだけだ。
ゆっくりと、しかし確実に姿が大きくなり死角である岩壁に入港したと判断する。近くにいる通信兵が短く四回発信音を耳にしたのを報せた。
――入港を確認したか。荷揚げがすぐなのか明日になるのかで、こちらの危険度は大きく変わるぞ。だが俺が海賊なら財宝はさっさとアジトに運び込むがね。
集まってはいるが、それぞれがいつ裏切って宝を積んだ船ごと姿を消すかわかったものではない。日々寝首をかかれないか心配する必要もあり、落ち着ける時間などありはしないのだ。
「アサド先任曹長、準備は出来てるな」
「何時でもご命令を」
結構と短く答えたまま待機を続ける。エンジンだけは止めてあるが、機銃には初弾を装填してあり、数秒で戦闘を開始することが可能である。
――畜生、何度やっても胃が痛む。だが始まっちまえば後はいつものように命のやり取りでそんな感覚は吹っ飛ぶ。
誰一人喋らずに四方を警戒したまま待ち続ける。海上遥か先から電子望遠鏡で様子を見ていた者が合図を送る。
「大尉、突入可能の合図です」
緊張して少し上擦った声を出して報告する。
「聞いたなアサド、やるぞ! 全車エンジン始動、部隊前進!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます