第275話


 ――報道されている内容と大差はない。真実降ったわけでもないと言えるのだろうか? より直接的な争いをしない姿勢ともとれるが。


「アウェイスの腹積もりは読めそうか」


「どうでしょうかね。イスラム法廷会議には実績があるから、大人しくしていたら返り咲く、ってあたりを待っているのかも知れませんが」


 一時期は秩序の番人として、彼らがソマリアの治安を司ることがあった。その間は実に上手いこと治まっていたというから、住民からの支持も根強い。


「仲介者に転向するならばわからなくもないな」


 一定の力を持っているままで覇権争いから外れたならば、それなりの発言力は保たれるものだ。いずれ合流、吸収を甘受するならば他からの理解も得やすい。


「順番が前後するけど、ヒズブルイスラムから、ラスカンボニ軍がアルシャバブに寝返ったのが原因だとも」


「ラスカンボニ軍か」


 ――ハッサン・トゥルキー将軍の武装集団だな。ラスカンボニ旅団が基幹の。主要戦力が抜けて戦意を喪失したのならば、簡単な構図だが……


「トゥルキー将軍は、ジュバランド独立自治派だったな」


「ええ、オガデン紛争やモガディシオ、氏族の戦いにイスラム法廷連合、ラスカンボニ旅団から運動、ヒズブルイスラムを経て今やアルシャバブと海千山千で」


 ――日本の政治家にも似たような奴が居たな。あちこちを引っ掻き回しはするが、筋が太い動きをするような将軍といったところか。


 一連の武装闘争に、必ずといってよいほど顔を出している。老年将軍であるだけに、直接の戦いよりも寝技が得意なのだろうと考えを加える。


「兵が連邦に残ったとかの話が、寝返りにはあったはずだが。現実はどうだったのかわかるか?」


 あちこちを割って動く将軍に従う者と、離脱する者との割合が重要である。政府が口だけとの可能性も半々だ。


「簡単に言えば士官や下士官はトゥルキーに、兵は政府に残った」


 ――集団のエッセンスが将軍についているならば、数など数ヵ月で幾らでも増やせる。


「一筋縄では行かない狸だな」


「政府がで?」


「両方さ。後で文書にして持ってきてくれ」


 細かい話もあるだろうからと報告を終了させた。


 キスマヨ港。エジプトに向けて、一隻の輸送船が出港準備を終えて、碇を揚げている。本来ならば船団を組んでからの航行にすべきであったが、既に資金がレッドラインを越えているとして、単独で飛び出していった。


 世界の片隅、ニカラグア議会で野党――サンディニスタ運動党の責めにあって、海外公務団への予算が大幅にカットされたと、ニュースが伝えていた。数少ない在外公館も煽りを受けて、交付金を差し止められた為に、混乱をきたしている。


「突然予算がなくなったから、支援が厳しくなるとケニア大使から連絡がありました。この流れに解せない何かを感じたのは、小官だけでしょうか」


 話の内容に反して、微かにご機嫌なのを横目に島は、さあなと短く返す。休憩室に佐官がいたら休まらないだろうと、司令官室の扉を叩いた男は、言葉と裏腹な答えを勝手に受け止めた。


「そんなことだろうと思いましたよ。これでまた首相の立場が苦しくなるわけですが、こちらが終わるまで持ちこたえれば、倍返しというわけですな」


 先行投資の応用だと位置付けて、巻き込まれた外務官僚らの不幸を詫びる。


「例の受付代行会社、フランスの外資でカイロモーターズと提携を結んだとか。世の中は不思議に満ちていますな」


 壮大なブラフに自分も驚きと称賛する。


「ここまでやらかしてしくじったら、ギロチンものだな」


 日本ならばハラキリって結末もあるな、と呟く。どちらにせよ全て成功させなければ、目的は果たせない。


「綱渡りはいつものことです。海賊退治した後は政府に接近を?」


 協力を得てから海岸線を掃除して回るならば、モーターボートの数隻でも確保しなければと気をやる。


「どうしようかと悩んでるよ。いっそのこと連邦とは距離を置いてみるとかも考えた」


「イスラムに改宗すると言われても、今なら信じるかも知れませんな」


 何分二人して恨みを買いすぎて、許されないだろうとパスを口にするが。


「陸戦部隊の手筈は」


「マリー大尉が上手くやっています、年寄りは座って待っていろとね」


 三十七、八あたりで年寄り扱いもないが、初年兵の息子がいてもおかしくない年齢になったのは事実である。実際入ってくる新兵を見るたびに、若いなと感じるものだ。


「なあロマノフスキー、俺はこれが終わったら、少しばかりニカラグアから離れてみようと思うんだ」


 争いに嫌気がさしたわけではなく、自分が働けば働く程に周りに迷惑をかけるからだと吐露する。


「それも良いでしょう、充分他人の為死に目に会いましたからな」


 一つの命で随分な無茶をしたと振り返る。気が散っては困るが、将来やりたいことを持つのは良いと。


「かといって戦いを止めるわけでもない、困った奴だと言ってくれて構わんよ」


 苦々しい笑みを親友に向ける。誘うつもりはないが、きっとついてくるだろうと島は確信していた。


「個人的な目標を追いかけ始めますか」


 言葉を遮ってアラートが鳴る。緊急事態が発生したと、通信室から報告があがる。


「ふむ、いともあっさりと餌に食い付きましたな。小官は面倒を見に行きますが、閣下はごゆっくりどうぞ」


「暫くしてから様子を窺いに行くさ。楽しんできてくれ」


「ポニャル」


 仕組んだ壮大なイタズラが始まったと、足取りも軽く部屋を出て行く。


 ――さて考えられないような事態を考えるのも、大変な役目だな。


「救難信号を発信するんだ!」


 輸送船シーサーペントには、緊張が走っていた。航行中に不審な船が接近してきて、呼び掛けにも一切応じないのだ。


「船長! あと十二分で接触されます!」


 航海士が凡その速度差と距離から、時間を弾き出した。足が遅いのは輸送船の宿命である、狙われたら逃げ切ることは不可能だ。


「受信あーり、北東より護衛艦が向かう、接触まで三十五分!」

「どこの艦だ?」船長が通信士に詳細を求める。

「アイ、ジャパン!」

「くそったれが、役立たずか!」


 海賊が目の前に居ても進路妨害などの行動しかとらず、砲撃もミサイルも発射しない奴等に、期待は持てないと吐き捨てる。


「だからこんな仕事は嫌だったんだ! 機関最大、全速力で航行!」

「アイ、機関最大、全速力で航行、アイ!」


 航海士が復唱して機関室に伝達する。老朽化した船のエンジンを最大にすれば、オーバーヒートで溶け出す可能性すらあったが気にしなかった。背に腹は変えられない、海賊に捕まれば良くて漂流、悪ければ即座に殺されてしまうだけである。


 悪態をついてはいるが、実は船長は一部話を聞かされていた。端的に言えば積み荷を奪われて構わない、と。荷物がどうなってもよい荷主がまともなわけがない。しかもそのあたりを黙って飲み込むことで、運賃の他に桁外れな料金を約束されていた。船が沈んでも損をしない額を積まれているので、後は命さえ保てば万歳なわけである。その為には少しでも逃げて、救助される見込みを高める必要があったわけだ。

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