第238話


 部下に行くぞと軽く声をかける。総数十二人と一人、ゾネットを上等兵としてロマノフスキーは兵に混ざる。


「避難民が要求を伝えたいだって?」


「ああどうする、あたしが行って聞いてくるかい?」


 ――用件としては大した内容ではないが……上手く入り込んだならロマノフスキーが近くに潜んでいるはずだ、俺が出向いて話を聞くと漏らせば誘い出せそうだな。


 エーンに目配せをする。小さく頷いて、軍服を敢えて兵士のものにと着替え始めた。


「俺が行くよ、城の前で待っているように伝えてくれ」


「あいよ。そいつは何やってんだい?」


 ドゥリー曹長は、と視線を流す。


「備えとしては一つより二つってね。コロラド上級曹長も呼んでくれ」


 意味不明だと首を傾げながら手配を行う。


 ――さて十以上二十未満か、俺自身も輪の中だな。予め発砲するなと耳打ちさせておくか。


 準備運動をしてから例のグローブをつけるか思案する。平常を保つための目眩ましとして、装着を控えた。それでもナイフはすぐに取り出せるように位置を整えておく。まるで最短距離を選んでやってくると予め決まっていたかのように、当然だとの顔をした親友の姿が頭に浮かんできた。


 回廊を進む、左にはコロラド上級曹長を従えていた。護衛の兵士は十二人、分隊一つを黒人上等兵が引き連れている。彼もプレトリアスの部下で、若手の中で期待を集めているらしい。

 兵が扉を開けて進み出ると、難民の代表らが集まっていた。


 ――どこに隠れている。


 大柄なウズベク人が目立たないはずがないが、人混みを注視してもそれらしき姿は無かった。


「キシワ大佐にお願いが御座います、せめて重病人だけでも中へ」


 担架に載せられた者達が兵に抱えられているが、老人か子供ばかりで不潔な毛布をかけられて呻いている。


「わかりました、ドクターシーリネンに治療をさせましょう。伝染病の心配がなければ中へ運ばせます」


 素人では判断がつかないとそう答える。


「他に何か要望は?」


 ドンと揺れるような爆音が響いた、爆発ではなく衝突の類いだろう。要塞西側の壁に砲弾が直撃したようで、一斉に注目を浴びた。

 瞬間である、担架の裏側――つまり下に張り付いて息を殺していた巨人が、地面に四つん這いで降り立ち、ナイフを手にすると一直線に島の声がした場所へ跳ぶ。


 キベガとウビの兵がそれを合図に、武器を手にして護衛兵に襲い掛かる。一際動きが鋭いゾネットに、黒人兵がいち早く反応して行く手を遮った。

 島もナイフを素早く抜いて、突撃してくる黒い巨人の刃に当てて軌道を逸らす。黒人かと思ったが、それが顔料を塗った者だと気付いた。


「ロマノフスキーか!」


 周りでは護衛らが揉み合っている、避難民や自身の味方が邪魔になり格闘になっていた。


「よくぞ初撃をかわされましたな大佐、ですが助けはありませんぞ!」


 傍にいたのがコロラドだったため、簡単に蹴り飛ばされて向こうに転がる。ちらりとゾネットに目を向けると、黒人兵士が対等にやりあっているではないか。

 いくら得意の槍ではないとは言え、ロマノフスキーと一対一で遜色なかった者が何故と相手を見る。


「なっ、エーンか!」


 呼吸一つ早く島が腕を振るう。咄嗟に後方に飛び退いて距離をとった。


「余所見とは、俺も軽く見られたものだな、少佐」


 近くに病人が寝かされているのを、視界の端で確認しながら踏み込んで突く。


「自分が来るのを想定ずみでしたか、やりますな。が、白兵では負けませんぞ!」


 脇が甘いですな、と指摘してくる。刃物はちらつかせるだけで、肘や膝を巧みに使って致命的な一撃を狙うためだけに組み立ててくる。防戦一方の島、見かねた難民がロマノフスキーに掴みかかろうとする。


 ――いかん!


 短く息を吐き、ロマノフスキーはナイフの台尻で鳩尾あたりを強打して吹き飛ばす。一秒がやたらと長く感じた。感覚が研ぎ澄まされた状態を、武道で三昧の境地と表すらしいが、今がまさにそんなのであろうと朧気に頭に浮かぶ。

 意識では動きが見えているが、体はゆっくりとしか反応してくれない。弾丸が自身に真っ直ぐ向かってくるのが視認出来るのと似ている。


 島の突きを引き付けてから半歩下がって体を後に反らす、ナイフを引き戻すと同時に少佐が体を寄せる絶好の機会がやってくる。


 ――しまった切り返しが間に合わん!


 仕方なく島が体を半分捻り中心線を庇う、同時に「約束だ!」場にそぐわない言葉が耳に入る。腰を低くしたロマノフスキーが、上体を筋力で無理矢理に前にとつき出した。


 腕の一本位は諦めて貰おうと刃を向ける。到達の寸前で、斜め後ろからウビの兵士に体当たりをされ、切っ先が掠めただけで空を切ってしまう。凌いだ島がロマノフスキーの肩を下にと押して、首にナイフを置き制圧する。


「俺よりも」手からナイフを奪う「脇が甘いな、少佐」


 エーンが「降伏しろ!」と一喝する。ゾネットらは一もなく二もなく武器を棄てて従った。ウビの兵らは何故そうなったかわからないうちに組敷かれてしまう。


「自分は大佐の手のひらで踊らされていたってわけですか、敗けです」


「俺はだロマノフスキー、戦闘ではお前には勝てないが――戦争ならば敗けはしない」

 エーンに連れていけ、と命じて内城の一室に押し込めさせる。ゾネットも別室に閉じ込め、兵は二ヶ所にわけて監視をつけさせた。


「コロラド大丈夫か」


 手を貸して引き起こしてやる。


「死ぬかと思いましたよ。運良く潜入要員に選ばれたようで何よりです」


「お前の功績だよ。だがまずはこちらを処理してやらねば」


 顔が強張っている難民の代表らを振り返り、取り込み中になったので一時間後に再度で良いかと訊ねる島であった。


 難民の一切を将校服に着替えたエーンに任せて、通信室へ入る。


「避難民との話し合いで負傷するとは、とんだ直訴もあったもんだね」


 乱れた姿に一悶着あったのを悟るが、表情から深刻ではない結果だったのだろうと茶化す。


「ちょっと昔友人に語った一言を確認してきただけだよ。マリー達は?」


 空いている椅子に腰掛けると、大雑把に報告を求める。


「ブカヴ連隊がルワンダ解放軍を押し出している。どうやら不逞の輩に指導者層がごっそりやられて、指揮系統が麻痺しているみたいだね」


「十三番目の男が頭角を表すわけか」


「なんだいそいつは?」


「小説の話さ、組織で目立たない中級幹部が繰り上がって、頂点にひとっ飛びするやつ。左右の派閥に誘われもせず、結果反発も受けなかったから継承に成功したって顛末だ」


 何かの雑誌で連載されていたもので、粗筋だけが頭に残っていた。恐らくは不吉であったり、十二を干支で表したりと東西ごちゃ混ぜの背景があったのだろう。


「で、その十三番目が頂点になったらどうするんだい」



「変わらないよ、徹底的に潰してやるさ」


 戦場近く、もしかしたら渦中に居るだろうマリー大尉の指揮所を呼び出す。それもドイツ語を使ってだ。


「次世代の期待を受けているやつはいるか?」


 二度三度続けると返信がきた。


「努力はします。信頼した者は結果を出しました、証明も回収してます」


「そいつは結構だ。両隣の勢いは?」


「動きは鈍いですが、大家族はギリギリ踏みとどまりました」


 ――崩壊しなかったわけか、誰かが指揮系統を掌握したに違いない。手伝いをしてやろう、目的が優先だ。


「自警団部隊を送る、軍に協力しルワンダ解放軍を追い落とすんだ」


「ヤボール、ヘア・オーベルスト」


 議長に要請し、自警団をマリーの待つ場所へと移動させた。その間は市民義勇兵を集めて留守番の自警団員に配してやり、避難中の空き家に盗みに入ったり、見落とされた者がいないかを見て回るようにさせる。

 拮抗している戦いに横槍が突き立てられると、崩れるのは早かった。キャトルエトワールではなくブカヴ自警団として軍に連絡を取り、ルワンダ解放軍への攻撃を申し入れた。


 最初こそ余計な真似をするなとの反応であったが、解放軍の麻痺が直ってくると、数がモノを言うだろうと許可が返答される。

 ラベルは自警団ではあるが、戦列にはキャトルエトワールの部隊が並び激しい攻撃を加えた。軍も驚くほどの勢いで切り込みを掛けたが、マリーらも次に驚く。積年の怨みとばかりに自警団が物凄い執念を発揮しだしたのだ。

 攻められると意気地を喪うが、調子づくと羽目を外してしまう、民族性にストレスや歴史が積み重なり虐殺が始まった。しかし軍もマリーもそれを止めようとはしなかった。見境なく襲っているわけではなく、きっちりと敵を見分けているからである。外国人にはわからないが、人種の違いが彼等にははっきりと映っているらしい。

 降伏する者が運良くキャトルエトワールや軍に逃げ込めれば、命だけは助かった。その後にどのような処罰が待っているかはわかりはしないが。

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