第178話

 領事館すらも朽ち果てる一方だと肩をすくめる。年次から言えば公使や総領事になっていて何ら問題がない、それをさせじと何らかの力が働いているのは明らかである。


「ニカラグア人がいるわけじゃないだろうけど、その辺りに大使館は?」


「ケニアで兼轄だよ。紛争地域には領事館すらない」


「何故?」


 何となく理由はわかってはいたが、この領事の考えを知りたくて敢えて質問してみる。


「領事館目指して難民が殺到したら困るだろう」


「困るとは政治的に?」


 民族紛争では人種が攻撃対象にもなるため、あまり簡単に受け入れるのも揉め事が大きくなって確かに困る。


「いやニカラグアがそんなものでは困らんさ。難民管理の金だよ、食費やら居住費、医療費などを難民国籍の政府に請求しても支払はしないだろ」


「もし領事のところに山程紛争難民が駆け込んできたら追い返したり?」

 ――それもそうだろうな、かといって受け入れたのに放置にはなるまい。困りものだな。


「するもんか! いやすまん。行き場がなくて逃げてくる奴等を見捨てはしない、何とか生活の場を探してやるさ。それがダメならニカラグアを紹介してやるよ」


 亡命を認めて政府が船をタンザニアから出してやれば、何千人単位で連れ出すと意気込む。


「脱線してしまって悪い。領事の名前は?」

 ――拠点に領事館を併設したらどうなるだろう? 希望者に亡命難民査証を与える事務処理を担当させて、だ。アグレマンはキンシャサの領事あたりで取り付けてから、分室の形で地方に転任させれば暫くは気付かれまい。いずれにせよ成功してから本国訓令としてやらせるべきだな。


「コステロだ。部族情報は無理だが、キゴマに行けばそれ専門で情報を扱うやつがいる。まあ無料じゃないがな、バギャンブって名前で堂々と商売してるよ」


「ありがとうコステロ領事。次はタンザニア以外で再会したい」


 そうだな、と同意して領事は階段を登っていった。


 ――さてキゴマといえばタンガニーカ湖の隣だ、陸ではちと厳しいぞ。


 空の旅をすべくレティシアと合流だな、と呟いてホテル・タンガニーカへと向かった。元はタンガニーカ共和国だったが、ザンジバル共和国と連邦になり、タンザニア連邦共和国に名前が変わった。

 旧来の名前が使われた頃からの老舗ホテルなのだが、ダルエルサラームへ流出が大きく現在は空き目立つ。


 ディナータイムをホテルで過ごす。ここでも自衛の為にとバラバラに食事をとるが、島はレティシアと二人でテーブルについた。


「快適な空の旅は見込めそうかい」


「ジャンボジェットを要望するんじゃなけりゃね」


 各社のリーフレットを並べてこんなものだと明かす。



「なあレティア、明日ちょっと飛んでみないか、一緒に湖を見に行こう」

 ――ウガンダ資本はダメだな。ドイツ資本と南アフリカ共和国か、使うならどちらかだ。他に個人会社が幾つかあるな。定期の輸送は大手に任せるとして、急病や重傷で小回りが利くだろう個人のを雇わねば。


「あんたのことだからあたしはついでなんだろ」


 ずばりそう言われてしまい苦笑する。だが女性に接する師匠――ロマノフスキーからきつく言われていた内容を思い出す。


「そんなことないさ、君と一緒に楽しみたいだけだよ」


 何やらぐちぐちと文句を言っていたようだが、師匠に言わせてみれば、無口な男は思慮しているが、女が無口だと腹のそこでお怒りだとのこと。つまり何かを喋っている時は怒りを口にしていても、さほど感情的にはなっていないそうな。


「ところでこのタンガニーカフライトだが、一機Ju52となってる。俺の記憶が正しければこいつは第二次大戦で活躍した代物だぞ」


 他に詳しくかかれていないが、ドドマにある個人会社のようだ。


「さあ知らないね、記載間違いだろ。あれから半世紀過ぎてる、流石にそりゃない」


 とうの彼女がそう言うが、何かを見て補記したのだから困った言いようである。


「何かしらの機体があるから営業してるんだ、明日行ってみよう。他の会社はダルエルサラームに本社があるところばかりだからな」


 支社でも契約は交わせるだろうが、わざわざドドマにあるのが気になってしまった。


 ――キゴマまで行ければ何でもいいさ、ダメならどこかの定期便を使えば済む。


 昼間に飲んだバナナビールをオーダーして彼女に与えてみる、少し眉をひそめてから飲み干したが、どうやら辛口が好みのようで二回目は無かった。


 部屋に戻る前にグロックから、「万事良しです」とだけ告げられると、「結構だ」と一言返した。会社組織ではこうはいかんとわかってはいても、社会デビューが軍隊であった島は今更スタイルを変えるつもりはなかった。


 一行は郊外なこともあり、二台に分乗してタンガニーカフライトへと向かった。小さな小屋と飛行機を納めるガレージがあり、看板には社名が掲げられていた。見たところ廃墟とは程遠く、手入れがされている。


 チップを渡して少し待機しているように頼み、メーターを倒しっぱなしで小屋に近付く。島とグロック、レティシアと護衛が一人の組み合わせだ。


「ハロー」


 営業してるかい、と英語で呼び掛けながら中へ入る。小屋は事務所になっていて、若い女性と壮年の男性が居た。観光客だろうと男性が席を立って挨拶してくる。


「ようこそタンガニーカフライトへ。代表のシュトラウスですミスター」


「イーリヤです。ミスターシュトラウス、こちらで空の旅を頼みたいが受け付けていますか?」


 ドイツ系の姓を名乗った男は、勿論と頷いた。


「ガレージへどうぞ」


 そう勧めるとすぐ隣にある倉庫へと案内する。あれこれ説明をするよりは実物を見て判断を、とのことだろう。手動で扉をスライドさせると、大きな鋼鉄の塊が姿を現した。


「Ju52です。いつでも離陸可能ですよ」


「タンテ・ユー」


 グロックが感嘆の声をあげる。ドイツ語でおばさんの意味で、この機体の愛称である。


「よくご存知で、軍からの払い下げですよ」


 愛機を知っている客が居たので嬉しそうに説明する。武装は外して座席を追加で取り付けた観光用に改造してあるらしい。


「グロック、こいつはどうなんだ?」


「大戦では優秀作として活躍した名機です。世界に現存、稼働しているのは十機を上回ることはありますまい。十トン程の積載量で行動半径は四百キロ程でしょうか」


 知識を披露すると唸りをあげて状態を観察し始める。


「そんな詳しく、嬉しいですな。実は私はルフトヴァッフェで中尉でしたが、父の跡を継ぐためにこちらに戻りました」


「オーバールテナン」


 島がドイツ語を口にする。世界にではルテナンが中尉だが、ドイツではルテナンだと少尉を表す。間違えると大変な目にあうとの笑い話をレジオンで耳にした。


「何とドイツ語を理解なさる! 今日はこいつにとっても目出度い日だ」


「こんな昔の物でもしっかり飛ぶんだから、ドイツ人も真面目だが機械も真面目なもんだね」


 レティシアもグロックも、護衛すらもドイツ語を話すものだからシュトラウスが驚く。


「皆さん何故ドイツ語を?」


 何故と言われてもグロック以外はどうしてそうなったやら。


「必要に迫られて、か? キゴマにまでフライトして欲しいんだが、どうだろう」


「喜んでお引き受けいたします、ヘル・イーリヤ」

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