第239話
戦闘終了を叫んで回り自警団を引き離すと、それぞれが拠点にと引き上げていった。病原菌対策から柵を巡らせこそされたが、見せしめだろうか死体は野晒しにされたままであった。
司令官室に将校が集められた。マリーによる報告が行われ、一つの目標が達せられたと一息つく。この後始末をどのように行うかで、キャトルエトワールの結果もまた変わってくる。
その会議をするためにも、責任者や代表が召集された。早速始められるのだろうと思っているところでエーンに声が掛かる「少佐を連れてこい」無表情ではっきりと。マリーやブッフバルトらがぎょっとする、何がどうなっているのかと。
数分待つと、顔料は落としたが薄汚れたままの格好で、司令官室に連れてこられる。
「ロマノフスキー少佐に問う。先頃に要塞に侵入し、俺の命を狙ったのは認めるか」
「認めます」
部屋がざわつく。そのような事件があったのを初めて知り得た者達が、物言いたげな視線を島に突き刺す。敢えてそれを無視して沈黙を続ける、誰かが助命を嘆願するのを待っているととられてもおかしくはない。
「……そうか。ブカヴマイマイ、人民国民防衛軍、ルワンダ解放軍が勢力を減じ、軍はブカヴ自警団の力の一端を見てわかったはずだ。キャトルエトワールの役目はこれで終わりになる」
治安が回復していくかどうか、維持できるかは住民の努力次第である。何が変わったかと言えば、自力ではどうすることも出来ない抑圧が取り除かれた、ただそれだけなのだ。
この先はブカヴの住民が先頭に立って、キヴ州を取り戻す為の闘争になる。それで元通りになったとしても、次にまた助けるつもりは島にはなかった。努力の為に最低限の場を作ってやるのみ。
「ロマノフスキー少佐、いつまで俺の目の前に居るつもりだ」
役目の終わりを耳にしたが、住民代表らは少佐が何者かを殆ど知らない。コステロ総領事も名前だけしか知らず、初めて目にしたらいきなり反逆を認めたものだから言葉がでない。
ブッフバルト少尉がマリー大尉に悲痛な視線を向けるが、目が関わるなと制止しているのがわかり、肩を落とす。
「申し訳……ありませんでした」
責任は取らねばなるまいと、踵を返して監禁場所である部屋に戻ろうとエーンに声をかける。だがエーンは見向きもせずに黙って立ったままだ。どうしたものかと皆の視線がロマノフスキーに集まった。
「何をしている」島が言う。
ロマノフスキーが説明しようとして振り返った、だが彼が口を開くより早く島が言葉を重ねる。
「何処に行くつもりだ、お前の居場所は俺の隣だろ」
マリー大尉がはっとして隣から離れ、将校の列にと移動する。
「しかし自分は大佐の命を」
「間違えるな、お前の判断イコール俺の判断だ。任務の都合上そうせざるを得なかったならば、俺の至らなさが原因だ」
困惑する彼にもう一言「それともまた俺と戦争するか?」何度やっても敗けないぞと微笑する。
「敗者は勝者に素直に従います。ロマノフスキー少佐、ただ今帰着いたしました!」
「ご苦労。少佐をブリゲダス・デ=クァトロ副司令官に再任する」
「拝命致します」
左右の将校らが一斉に敬礼した。軽くそれに応えながら、島の左側について皆と対面する。一方で右側はグロックが無表情で侍っている。
「皆さん、私はニカラグアに籍を置くもので、イーリヤ大佐です。現時点を以てして、キャトルエトワールはクァトロと呼称を改め、直接的な介入を一切を打ち切らせていただきます。以後公的な職務は全てコステロ総領事に委ねることにします」
「大佐殿ここから先は力より話し合いです、コステロにお任せを」
「ンダガグ族長、お借りしていた土地をお返し致します。ネパタは少し減りましたが、残りはお譲りします」
「土地と言うとこの街をですか?」
丘一帯には何もなかったのに、今や数万の住民を抱えている。
「議長として今後の交渉に役立てていただきたい」
「キシワ大佐、あなたを初め神の使いだと思いましたが、実は使いではくそのものだったとは……」
苦笑してただの人だと答えて司祭を見る。
「コルテス司祭、エマウスコンゴ支部をやってみませんか。要塞にある蓄えを寄付します、国連からの支援は継承して下さい」
「私には小さな教会があれば充分過ぎますので、辞退致します」
最初の約束にも布教のみとあったので、無理強いはしなかった。
「では致し方無い、エマウスインターナショナルに要員派遣を依頼しておきます」
本筋に戻すのも悪くはないと一人納得しておく。
「結論から行こう、キヴ州ブカヴが警察権程度の自治を獲る。ルワンダが難民認定をしてもくれる手筈だ、コンゴ政府を頷かせる案を出して欲しい」
それは誰に向けての言葉だったのか、ロマノフスキーが答える。
「ポニョ首相に働かせましょう。独立してルワンダに帰属しない代わりに、自治を認めろと」
「ルワンダ難民は引渡しを認めないと自治区に留め置けば、カガメ大統領は助かるな。首相を説得可能?」
重要な部分である、本来ならばそれを少佐に聞いてわかるわけもない。
「自分にならば可能です。カビラ大統領の承認を取り付けられるでしょうか?」
「ルワンダ解放軍が散って、反ルワンダ勢力が議会で失脚するはずだ。カガメ大統領に働き掛けて貰えばだな」
「可能でしょうか?」
「俺なら出来る。半人前同士、力を合わせてみようじゃないか、少佐」
「はい、ボス」
大統領やら首相を動かし得る人物が何故目の前にいて、その二人が殺しあったのに何故仲良く会話をしているのか、全く理解できない列席者であった。ともあれ賽はなげられた。主役が住民にと移り変わるのだけは疑いようもなく、一連の騒動で誰に責任を擦り付ければよいか、それぞれの組織で生き残りを賭けた争いが始まった。
世界にニュースが流れた、それも一部には怒りを一部には喜びを。
コンゴ民主共和国キヴ州は南北に分割され、南キヴ州は独立を宣言した。それがルワンダ解放軍や、その他の政治的団体ならば決して許されなかっただろう。ポニョ首相を通じて演じられた騒動は、カビラ大統領の自治までならば認める、との宣言で終息した。
住民による自決を、ルワンダのカガメ大統領が称賛する。だが追い落とされた誰かが往生際悪く、騒動はニカラグア人による陰謀だと叫んだ。なぜニカラグアが? 世界はその意味を理解し得なかった。
自治政府の首班ンダガグ議長は意外や意外、ニカラグアの介入を肯定した。
「我々は何十年と苦しみ抜いてきた、それを世界は見て見ぬふりをした。悪いこととは言わぬ、当たり前だと思っていた。ところがある男がやってきて皆は変わった。家族のために戦い、仲間を助け自らを信じた。彼はニカラグア人だと最後に教えてくれた、後は自分達の努力次第であるとも。何よりも驚いたのは、彼は個人の一私人として我々を導いてくれたことだ。そんな人物に出会え、共に在ったことを誇りに思いたい」
その会見が更なる波紋を呼んだのは、受けとる側の感覚の違いと言うしかなかった。干渉が国際条約に違反すると、一部の国が非難を始めたのだ。
当然ニカラグア政府にも抗議がもたらされ、緊急会見が開かれる。誰しもが事実は不明だと否定するものだと思っていた。
「ニカラグア首相パストラです。コンゴで我が国の人物が、政治的に干渉を行ったと騒がれているようですが、もしそれが本当ならば……喜ばしい! その人物は、世界にニカラグアの正義がどこを向いているかを示してくれた、もし世界がそれを罪だと言うならば、首相である儂が責任を引き受ける。誰でもよい、首を取りにきたら差し出そうではないか。その代わりに、貧困地域がどのようにしたら改善されるか、答えは示してもらわねばならない。出来ないならば……そんなことで一々文句を言われる筋合いはない!」
あまりにも挑発的、そして毅然とした態度は、非難した国々を黙らせた。中米の小国にこのような人物が居るならば、コンゴでの話も本当かも知れないと噂が流れる。
キャトルエトワールのキシワ大佐。多くの人物が知り得たのはそこまでであった。
一行のうち南スーダンからの兵士は、陸路を逆戻りしていった。武器は全て警備団に譲渡して、身一つでトラックに揺られて。
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