第249話


 自国内だけで達成可能なあまりに細やかな願いである。


「アメリカが艦上から攻撃を計画したそうですが」


 ニュースでも報じられている、つまりはそれ自体が牽制である。やるやらないは別として圧力というやつだ。


「我々に断る権利はないからね」


 あけっすけに事実を認める。その裏に開発援助やらがちらついているのだろう。


「それで増援なわけですね。総予備がかなり薄くなったと聞こえましたが」

 ――まてよ街中の復興財源はもしかして?


 機械化部隊が殆ど無いならば、近隣の部隊を寄せてスライドするしかない。空輸では百人が精一杯だったはずだ。


「現地での努力か十日程の時間か、どちらかだろう」


「陽動の一つでもかけりゃ」横からレティシアが割り込み見解を述べる「あっという間に兵力不足だね」


 戦力増強には金が掛かる。安く仕上げれば歩兵に偏り、機動力はどうにもならない。場所が恵まれていれば列車を併用すればかなりまで補えるが、国家への侵略ではなく国境守備については不適切な話だ。


「あるものでどうにかするさ。ワリーフが不在でしたら、ハウプトマン大佐の他にどなたか招きましょうか?」


 大佐が来るのを既成事実のように扱う。無論この後に寄るつもりだが。


「君が良ければだが、スライマーン氏を呼べないだろうか」


 甥っ子のマフート・スライマーンだよと。


「駄目を承知で良ければ誘ってみましょう」

 ――大統領選挙に向けての顔合わせか、協力してくれたら尚嬉しいね。


 よろしく頼むよと軽く腕を叩く。フロアーを移りハウプトマンのオフィスに向かう。未だにドアを開けておく習慣は変えていないらしい。


「イーリヤ大佐です、失礼します」


 手前から敢えて足音が聞こえるように近付き、名乗りをあげる。


「うむ久しいな大佐、それとお嬢さんも。掛けなさい」


 ハイネケンだったねと自らビールを取り出そうとする。彼女も流石に悪いと思ったのか、慌てて要らないと断った。


「先程閣下のところに挨拶に行ってきました。シリア情勢は定まらないようですね」


 うむ、と腰を下ろして答えを模索する。


「我々が介入するわけにはいかない、かといって放置も出来ない」


「内戦とは言っても幾つか外国が関わっていますよね」


 内戦の定義が違うとかではなく、現実として外国勢力が出入りしている。


「そこが難しいところだよ。誘い込まれるとレバノンまで疲弊してしまう、政府の見解は内戦で、軍はノーコメントだ」


 ――そうか、巻き込むためにわざわざちょっかいを掛けてくる可能性があるわけだ。


 弾除けに何か用意があれば一安心である。


「軍に協力するような民間組織があるのでしょうか?」


 腹の読みあいは不要と、直球で質問する。


「無くもないが使い物になるかは未知数だ。レバノン市民義勇軍、この場合は民間防衛組織に近いが」


 ミリシアまたはそれに至らないような郷土警備団体、国益ではなく住民の利益を優先する集まりだ。このミリシアで精強なのが、アメリカ州軍だろうか。


「練度が低い? 忠誠度でしょうか……」


「両方だろうな。数だけは集まるが、単独での運用は無理と考えている」


 ――兵力として頭数を追加する為だけならばか。正規兵とバディを組ませれば運用出来るだろう、過信は出来ないが。


「おいもう一件あるんだろ、先に用件を伝えたらどうだ」


 レティシアが仕方のないやつだな、と目的を思い出させる。


「そうだった。ハウプトマン大佐、今夜コンチネンタルホテルで食事をいかがでしょうか、閣下もいらっしゃいます」


「参加させてもらうとしよう」


 続きはそこでしようと話を切り上げる。どちらともなく敬礼し、二人は司令部を後にした。


「お前はどうしてすぐに戦争の話になるんだ?」


 そう言われて返す言葉もない。


「最近そんなのばかりだったからな、平和になると困るやつは自分かも知れんぞ」

 ――何なんだろうな、俺にもわからん。


 戦争のない世の中で、自分に何が出来るだろうと考えてしまう。レティシアが呆れて腰に手をあててため息をつく。


「頼りになるんだかならないんだか。で、スライマーンとやらはどこにいるんだい」


「ん、ああ、もうかれこれ八年もあっていないな。多分大統領府だよ」


「多分……ダメだこいつは」


 まあ好きにしておくれ、彼女は首を左右に振って黙ってしまう。首都の重要施設は大抵近くに集められている。保安上の理由もそうであるが、緊急時に集まりやすいようにとの配慮もある。


 歩いて目的地を探したが、さほどかからずに到着してしまった。大統領府の門には軍兵ではなく警察、それも制服がたっていた。文官の組織であり軍とは切り離して存在する為に、内務省直轄の組織である警察を警備に使っている。制服なのは単純に見た目を求めただけで、門衛は警部補以上の歴年者があたっていた。


「そこのお客人、この先は許可なく立入は禁止になっています」


 警官が二人を止める。言葉は優しく威圧的な態度でもない。


「取り次ぎをお願いできないでしょうか。マフート・スライマーン先生に、教え子の島が訪ねてきたと」


「スライマーン補佐官の教え子ですか?」


 彼は島よりも少し年下である、警官が疑うのも無理はない。


「ソルボンヌでアラビア語を教えて貰いましたので。お忙しいならば連絡先だけでも」


 確かに外国人が使うアラビア語にしては、やけに礼儀正しい言葉の綴りだと納得する。確認してみようと、守衛室からどこかに連絡してくれた。


「本場仕込みのアラビア語ってわけだ、そいつは良いね」


 スライマーンが女だったら笑い話になったのにな、と面白がる。


 ――そうならないようにしたさ。だがあの時それに気付かずに女性を雇っていたら、どうなっていたことやら。


 案外それはそれで大事だったなと心中で頷く。


「島龍之介さん、スライマーン補佐官が受付にいらっしゃいます、ついてきて下さい」


 警官の言葉に従い、二人は府内へと歩みを進めた。監視つきで暫し待つと、数人のグループが近づいてきた。若かりし日の面影を残したスライマーンである。


「島さん、よく私を訪ねてきて下さいました、ありがとうございます」


「スライマーン先生、ご無沙汰しています。突然の訪問申し訳ありません」


 どうやら本当に顔見知りだとわかったので、警官が門へと戻って行く。応接間へと案内して再会を喜ぶ。


「活躍は耳にしております、あなたはやはり素晴らしい戦士です」


 大きな声では内容は言えませんが、と笑う。


「確かに大っぴらには出来ませんね。不躾で申し訳ありませんが、今夜コンチネンタルホテルで食事をいかがでしょうか、ハラウィ軍事大臣もお出でになります」むしろ彼からのご指名ですよと明かす。


「ハラウィ大臣が私を? 光栄です是非とも伺いましょう」


 期待した返事を常に返してきてくれる好青年っぷりは、今でも全く変わっていなかった。


「話は変わりますが、スライマーン補佐官と聞きましたが」


「はい。スポーツ文化大臣補佐官を拝命して居ります」二級公務員ですと待遇を説明する。


 因みに一級公務員が大臣や長官らと言うので、二級だからと下がるものではない。日本ならば次官にあたる位なのだろう。


「そう仰有る島さんは、現在何をして居られるのでしょうか?」


「自分はニカラグア共和国の軍人を、イーリヤ大佐です」


 さらりと述べる。島大佐ではなくイーリヤ大佐と表した。


「なるほど、左様でしたか。あなたは戦士であると同時に、マッシーフでもあるのかも知れませんね」


「マッシーフ?」


「救済者ですよ。アスカリ・マッシーフ・アル=イーリヤ、荘厳な感じがするでしょう」


 爽やかな笑いで名前を作る。確かにそれっぽい響きがある。


「自分に出来ることをしたまでです。これまでも、これからも」


 分を越えたことは遠慮するつもりだと、控え目にしておく。


「それでは出来ることを増やしていきましょう。私にも協力させてください」


 にこやかにそう申し出て、執務が残っているため続きは今夜と席をたつ。供の者が外へ送りますと、わざわざ案内まで残して去っていった。


「あれもあんたと同類だね」


「どのあたりが?」島が似ている部分なんてあるかと訊ねる。


「二人ともタラシだよ、間違いない!」


 コンチネンタルホテルは、イスラエルからもヒズボラからも攻撃を受けない聖域としても価値を持っていた。無論レバノンが害することもない。上層階に部屋をとって、ホストである島が皆を待つ。


「今夜はここで泊まりだ」


「夜行で移動すると言われるかと思ってたよ」


 時間を見計らい予定を詰め込む癖がある、何せぼーっとしていられない。意外や意外、スライマーンとハウプトマンが一緒にやってきた。


「今晩は、どうぞお座り下さい」


「ハウプトマン大佐と下で会いましてね、一緒に参りました。ご招待ありがとうございます」


 儀礼的な挨拶を交わしてハラウィを待つ。すぐに彼も現れて一番奥にと座った。


「紹介致します、こちらパラグアイにあるエンカルナシオン市の防衛と治安を司るミリシア、エスコーラのトップ、レティシア・レヴァンティンです。そちらレバノンのスポーツ文化大臣補佐官、マフート・スライマーン」


 互いの間での紹介がなされていない二人を島が仲だつ。ミリシアは想定外だったのかスライマーンがほぅ、と口にした。


「それともう一人、レバノンのタクシー会社社長アーメド・ラフリィ。彼なくして自分はありませんでした」


 スライマーンには何故タクシー会社社長が同席するかわからなかったが、大臣らが納得しているので詮索しないことにした。


「遠い地からレバノンへようこそお出で下さいました、我々はお二人を歓迎致します」

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