第274話
「自分ならば、換金に時間がかかる人質よりも、物を狙いますね」
出来れば船まるごと拿捕するのが最高だ、と。
「確かに要人を金にするのは苦労するな。物ならば即座に山分け出来る」
殆んど考えは一緒だったが、一つだけ捻りを入れてみようと追加してみる。
「奴等がアルシャバブあたりに分け前を渡しているのを鑑みてだ、兵器を積んだ船は心がときめかないか」
戦車を狙ったは良いが、ロシアが出張ってくるとの結末を招く。正直海賊らにはさほど関係ないと言えた、何せ海は広く獲物はわいて出る。
「奪ったら港に運ばなければならないわけですからね。海上で受け渡しは困難でしょう」
何せ無関係を装い続けているわけだから、公然と接触は不能なのだ。
「揚陸したのを押さえて、兵器を回収して証拠にすれば良い」
「一時的に部品不足で使用不能にして、ついでに発信器でも仕込みますか」
悪知恵は幾らでも出るようで、そもそもが盗んだ物を輸送するとの偽情報を流出させるなど、小技まで飛び出してきた。慎重なやつは避けるだろうが、そうでないのも山といるだろう。
「実務はトゥヴェーに任せましょう、コロラド無しでまずはシナリオを提出させる方向で」
後に変えるところがあれば修正させる。トゥヴェーが歩んできた道の確認といえる。
「迷惑をかけないように、カスカベルCあたりを使わせよう」
アメリカからの借り物を紛失するわけにはいかないのでそうしておく。
「ハイパーテクニカル二台もありますよ」
改造ジープあたりをテクニカルと呼んで使っているソマリアの武装勢力にとって、あのヴァンはまさにハイパーですよと候補に勧めてくる。
「自家用車を高く評価されて、グロックも満更ではなかろうさ」
「しかしわざわざ不良にするのを納得しますかね」
折角整備したのに、使う前から壊させるのも忍びないと懸念を表す。
「その点は心配していない。罠を張るために細工しろといえば、イタズラを楽しむだろうきっと」
真面目に何かをやらせるよりも、よっぽど効果的だとロマノフスキーも大きく頷いた。
「では今回の失態は小官が承りましょう」
「汚れ役ですまん」
「いずれ形あるもので、誠意を示していただきましょう」
酒を飲む仕種をしてから敬礼した。
天然の良港として小型の漁船が利用するには、最高の場所がある。キスマヨ東部にやや行った場所で、海上から捜索しなければ死角になり、陸からは見えないところに。最近になって存外近くに、怪しい武装勢力が拠点を構えてきたものだから、不安を募らせてきていた。
「アルシャバブには報告してあるな?」
していないわけはないだろうが、何事も確認だと返事を求める。
「はい、ロウペニ様」
髭もじゃの中年が答える。ただでさえむさ苦しい男所帯の上に狭い場所、彼らはもっとマシな生活を求めていた。単純に家族を養い命を繋ぐとの目的に、少しばかり安全と裕福さを追求して。
「ニカラグア軍か、現地の資金不足で兵器を売りに出すとは」
「しかも金になる前に強奪される運命、です」
トゥヴェーが計画した資金不足の偽情報が、上手いこと流出していた。街での生活物資買付失敗や、兵士の給与遅配がそれを後押ししている。解決策に装甲車両を売却との噂を仕込んで、船に積み込む作業をわざわざキスマヨ港でするのだから、嘘ならば罠で、本当ならば商売の好機だと狙っているのだ。
「しかし、多数の装備を持ち込んだ奴等が、簡単に資金不足に陥るでしょうか?」
同僚がもたらした、うまい話は疑えと言葉を挟む。嘘でも真でも彼には不都合なので、頭から信じていないのだが。
「食うに困ってからでは、足元を見られるからな。まだ余裕があるうちに踏み切ったと見るべき」
ひがみだと意見を一蹴する。こうなれば引き返すのもばつが悪く、自身を説得するような感じで、それが事実だと主張を強める。
「小国とは言え国家が後押しした行動が破綻するには早すぎるが」
「本国で雲行きが変わったのだろう。奴等にとってソマリアがどうなろうと、知ったことではあるまい」
「装甲車両を」間に割って入り、争いに見切りをつけさせると「積載した船の行先を調べられるな」
出任せで罠ならば、あちこち調べたらボロが出るだろうと、緩やかに命じる。
「すぐに調べます」
勝ち誇った笑みを残して、同僚に邪魔をするなと釘を刺す。上の決定は絶対だと悔しげに睨み返して鼻を鳴らした。
「ふむ。仮にだ罠だとしても、奪って陸揚げしてしまえばアルシャバブの援護が受けられる。そうなれば未来は拓かれるが」
「はっ、ロウペニ様。海上ではアメリカらに敵いませんが、陸上ならば政府軍でも恐るるに足りません」
「一度の成功だけで良いのだ。たった一度成し遂げれば、人並みの生活をさせてやれる」
陸まで追いかけてこないのは事実であった。沿岸で虚をついて、奪い取れば二度と冒険をしなくても済むだけの実入りになるのも想像出来た。
「実行するならば協力してくれるな、スネイル」
力で押し付けるでなく、我が子を諭すように柔らかく語りかける。
「ロウペニ様のご命令ならば喜んで」
「私からの頼みだ」
人はその必要が無いときにへりくだられると、極端に気持ちが揺さぶられてしまう生き物である。無論、中にはそのような感覚を微塵も得ない者も居るが、スネイルは生活の知恵を一からロウペニに学び従ってきたので、大いに感じ入った。
「そのようなお言葉、身に余ります。全力で働かせていただきます」
「心強いことだ、期待しているぞ我が息子よ」
血は繋がっていないが、境遇を共にする二人には本物の親子以上の絆が存在している。荒みきった世界でもやはり人は人であった。
「で、もし不足するなら何だと思う?」
司令官室に、島とコロラドが入り、何事かを打ち合わせている。上級曹長の前には紙にした計画案が置かれていて、それを手にすると暫し黙る。
「売却先の偽装が手落になりやすいんじゃと思いまさぁ」
――電話対応だけでなく、実態が必要ではあるな、そこは補強しよう。
「うむ、他には」
「逆情報だけではなく、欺瞞のために複数贋を漏洩させないと」
信じさせたいものが一本では、あからさますぎると指摘した。幾つか流してはいるが、取って付けたようなものと言われたらそんな気もする。
「例えば?」
「既に装備過多なのは漏れているでしょうから、金が足らない理由を作るべきです」
「使い込んだとか補償にとか?」
どんなものかと思い付いた内容を即座に口にしてみる。
「もっと源流でお手上げなことを。ニカラグアで軍縮が叫ばれて、予算がバッサリ削られたなんて出来ないですかね」
――元々予算など無いのだから可能だが、そこまで徹底するとは俺も考えなかった。
「流石コロラドは違うな、首相に話してみよう」
いやあ、などと照れながら頭をかく。後は実践する現場でどうするかなるので、コロラドはわかりかねると手をあげた。
「謀略なんてのは大袈裟にやってなんぼってことで」
しがらみもなにもなく、ただ成功させるだけを考えると、あらゆる可能性に目が行くらしい。
「自身が最初の枷なわけだ」
自ら限界を知ってしまえばそこまで。わからなくもないが、自然と限度を定めるのが人間である。痛みや疲れが体に備わっているように、心にも何かがある。
「モガディシオですが」頃合いを見計らって報告を行う。「依然として市街地周辺までしか、政府の支配が及んでいないようで」
いくら連邦だと声をあげても、実際はまだまだ競り合いが各地で続いている。
「公式見解は楽観的?」
「ええ。安全としている場所も競合地帯だとしたほうが無難」
――宣伝戦略の結果だと考えよう、このあたりも敵地真っ只中なつもりでやらせるべきだ。
「各勢力の動向を」
机上の情報では知り得ているが、実際の民衆が感じている生の声に優る判断材料は中々無いものだ。
「エチオピア軍は駐屯に反対の声が強く、一部の部隊を別に、オガデンにまで引き揚げています。しかしアメリカの後押しを得ているために、介入に乗り気で怪しげな態度が聞こえてきます」
「具体的には?」
アメリカがエチオピア派ならば、ロシアはエリトリア派としてしまう。単純かといえばそうでもない。エチオピア寄りのエジプトや、エリトリア寄りのウガンダ、独自路線のケニアが混ざった上に、同じイスラム国家でもアルシャバブ推しや政府推し、ヒズブルイスラムにはヒズボラ、つまりはイランあたりがクッションを挟んでちょっかいを掛けてきている。
「大臣などの要人護衛に、別口で志願兵を派遣しているとか。国家色は出さずにですが」
――良くも悪くも側近のようなのを、閣僚に侍らせれば影響はあるだろうさ。俺だってプレトリアスらが何か頼んできたら、断りはしないだろうからな。
「ボディブローのような効き目だろう。イスラム勢力は?」
現地で最重要の部分を、敢えて後にする意図を見抜こうとする。それを聞く前に、エチオピアの話を耳にした方が良いと考えた結果の根拠を推察しながら。
「イスラム法廷会議はアルシャバブに対して、青息吐息で降伏すら宣言してるが、アウェイス議長は言うだけで特に何をするわけでもないようですぜ」
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