第237話
長射程を生かして、機械化部隊がルワンダ解放軍の足留めをしながら、背後に迫るハマダ少尉の部隊を待つ。秘かに退避させた者が本部に合流した。双方の囮が交わる寸前で機械化部隊がライトを消して脇にと走る。
残された歩兵はサイード軍曹に指揮され散発的な発砲を繰り返しながら、コンゴ軍とルワンダ解放軍が直接戦うまで粘ってから逃げ出した。
本格的な交戦が始まる。私語の禁止は常から厳格に決められていたが、あちこちから罵声が発せられている。その殆どがキャトルエトワールの潜入工作員が敵に交じるようにして出したものだ。混乱を脇目に、夜警に出ていた小部隊が縄張りに戻ったとして収容される。すぐに再出撃するぞと叫びながらもあらぬ方向へ進んだが、止めるものは居なかった。
要塞は静かであった。世の中は平和だと錯覚する位に物音が聞こえてない。大規模な作戦中だけに、今夜は全員が待機で過ごしている。声がかからないうちは上手いこと推移しているのだとわかっているのだろう、各自が思い思いに時間を過ごしている。
通信室も静かで短距離無線――三キロ程度の戦闘部隊間交信でことたりている戦況なのが窺える。レヴァンティン大尉が居るには居るが、責任者は下士官である。彼女はゲストとして扱われている、そのため自身の行動についてのみ責を負っていた。
島に押しきられる形でニカラグアからアメリカ、そしてアフリカにまでついてきているが、未だに何故そうしているかは本人もはっきりと答えることは出来ていない。もし無理にでも理由が必要だとしたら、彼女自身の経験の場を求めてと答えるだろうか。その実まわりに居なかったタイプの島が気になり、傍にいるのも否定はできない。無論本人は決して認めまいが。
詰まるところ何と無くと表すと身も蓋もないから言わないだけで、はっきりとした目的はない。
元はといえば成り行きでベッドを共にしたのが始まりで、エスコーラのプロフェソーラが必要になったのは後付けである。これが逆ならこのような状態にならなかったに違いない。
恋人未満との枠を二人に当て嵌めるとしたら、案外そのような関係に収まるかも知れない。年齢や立場が素直にさせないだけでなく、歩んできた道が見えない何かを存在させていた。
人生に回り道は必要だ。少なくとも彼女は、コロンビアで精強なマフィアに目をつけられると承知で身を引かない彼を、特別に思っていた。
「おい一等兵、二十七番の集音マイクを拾え」
何かに気付いたようで、特にその番号を指定して傾注させる。
「……足音でしょうか? たまたまマイクの傍を通ったようです」
「数を聞き取れ。二等兵、マイクの位置と警らのルートが重なっていないか調べるんだ」
レティシアはたまたま耳に入った音が何か気になり究明してゆく。直観と言えようか、普段ならば歯牙にもかけない些細なことが、妙に胸騒ぎを起こさせたのでその感覚に従った。
「パトロールの道には使われていません」
続けて一等兵が「十以上、二十以下」答えると目を細める。
「ネズミが入り込んだね。……おい、北西に十数人のグループが潜んでるようだよ、二十七番マイクのとこだ」
司令官室の通信をオンにして島に判断を求める。
「二十七番か、その位置はいつ頃設置?」
「ンクンダの奴等がきた後にだよ」
数秒間の無言の後に「そのままにしておいてくれ」考えがありそうな口調で返してくる。レティシアも「あいよ」とだけ言って、通信士には聞き耳を立てておくようにさせて、特に行動を起こさないようにした。
――どこかの偵察か何かなら騒がない方がいいが、工作員の類いなら入り込んでくるだろうね。そうなりゃ狙いは少ない、要人か要所か撹乱か。あいつのことはプレトリアスが居るから良いだろう、正門は少数では落ちない、武器庫あたりは要注意だね。教会や総領事館にイタズラされたら騒ぎにはなる。
警備のうち内城の巡回を増やすように命令が出された。
――すると残るは教会だね。敢えて狙わせるつもりだとしたらあいつの目的は何なんだ?
◆
でこぼこの荒れ地に伏せている一団が居た。双眼鏡で要塞の方角を観察している。
――落ち着いているな、だが主力が出払っているのは間違いない。凡その数と指揮官まで漏れ聞こえてくるとは、ポニョ首相もとんだくせ者だ。
戦闘服に身を包み、白い肌には黒の顔料を塗りつけた。FAMASを背負い変化が起こるのをじっと待つ。
イヤホンからは、無線で交信されている内容がごちゃ混ぜで流れてきている。ゾネット以下のキベガ戦士たちは、言い付けを守り声を出そうとはしない。他方でウビに付けられた残りの半数の兵士、こちらも音をたてないよう注意している。
――まだ完全に任せられずに監視つきってわけか。南北で異変の後に難民居住区で騒ぎが立て続けにあれば、黙ってはいられんはずだ。少しでも兵を派遣したら隙が生まれる、陽動とわかっていても対応しなければならないのが性悪だと、俺自身も思っちまうよ。
ゾネットが腕をつついて遠くを指差す。遥か彼方にぼやっと灯りがあるようなないような。陽動が始まったのだろう。
イヤホンから叫びが聞こえてはくるが理解ができない。
――雰囲気だけで充分過ぎるほどにわかるが、どうやって侵入したものか。
反対側からも光が見えると示唆されるが、そちらは全く判別不能である。月明かりは満月でも昼間の一億分の一程度しか光量がない。まして新月――星明かりで曇りになれば、更にその百分の一となる。それでも見えるならば、最早肉体構造からしてDNAレベルの差異があるとしか言えない。
難民居住区でも火の手が上がる。俄に恐怖が伝播してンクンダが襲撃してきた時の惨事が思い出される。警備は混乱し要塞に指導を求めて、すぐに助けを乞うようになる。
背後にキャトルエトワールが居るから堪えられるのであって、頼みの綱が無くなれば離散してしまうことすら考えられた。アフリカ人は指導者を欲する、それも揺るぎない強固な人物を。機関や合議の結果ではなく独裁者を。
種族としての本能が野性に近いと表せるほどに、ヒトとしての備わった何かを喪わずに有しているとも言えた。政治的な未熟さはヒトとしての強さとは全くの無関係である。
ロマノフスキーがじっと見ていると、正門が開いて小隊程の数が四つ出ていった。
――これ以上は手勢を割けまい、そこでもう一息だ。
本来ならばそのような真似をしたくはなかったが、目的のためと割りきり中佐に依頼していた。精度も威力も射程も今一つで、旧式どころか退役で廃棄になったものをロシアからコンゴに持ってきている。野戦歩兵砲と山砲が一門ずつあり、それを西側の灌木地帯に配備してあった。
歩兵砲とは軽量簡略で運搬移動が可能な大砲のことで、歩兵が運用可能な兵器の中では高い攻撃力を有しているが、砲兵との兼ね合いから性能は低い。一方で山砲は持ち運び出きるように簡単に分解して運べるよう作られている、無論曳いてもよい。砲身も短く射程も短い更に寿命も長くはない、それでも地域がら活躍の場があったため製造されていた。
撃つだけならば似たようなもので、直撃でもしなければ大した効果は出ないものだ。だがどうだろうか、闇夜に大砲の射撃音が響けば、いつ砲弾が降ってくるか不安に苛まれるのではないか。平気な者はいるだろうが、大半は身を竦めてその場から逃げ出したくなるだろう。
一団が動く。難民居住区に紛れ込み、逃げ惑う人たちを掻き分けて探す。すぐに見付けたと声が上がる。そこには病で動くに動けない者や、怪我で歩けない者達であった。
遠くに避難できずにその場に取り残されているのを抱き上げたり、担架で抱えたりしてやる。
「要塞に避難するぞ、手を貸すから一緒に行こう!」
「ありがとうございます。ありがとうございます兵隊様」
神を――それがキリストなのかアッラーなのかは知らないが――拝むかのように感謝の言葉を繰り返す。目的がどうあれ事実は事実と正門前で入城を要請する、それも多数の難民と共に。門衛が司令部に伺いをたてると、許可すると返事があった。
要塞で戦闘があるわけでもないので保護可能だと判断をしたようだ。避難民を入れる前に大砲を排除しに、更に小隊が一つ出掛けていく。
――さっきの声はアサドじゃないか? 要人の護衛が任務のやつが出るほど、下士官の数が厳しいわけだ。すると将校は殆ど居まい下士官も非戦闘要員くらいか、避難民が問題を起こすと誰が対応するかだな。
看護師がやってきて、あちこちにいる負傷者の手当てを始める。キャトルエトワールの特徴の一つで、手厚い看護はクァトロ時にオズワルトが提言して以来続いていた。手遅れで死亡することがないと聞かされれば希望も持てる。怪我人も病人も希望があると治りが良くなるとデータがあるが、何故かは医学的に解明されていない。されてはいないが事実そうなのだからそれを利用しない手はないと、可能な限り明るく振る舞うように指導をしていた。
一息ついたら水が欲しいだの何だのと要求が始まる、子供にミルクがとか用便云々と様々である。混乱の最中グループ毎の代表が集まって司令官にお願いに行くとの話が出たときに、内城の手前で面会すると返答があったのを聞かされる。
――チャンスだ! 担当可能な将校が居なくなったに違いない。エーン少尉も攻撃に出ていると聞こえてきている、残るは咄嗟に対応出来るかわからん面子しかいないぞ。
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