第245話
「こいつらはイタリア在住のアラブ人のようですぜ」覆面を剥いでみせて褐色肌が目立ったのと、イタリア語を使っていて不自然が無かったのを指摘する。
――強盗団ではなくてテロリストか? もし爆弾を使う自爆ならば、ここで頑張っていてもペチャンコになっちまうぞ!
「イスラム過激派の自爆テロ要員の可能性が極めて高い。早く脱出すべきだろう」
それが違っても問題にはならないと強気に断言する。
「警察が来るのを待つべきでは?」
渋々志願したやつが持久戦を訴えてくる。
「じゃあお前は」他の連中が賛成するのを確認し「一人で残ればいい」
ホテルを倒壊させるにはかなりのヶ所に爆薬を仕掛けなければならない。正確にはわかりはしないが、数十の基点となる柱を破壊する必要があるだろう。
――一斉に起爆させるのに一々手作業なわけがない、携帯電話が使えなくなっているから通信妨害をかけている、急襲したならそれを解除して起爆しているような暇はないはずだ!
「そう言えば一人だけ下に連れていかれた男が居たな」
落ち着いたせいかそんなことを思い出す。残念ながら諦めてもらうことになるだろうが。
「ダッチマンだったな、紳士的な」
「助かるに越したことはないが、自身の命を優先するんだ」
「で、どうするんだいリーダー」
中年の男が島をそう呼ぶ。特に異存があるやつは居ない。少なからず全員がロビーを通過しているわけだから、記憶から配置を想定する。
「そうだな、まずは消火器を集めてきて貰おうか」
「どうなっているんだ上は」
ガルバニが時計を気にしながら尋ねる。銃声が聞こえ増援に出た者が戻らなくとも、焦らないのを見て部下が少し安心した。
イタリアで指導者としての教育を受けているときに、イスラムの教えに染まった……わけではない。彼は素質を見込まれて留学させてもらっているエリートなのだ。その彼が恩返しをしようと、計画したことが今回の事件である。
「二階の銃声は止みました、何者かが紛れ込み制圧したのでしょう。今は一つしかない中央階段を封鎖しています」
非常階段も何もない。古い造りのまま営業しているホテルには、通路が一ヶ所しか無かった。そこさえ封鎖しておけば上階でどうにかしようとも、自爆の道連れから逃れることは出来ない。
「そのまま通すな。もうすぐ新聞社やテレビ局がやってくる、そこで我々の正しさを訴えるんだ」
生放送させればどこかで映像を記録しているやつがいて、一度ネットにあがれば無制限にコピーが広がる。あとは話題性次第で拡散するわけだ。
「ルッテ元公使を餌にするわけですね」
「元であっても公使閣下だよ。無視するわけにもいくまい」
絶対に通すなと厳命しつつも、上の奴等は見捨てろとも指示する。彼らにとって犠牲者は問題にならない。どのような結果が得られたかが重要なのだ。ガルバニが席を立ち事務所に移る。ルッテは椅子に座らされていた。側に一人若者が立っていて見張りをしている。
「公使閣下、もうすぐ報道関係者がやってきます」英語で話し掛ける。
だがルッテは言葉がわからずに、顔をしかめるだけだった。仕方なくイタリア語を使うが半分と通じない。少し残念であるが会話を諦める。不理解言語を知っただけでもささやかながら収穫だと。
格子付きの窓から外を眺める。明るくなりもう少しで市民が目を醒ますだろう時間がくる。遠くから箱形の車が近付いてきた。正面からではわからなかったが、ハンドルを切ると側面にテレビ局の文字が大きく書かれていた。
それから十分と経たないうちに車は増えていき、遅れて警察車両がやってくる。だが取材班は警官が止めるよりも早くに、ロビーへと踏み込んでしまった。
「この手の建物にはダストシュートがあるはずだ」
島がゴミをポイ捨てして、落ちていく様を真似てみる。
「あるなら裏口や裏通りに面している方に作るでしょうが、この場合は内陸側ってことでしょうか」
海側が正面口で東向きなので西側を調べさせる、目立たないように設置されているのがすぐに見つかった。それとて下がりすぎると、ゴミの中でもがく羽目になってしまう。無事に一階に出ても見張りが居るかもしれない。
「高さ的には三メートルとない、だが気づかれては奇襲にならない。そこでだ、正面で偽の交戦をしてもらう」
戦いになれば見張りは呼び戻される可能性が高い、その箇所に不安を抱けば抱くほどに。得体の知れないものへの恐怖は、人の想像こそがすべてといえる。
「自信があるものがそちらへ回る様にしましょう。無論弾丸も多めに寄せるべきでしょう」
先回りしてマロリーが話をまとめる、中々に使えるやつである。
「踊り場に二人交代に行ってくれ、ベッケンとレヴァンティンを呼び戻す。彼を一人指名だ、残り二名の志願を受けよう」
すると微笑を浮かべてマロリーが即座に手を上げた、隣に居たポワティエも進み出る。
二人とも精悍で鍛えられた筋肉をしていて、それはプロテインを摂取して見た目の構築をしたようなものではなく、訓練と運動によって自然と出来たものだとわかる。ベッケンらが戻り、降りるぞと伝えたところで、仲間はずれにされた彼女が不機嫌な顔になる。
「生ゴミ臭い穴倉に、レディを行かせるわけにはいかんからね」
これは野郎の仕事だと断言して留め置く。
「お前はいつもそうだ、勝手に話を進めやがって。無事に戻らないと承知しないよ!」
手にしていた拳銃を放って予備にするようにと言い、椅子に腰をおろす。同系統の弾丸を選別して補充するが、本当にバラバラの寄せ集めばかりで苦労した。四人が裏に回ると、腹位の高さに四角い盛り上がりが確認できた。取っ手にシーツを縛りつなぎ合わせると中へたらす。途中踏ん張りやすいように、団子を作るのを忘れない。
「ではお先、リーダーは最後にどうぞ」マロリーがこれは下っ端の仕事です、と先発を申し出てそのまま承認された。するすると降りていき、蓋に耳を当てて音が聞こえないか意識を集中させる。
コツコツと歩き回るような音が微かに聞こえる、やはり巡回なのか何なのか配備はしているようだ。
「階段で始めるように合図を送るんだ」
ポワティエが頷いて、廊下の端で手を振って開始を伝えた。十秒程で拳銃の発砲音が聞こえて、少しすると喚声と消火器が出す、シューっというガス音が届いた。椅子や食器を派手に落として、活動をアピールする。
マロリーが蓋を少し開いて様子を見る。近くにいた奴らが消えたのを確認すると、グイっと蓋を開けて廊下にと降りる。手招きをして仲間を呼び込みその間左右を警戒していた。
「南側通路は川沿になる、少しでも太陽を正面にしないためにそちらを行こう」
問題は最後の廊下である、直線で見つかれば二進も三進もいかない状態に陥ってしまう。
――ここが勝負どころだろう、どうにかして突破せねば。
「リーダー、この料理を運ぶためのキャスター使えないですか?」ポワティエが、ローラーがついた台車を見つける。かなりの重量を一気に運ぶことが出来る代物である、厨房隣に複数置かれていた。
「拳銃弾程度なら」他に立てられているテーブルの厚みを見て「止められるだろうな」
動く盾を四つ作り、それぞれが押して廊下を進んだ。ぱっと見では何か荷物が置かれているようにしか見えない。
「なあ、アレだがあんな場所にあったか?」
ロビーで階段の煙と格闘しながら、目を細めて相棒に廊下の先のテーブルを指摘する。
「ん、どうだったかな?」
そちら側は巡回の者が担当していたので、まったく記憶になかった。何よりも目の前の銃撃に忙しい。確信が持てないまま少し撃ち合っていると、それらが近くに来ているような気がした。
「動いていないか?」
「何!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます