第248話


「いえ社長業なんて社外にいてなんぼですよ。今回はお連れは?」


 女性は同じだが取り巻きがいないので触れてみる。


「郷に返したよ。デートの最中でね」笑いながら彼女を紹介する。


「あっしはアーメド、タクシー会社の雇われ社長をしてます。前々から島大佐にはお世話になってまして」


「軍人がタクシー会社を?」


 そんときは何をやっていたんだいと詰問する。


「ツアー客を空港から基地まで面倒みてもらっていたわけさ。客は助かるし仕事も生まれる、俺達も集中できていいだろ」


 ウインウインの関係だと説明し、客の一番太い相手が日本の齋藤議員――警備会社だと加える。


「だから教導教官かい。まあこの手のノウハウは、不穏な国ほど経験があるからね」


 流れに納得して売人の素質もあるだろ、とまぜっ返してくる。


「今更ですが、観光ならば案内致しますが」


 料理を口にしてから、やってきた理由を思い出す。


「昇進祝いに何も贈れてないのに、要求ばかりで悪いが頼めるかな?」


 なかなか適当な仕事もなくてまわせないと謝罪する。


「お気遣いは無用です、会社は順調で生活も安定してます。お代は遥か昔に頂いていますよ」


 無論追加の投資はいつでも歓迎だと、商売人としての売り込みも忘れない。やはりレバノンも海岸線がリゾート地だと薦める。地中海沿いなので真冬でも温暖、工業地帯が少なく空気も綺麗だと太鼓判をおした。


「ジェットスキーなどは?」


「もちろんご用意出来ます、興味がおありで?」


 ちらりと彼女を見て「雪の上と比べてみようかと思ってね」興味ありを伝える。なんとあのレティシアが少し躊躇った。


「何でも比べようとするのは良くないぞ」


「それはそうだが、折角来たんだから乗ってみようじゃないか」


 どうにもはっきりしないままうやむやにしようとする。


「そうだ、お前と約束したよな、戦車だ戦車に乗ってみたいぞ!」


 ジェットスキーと戦車では、あまりに守備範囲が違いすぎる。


「んー、閣下に頼んでみるか。アーメドすまないな」


「暖かくなったらまた考えていただきましょう」


 食後に司令部にお送りしますと請け負う。


「今夜酒を飲みながら話したいが、都合はどうかな」


 義父を紹介するよとコネをつけさせてやろうと試みる。


「それはありがたい! してどちらに?」


 少し考えてから全く店を知らないのに気付き、コンチネンタルを思い出す。


「コンチネンタルホテルのレストラン、俺の奢りで招待するよ」


 前にハウプトマンらと使った時に満足したのを思い出す。ワーヒドかあれかの択一である。


 ――そうだワリーフも呼ぼう、それだけではアーメドが居ずらいだろうから、ハウプトマン大佐もだ。


 予約を入れておかねばと電話を借りようとして、流石にここで他の店をリザーブは失礼だろうと、司令部に行く前に寄り道をしてもらうことにした。復興が進んでいた、イスラエルからの攻撃が収まっていると表すべきだろうか。それにしては少しばかり緊張感が街にあるような気もした。


 通いなれた司令部正面口、門衛二人がいつものように立っている。見回りの下士官が姿を見せたので声を掛けようとすると、逆に駆け寄ってきた。


「モン・コロネル!」


 曹長がやってきて敬礼してくる。訝しげに答礼する。


「君は?」


「先年、閣下に口添えいただいた者でして、昇進しました」


 ――あの気が利くと言った軍曹か。


「そうか勤務ご苦労だ。閣下にイーリヤがきたと面会許可を頼めるかね」


「許可は不要です。どうぞお通りください」


 自分の判断で通過を許可可能な人物が予め決まってまして、と案内してくれる。今回は初めてエレベーターを使った、どうやら婦女子が居たためらしい。こんな造りになっていたんだと小さく感心して、総司令官室に向かう。三度ノックして扉を開けた。


「イーリヤ大佐入ります」


 声をかけると、既に椅子を蹴って扉に向かい歩いていたのに驚く。


「龍之介、よくぞ無事で戻った!」


 両手を開いて抱擁を求められたため素直に応じる。


「皆の協力のお陰で何とか生きています。お久しぶりです、義父上」


 レティシアに対しては慎みを持って接する。


「レヴァンティン君、いつもありがとう」


「息子を甘やかし過ぎは良くないが、確かにこいつはよくやった」


 何と返したら良いかわからずに島の評価を述べる。座りなさいとソファーを勧める。専属副官大尉が隣室に来客を告げた。


「実は休暇を頂きまして、あちこち回ってました」


「任務の後にある休暇は楽しむべきだよ」


 命の洗濯だと、しっかり遊ぶように言われて苦笑する。


「ワリーフはどうしてますでしょう? 今夜コンチネンタルで食事を予約してきましたので一緒にと、紹介したい人物もいまして」


 予定があるならば部下の将校でも頼もうとする。


「私は良いよ。ワリーフは無理だな、現在シリアとの国境警備に行っていてな。ヒズボラを通過させない意味もあるがね」


 ――国境警備師団だけでは足りないだろうな。世界の注目が集まる地域だけに経験になる。


「後方司令部勤務でしょうか?」


「それが前線部隊だよ。国境守備連隊中央大隊の副長」本人が希望したもので承認したという。


 第二はトルコ西側で、第三は東側山岳部だと付け加える。


「通るとしたら中央なわけですか。他に国境警備師団も薄く広くですね」


 何せ国境は広い。通過が出来ない地域――雪山や断崖は放置で構わないが、陸地は常に監視が必要になる。


「他に南レバノン国境付近も警戒中だよ。機甲部隊が首都になければ、クーデターだって怪しいものだからね。機械化歩兵も三分の二が南だ、ヒズボラが活気付いていてほとほと手を焼いている」


 ――内側はそれなりに治安が保たれているが、外側に脅威か。逆より遥かにましだろう。


 壁に掛かっている地図を指差して、専属副官に拡大図を用意するように命じる。隣室に準備されていたようですぐにテーブルに広げられる。


「トルコから自由シリア軍がシリアに前進した、はっきりしないが司令部は西の端辺りだろう」


 自由シリア軍とは反政府勢力の一つで、最近はトルコに拠点を置いていた。戦況の変化と国際社会がトルコを巻き込むな、とうるさくなってきたので居心地が悪くなり拠点を動かしたのだろう。


「南西シリア外郭にはイランイスラム革命防衛軍、本気は出してないようだから偵察軍だろうが、確認されている」


「自由シリアとヒズボラは敵対しているわけですよね?」


 政権を助けるために越境しようとするわけだから、立場が反対だろうと確める。


「そうだ、だが両方とも我々の敵ではあるがね」


 イランイスラム革命防衛軍もだと、殆どを敵としていた。それにしたってシリア政府がレバノン政府を傀儡としていた事実もある、どれが味方になりうるのか部外者には判断がつかない。


「閣下としては、どのような決着がお望みで?」


 答えから逆算するほうが、或いは理解しやすいかも知れない。


「そこが難しい、どうなれば一番良いかがはっきりしないんだ。だからレバノンとしては不法入国を取り締まり、国境近隣に流れ弾がこなければ取あえずは満足だ」

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