第243話
手首のスナップを効かせる要領で、銃に濡れタオルを叩き付ける。衝撃に「あっ!」と取り落としてしまう。直ぐ様正面から組み付いて頭突きを鼻っ柱に叩き込む。足払いをして転倒させると、タオルを顔に被せて拳を思いきり叩き付けた。
すぐに動かなくなったが、用心のため頸椎を破壊して息の根を止めてしまう。
拳銃を拾ってベルトに捩じ込み、死体を改めて使えそうな品を強奪する。
「こいつら二人だけじゃないだろね」
「ああ、どれだけいるかは不明だよ」
無線を持っていないため、予め計画してある動きをしたら合流なのだろう。
――フロントが指揮所になるだろうな。館内電話は不通にさせるとして、携帯電話はジャミングの器械を設置位はするはずだな。人質は部屋から出さないか、ホールにまとめて監禁するに違いない。
廊下を覗いてみて、他に姿がないのを確かめて戻る。
――各階に二人だけならば大人数じゃあるまい、人質監視に使う人数を減らすために集合させるだろう。拳銃だけの軽い装備だ、逆に紛れている可能性もあるぞ!
「ホールからしか脱出出来ないよな」
「空でも飛ぶなら別だけどね。古いせいか非常階段はないよ」
窓は格子がつけられていて、中世の城館の様相を呈していた。窓際で衛星携帯を使ってみようとするも、接続可能な状態にならない。
――閉じ込められたか。無駄口を叩くような奴等だ末端は練度が低い、マフィアとは別口の集団だろう。イタリア語を使い人質をとって身代金を要求するグループか。
「下る前に、この階の客に協力を呼び掛けてみよう」
スイートルームは海に面した角部屋が二つしかないが、他に四部屋がある。強盗団が持っていた鍵を使い端から開けていく。
スイートにいたのは中国人の老夫婦だったが、二人は命を危なくするより財貨で助かる道を選んだ。
――老人では仕方あるまい。
静かにして待っているように言い残して個室をあたる。空室が一つあってドイツ人の中年とフランス人青年が呼応した。最後の部屋は日本人夫婦がいた。一緒に戦うように誘うが迷惑そうな顔で拒否する。
「強盗団に歯向かわなければ死人も怪我人も出ない。刺激しないでもらいたい」
どう返答したかを通訳しようとすると、レティシアが二人に「捕虜希望だとさ」と教えてやった。
「ニカラグア人のイーリヤです。お二方の理解言語は?」
ニカラグアとの響きに意外な顔をされたが、すぐに反応がある。
「フランス人のオルロワ、フランス語と英語を話します」
最年少だろう彼が名乗った。
「ドイツ人のベッケン、ドイツ語とフランス語を理解する」
「コロンビアのレヴァンティンだ、共通語はフランス語のようだね。あたしらはドイツ語も英語も通じるから覚えといておくれ」
武器は島らが奪った半自動拳銃、それも型が違うものが二つに、ナイフが二本で後はホテルの備品を工夫するしかなかった。
「軍隊経験は?」
俺は現役だよと付け加えて反応を待つ。ベッケンが一年だけと控え目に述べる、オルロワは無いと首を横に振る。
――このフランス人はあてに出来んな、居ないよりはましだとしておくか。
「俺と彼女が銃を、あなた方にはナイフを渡します。非常事態なので指揮を執るが良いかな?」
一応の意思確認をする。二人ともすぐに承諾した、何せ強盗を倒して武器を奪った実績があるからとやかくは言わない。
「では下の階に降りてまずは銃を奪おう。敵を見たら容赦をしない、これだけは守るんだ。やらなければやられる、それも味方が一緒にだ」
ベッケンはしっかりと頷いたが、オルロワは躊躇う。
――こいつは危険だ、きっと足を引っ張るぞ。
危うい奴と自分が組み、レティシアにはドイツ人をつける。絨毯が敷かれた階段は足音がしないで下れた。こっそりと通路の先を覗いてみると、部屋の扉が一つだけ開け放たれている。
――物色の最中というわけか。こちら回りは距離があるな、迂回して不意打ちしよう。
「俺らが回り込む、途中で奴等が出てきたら注意をひいてくれ。無線は持っていなかったから、すぐに助けはこないはずだ」
「了解」
オルロワを従えて街側の廊下をそそくさと進む。やはりフロアーは違っても、海側の方がランクが高い部屋割りになっているため、家捜しするにもまずはこちらとなるのだろう。
見付からずに部屋の外に辿り着く、話し声が聞こえてくる。レティシアらを手招きしてその間耳をそばだてる。
「身代金要求している間に抜け出すつもりとは、ボスもずる賢いな」
「一時間とかからずに国外だから、簡単な仕事だよ。昼にはトルコで乾杯さ」
「入国してしまえばこっちのものか」
――やはりチンピラの類いか。さっきの奴等は旅券を持っていなかった、ボスがまとめて保管しているのか、それとも別の理由があるのか。
ベッケンらがきたので、島が先頭で彼とペアになりレティシアに支援をさせる。あいつには廊下で見張りをやらせておく。忍び寄ると後ろから思いきり頭を蹴飛ばしてやる。同時にナイフが背中側からざっくりと心臓をひと突きした。中々見事な一撃である。
「武器を」
多くは語らず、島は廊下の側へ行き警戒を交代する。やはり拳銃しか火器を所持しておらず、旅券もなかった。
全員に装備が行き渡るが、発砲は最後まで我慢するように注意しておく。
「誰かが危険になれば迷わず発砲して良いが、それまでは銃に頼らずやるんだ」
判断が難しくならないように条件を簡潔に定める。状況に合わなくなれば、また命令したらよいと複雑な内容にしない。利き手に銃を反対にナイフを持ってまた一つ階段を降りる。五階までしかないホテルなので、フロントを別にするとあとフロアーは二つある。
踊り場に館内の案内が記されていた。二階がホールになっていて、客室は三階以上が主になっているようだ。ここの階層でも、同じように二人が部屋を漁っていたために、無音で葬ることができた。気絶した敵をオルロワに始末させ、度胸づけに使う。
「目をさまして背後から撃たれるのと選べ」
「縛っておけばそうはならないのでは?」
あくまで殺さずを訴えてくる。
――置いていくならここが最後だ。
「放置するなら君が残って監視するんだ。ただし武器は渡してもらう、縛れば抵抗もされないんだろ?」
皮肉を交えて選ばせる、残るならばそれでも構わない。オルロワが二人に助けを求めるよう視線を送るが、冷然と突き放す。
諦めてナイフを手にすると、半ば目を閉じて突き刺す。日本でならば緊急避難や正当防衛を主張しても、過剰行為だと非難されるのは間違いない。加害者の人権がどうだと騒ぐ人権屋の多いこと。
「拳銃を手にしていた敵をナイフで倒した。そうだと記憶しておくんだ」
それで良いと肩を軽く叩いて、二階の見取図を求めて移動する。
――はてさてどうしたものかな。
一階フロントの控え室で、時間を気にしている男がいた。腰には拳銃を備えているが、短機関銃を傍らに置いている。
「ヤセル、二階は?」
自身の副官格である男に進捗を訊ねる。
「ハマドが指揮して人質を監視させています」
顔付きはイタリア人であるが、イスラム名を使い返答する。手元には複数の携帯電話が置かれていた。
「上階の奴等はまだ?」
「チンピラです、盗みに忙しいのでしょう。頭数になればと集めましたが」
「いや」リーダーが申し訳なさそうに答える男に「手があればそれをいかに使うかだ、俺が考えるよ」
それは副官格の奴は雑用だけこなしておけばよいとも聞こえた。だが彼にはリーダーが心強い人物だと思え、自身はあくまで補佐で部下だと納得していた。
「そろそろ声明を出そうか、注目が集まったところで、ホテルごとドカンだよ」
手下には身柄をかわして逃げ出すと言ってあったが、ガルバニ――モハメド名を隠しているリーダーは、ここで自爆する計画を練っている。各自が逃亡出来ないように旅券をまとめて保管しているのもその布石だ。
「外国人のうちで一人要人が混ざっていました。ネーデルランドの外交官です」
「詳細はわからない?」
もし高官ならばより注目が集まると、声明を出すのを一拍おこうと考える。
「私が別室に置いて尋問します」
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