第179話

 久々のドイツ語だというのが余程嬉しいのか、終止顔が緩んでいる。


「グロック、皆を連れてこい、タクシーも返して良い」


「ヤー」


 年下の男が自身と同い年位の者を雑用に使うのを見て、シュトラウスが持った推測は二つに絞られた。すぐに屈強な男達が現れてきっちりと整列して言葉を待つのを見て答えが出た。


「ヘル・イーリヤは軍人ですね」


 ――こいつを見てそう思わないやつは果たしてどれだけいるやら。ドイツ軍人だった奴を信用せずに誰を信用するかってわけだな。


 島はグロックに視線を送り、次いでプレトリアスを見て適当な言葉がなく認める。


「その通り。彼はグロック先任上級特務曹長、彼女はレヴァンティン大尉だ」


 女が大尉と紹介されて反射的に敬礼する。


「して俺が不肖の身で大佐を拝命している、世の不思議だね」


「ヘア・オーベルスト!」


 まさかのまさか、大佐殿と踵を鳴らして敬礼する。島もフランス風に答礼した。


「これは作戦の一環だ、顧客情報は内密に頼むよ」


「墓場まで持っていきます。十二名ならばゆったりと搭乗が可能です」


 広さがあれば充分だが、貨物のように窓も椅子もない場所に押し込まれるのは遠慮したいものだ。元々が十七座席のようだが、増設されて四十人までに定員が引き上げられている。


「往復だ。向こう次第で一泊の可能性もあるが、料金は経費も含めて全て俺が払う、出来るか中尉」


「ヤーボール。副操縦士を呼び出します、給油と含めて六十分いただけますか」


「よかろう、それで準備をしてくれ」


 愛機の晴れ舞台が巡ってきたとばかりに張り切る。軍用機の末路が観光では悲しい、それならば撃墜の方がマシだと言うのが飛行機乗りの気持ちなんだろうか、中尉の姿を見て島はそう感じてしまった。


 三つのプロペラが勢いよく回り始めると、体が椅子に押し付けられた。加速を始めてからたったの数秒で浮揚感が訪れる。ジェット機のような区切りがある動きではなく、緩やかな連続した振動が伝わってきた。やがてゆっくりと高度を上げてドドマを眼下にと収めた。


「九十分程でキゴマです」


 ヘッドフォンから中尉の声が聞こえてきた。


「こいつが十トンも載せて空を飛ぶのか、凄いな」


 今まで輸送機など殆んど使ったことがないため、純粋に驚きの声をあげる。


「武装を外してますのでもう少し積めます。逆に空荷ならカタロクデータより百キロは遠くまで飛ばせます」


「中尉の操縦なら可能なんだろうな。滑走路はどうだ?」


 まともなものがあれば元より苦労しない、地方空港でも乗り入れ可能なのは話でわかったが。


「観光としてでしょうか? それならば三百メートルあれば」


 ジェットの旅客機あたりの十分の一の数字に満足を示す。


「うむ、戦闘地域から傷病者を離脱させるための緊急離着陸ならばどうか」


 真剣な面持ちでシュトラウスに視線を送る。それに答えるならば次の言葉を諾とするのに繋がると、言外に含めているのは疑いようもない。


「完全整地の滑走路ならば百三十メートルをお約束出来ます」


「――うむ!」


 民間ならば四百メートルあたりが最短らしい。少なくともコンクリートによる平坦さを保てば離着陸可能と胸を張る。



「シュトラウス中尉、キゴマで君を食事に招きたいが来てくれるかね」

 ――これが軍用機体の実力というやつか! 中尉ならば対空砲火があっても逃げずに突入してくれるに違いないぞ!


「ヤー。喜んで」


 笑顔を返すと後は操縦に集中する。島も座席で腕を組んで目を閉じた。


 ――一般補給はキゴマからの船便で川を遡上させる。この際には近隣の有力者に通行料と称して贈り物をしよう、それが手にはいるなら妨害もせんだろう。逆に収入が無くなっては困ると、どこかの邪魔者の警告を貰えたりはないか? 初めにその旨を示して報奨をちらつかせておくのも必要かも知れんな。賊も撃沈ではなく奪取を狙ってくれたらやりようはある、だが船一本は危険だな。


 街の南側に作られた空港脇には、ウジジまで十キロと書かれていた。


「それはイギリスの探検家がいた集落ですよ。当時に流行した、リィヴィングストン氏ですね、の発祥の地です」


 シュトラウスは観光業務の本領を発揮して、つくや否や話題を振ってきた。大航海時代、それと同じかもう少し前の話だ。アフリカの部族に興味を持った氏は現地に消えて連絡が途絶えた。捜索隊が出されて、黒人らの中に一人だけシルクハットを被った白人を見付けたのでそう言ったらしい。


「俺もどこかで遭難保護されていたらイーリヤ氏ですね、と言われるもんかね」


「如何でしょうね、現代では隠れていようとも見付かりますから」


 中尉はビン=ラディンの最期について軽く触れてきた。結局あれも死体が公開はされないが、かたや隠れているわけだから大っぴらにも出来ない。どこまでが真実かは闇の奥底と言えよう。


「先任上級特務曹長、船会社をあたり補給を確保するんだ」


「ダコール」


 津があるあたりを目指し二人で向かっていった。津とは河の渡し場で、街の名前に残るものが多い。領事に聞かされていた通りに、バギャンブと看板を掲げた店があった。カフェとなっていたが本業がそれではないのがすぐにわかる。


 中に入ると不機嫌そうな黒人が一人だけカウンターの先に立っていた。ろくに挨拶もせずに客を睨み付けるのだから困った奴である。


「ミスターバギャンブは居るかな」


 英語で話し掛けるも沈黙を保ったままである。


 ――わからんわけがない、だが少し付き合ってやるしかないな。


 カウンターに座るもメニューなどあるわけもなく、「ビア」とだけ発する。これに関しては世界共通語になっているのか陶器に注がれたものを差し出される。


「コステロ氏の紹介だ」


 古風と言えば古風な取り決めである。まるで探偵小説に出てくるかのような。


「……何を聞きたい」


 ――間違いなく役に酔ってみたくてやってるなこれは。


 ならばこちらもと芝居がかった感じでと答える。


「有力者情報を――ここ一帯から中央アフリカ手前までの。戦争に参加しようと思ってね」


 情報には情報を、と誘いをかけてみる。


「反政府武装勢力?」


「有力部族情報を優先したい。もっとも話の内容次第では追加注文の形でそちらも聞くが――」


 鍔迫り合いを行う。ただ情報を売買するだけではつまらないのだろう、持ち掛けると次第に表情がかわり、声のトーンが上がってきた。得体の知れない男ではあるが憎めない性格である。


「東流域はツチの部族が支配している、西流域はフツが。フツに二つ靡きそうな部族がいる。この先は有料だ」


 ――幾らくらいが相場なもんかね、まあ何かしらの理由をつければ金額なんて気にしないんだろうが。


 百ドル札を二枚重ねてビールジョッキの下敷きにしてお代わりを求める。


「ギヴ湖南西、ンダガグ族はルワンダ虐殺から避難してきた部族で、男手が少なく生活も困窮している。タンガニーカ湖北西のキベガ族は勇敢だ、より強い者がいたら従うだろう」


「ギヴ湖とルジジ川の付近の情勢を」

 ――ンダガグ族は拠点に使えるかも知れんな、保護を与える代わりに融通させれば。キベガは簡単だな、つまりは征服しろってわけだ。俺は知っているぞ、白兵戦をさせたら無敵の男を!


 南北にある都市部、ゴマとブカヴのうち南部にある側を尋ねる。


「ブカヴには周辺合わせて凡そ五十万の住民が居る。そこにはルワンダ開放民主戦線、人民防衛国民会議ブカヴ派、ブカヴマイマイ、コンゴ軍ブカヴ駐屯連隊、その他の部族勢力が多数存在している」


「ゴマ側は?」

 ――込み入り過ぎだろうよ。


「ゴマ周辺には3月23日運動、人民防衛国民会議ゴマ派、コンゴ軍ゴマ駐屯連隊、ゴママイマイ、国連第2旅団、それにンタガンダ大将の私兵がギセニに、ンクンダ司令の分遣隊がルマンガボ基地に居る」


 ――流石紛争地帯だ! こいつは極めて複雑な空模様だな。


 概ね人口規模などは変わらないと言う。


「では情勢交換といこうか。これらに新たな勢力がこれから加わる。名称はキャトルエトワールだ」


「フランス勢力?」


 数字は数えられるようでピンポイントで確認してくる。


「いや違う。フランスに迷惑がかかるが、地域的にその響きを使うだけだ。外国人の集まりなのは否定しない」


 先駆けた情報について知りたくなったのか質問を続ける。


「地下資源の強奪が目的?」

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