第273話
「メインディッシュは後に平らげるとしてだ、これらのヶ所を探らせてみてみよう」
何せ一見したら普通の漁船で、いざ仕事となったら武装することがあるのだから判断は難しい。間違ったらごめんなさいでは済まない、しかし補償する義務は無い。国際的な道義や規約では有るのかもしれないが、ソマリアが活動地域である、どこまで強く司法権力が及ぶかは当事者次第と言えた。
「航空偵察や艦艇レーダーの要請は行いますか?」
「いいや、俺達が独自に調べるんだ」
たっぷりと装備を都合して貰ったのだから今更であるが、掲げている軍旗が何かを再確認させる。何より民間の海賊程度探し当てられないようでは、先を望む方が間違っているとの想いが強かった。
「承知しました。ではキスマヨに移動しますか? 流石にそればかりは陸とはいかないでしょう」
「残念ながらその通り。大した距離じゃない、巡視艇を幾つか使わせてもらうとしよう」
巡視艇、世間では哨戒艇と呼ばれる。巡洋艦は簡単に右に左に動かすものではないと、身の丈にあった行動を選択する。連絡船に載って襲撃にあっては、ただの不注意者と呼ばれるだろうから。
「コロラドはどうする?」
何をさせるではなく、逆に何をするかを問う。
「少しモガディシオ周辺を探ってから、キスマヨに向かいます。ソマリアシリングよりも、タバコや麦を持ち歩く方が、役にたちますぜ」現物重視を明らかにしてくる。
「かも知れんな。ずだ袋に詰めるなり何なりやってくれ、あちらで会おう」
一応用意してきた紙幣を、渡すだけ渡して解散させる。陸上活動の第一歩が海賊退治とは、皮肉も極まったものだと溜め息をついてしまった。哨戒艇といっても様々であるが、あてがわれたものは全長が四十メートル弱あるガンボートの類いである。横波に負けることなく、高速で走破が可能な武装艇。
「商船相手ならば、こいつが一隻にボートが数艘あれば、制圧出来そうだ」
主砲に三十ミリ連装のものが据えられており、反対の船尾には、機銃が左右に一ヶ所ずつ置かれていた。
「欲しいな。もう一回り小さくて良いから大西洋岸に欲しい」
「理由は聞かないことにするよ」
彼女の願望の先に何があるか、言わずとも知れている。どちらにせよ自身が乗るわけではないからか、戦車程に食い付きは強くはない。
キスマヨの軍民共用部分に乗り付ける。人だけの乗降であっても軍港を利用して構わないらしいが、軍艦の邪魔になるからと説明される。
――海軍内部にも事情があるんだろうさ。
上陸するとそこでサイード曹長が待っていた。
「お迎えにあがりました、閣下」
「うむ」
――スーダンで一緒になったときには、まさかこうまで長い付き合いになるとは思わなかったな。
曹長の背を見てふと昔を思い出してしまった。いかんいかんと余計な考えが入り込むのを、軽く頭を振って霧散させる。側近のみ車に乗って先にどこかへと走り去って行き、兵らは遅れてトラックなりに乗り続いた。
キスマヨ東部海岸付近の岩場を、天然の要塞として利用することを考えたのだろう。本来あるはずもないような道が切り開かれていた。戦術的な要地である、更に広い視野で見たときには、さほど重要ではないだろうことも解る。何せ利便性は極めて悪く、発展の可能性は殆んどないのだから。意地悪く引きこもるのには最適な場所を、大金かけて要塞にした張本人が出迎えに現れた。
「我が家へようこそ。ムスリムも驚きの僻地です」
「陸だけなら海兵師団が押し寄せてきても守りきれそうだよ」
ソマリアに巡航ミサイルは無いから安心だと、満足を示して早速中へと向かう。重砲が直撃しようと全く苦にならないだろう岩場の穴蔵。ウサマ・ビン=ラディンがミサイルや爆撃を警戒して隠れていたのが実感できた、ここならばきっとと思わせる。
「施設の紹介前にまず一報を。既に二度侵入者を撃退しました」
「二度?」
短期間になんだそりゃ、と語尾がはねあがる。
「小官人気者になるのは構いませんが、美人限定でお願いしたいものですな」
いずれもムスリムで捕虜よりも死を選んだというから、過激派の偵察か何かだろうと推察している。外国人なだけでも目立つが、兵器を持ち込み要塞を作るのだから、気にするなと言う方が無理である。
「逆もそうだ。俺達も奴等の捕虜になるならば、早目に死んでおいた方が楽だよ」
とにかく拷問は筆舌に尽くしがたい。どんな方法でも捕らえられたら最後、自害をすべきが自身の為だと明言できる。ここはヨーロッパやアメリカではなく、イスラム主義が席巻しているアフリカなのを忘れてはならない。
「転向を条件に許されるものは皆無だと、徹底して教育しておきます」
珍しく真剣な受け答えをする。考え違いをしたら、兵が泣くはめになるのを知っているからこそ、厳しい軍規を定めようとする。
「それはそうと、住み心地はどうだ」
娯楽は大した望めるわけがない、ストレスがたまったら吐き出せるようにするのも、上官が考えなければならない点である。
「釣りや射的位しかありませんからな、酒があればそれで構いませんが」
HIVはアフリカにしては感染率が低いと言われているが、未集計なだけで全く信用ならない。楽しみがなければ、兵士が腐ってしまうのもまた事実である。
「要塞に港ができたら、マリンディと不定期で連絡船を出して休息させよう」
後方基地にはアフマド曹長を残してきている。指揮官には形だけ、本国からの補佐を中尉に任命して、責任者としてあった。審議官らも殆んどはまだ待機させている。アメリカ軍とのレンドリースに関して、事務処理にこの前まで一人だけついてきていたが、現在はジョンソンのオフィス近くに配置してあった。
「マリンディと言えば、オズワルト中佐のところから事務兵が転属してきています。差し詰一期生ですな」
――育成を要請していよいよ派遣に漕ぎ着けたか、どこかで手柄を立てさせてやらねば。
「こちらにも数人置こう、主計はトゥヴェーが兼務だからそこにつけるか」
「一応担当士官はあちらに居ますが、これまた形だけと。正規軍は形に拘るから紙が分厚くなって仕方ありません」
報告日誌などと言うものすら存在しているが、殆んど空白になっている。夏休みの宿題を溜めた気分と、似ているのかもしれない。
「首相の心遣いに感謝しておこう、事務雑用は担当が請け負ってくれるさ」
現状把握が済んだところで、いよいよ作戦の第一歩を明かす。あれこれと手をつけるわけにもいかないので一点集中で。
「丘で海賊退治とは乙な趣向ですな」
「全滅は難しいだろうから、何度か繰り返すことになるだろう」
何せ身一つで船に飛び乗り、取り敢えず海に出られたらそこまでである。港の代替など幾らでも存在している。
「小型ならエンジン始動に大した時間は必要がない。取り逃がすことが多そうなのを解決せねばなりませんか」
「沖に戦闘艇なりが待ち構えていれば、あちらも往生するだろうが……」
沿岸警備隊の助言があれば、名案も浮かぶかもと結論を先送りにする。
「海賊の識別が最大のポイントですな」
逃げたのが海賊だとしては本末転倒になり、誤認では無駄な結果しか産み出さない。何を以て海賊とするか、明確な線引きすらあるわけではないのだ。
「何せ我々はいつものように外様だからな、今回は密告も当てに出来ない」
民間が無理ならば、政府に打診するしかないが、モガディッシュであの態度である。行動の基幹をなす部分を頼るのには、不安がありすぎた。
「どうでしょう、虎穴に入らずんば虎児を得ず。海賊に襲われてみて確定してみては」
マツバラさん効果を発揮してきた。海賊自己申告ならば間違いないと。
「無謀を通り越えて、乱暴の極みだな」
「お気に召しませんか?」
反応がわかっているくせに、そのように言ってくる。だからロマノフスキーは憎めない。
「冗談、そんな確実な手段があるならば、使わない手はないだろう」
一方でロマノフスキーも、同じ気持ちになっているのか不敵な笑みがにじみ出る。
「となると餌が必要ですな、それも魅力的な餌が」
「仮にだ、お前が海賊ならどんな獲物を狙う?」
相手の気持ちになって考えてみろと促す。無論島も、自身ならばどうするかを想像してみることにする。腕時計を見る、無言の時間がやけに長く感じられたが、数分しか経過していない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます