第177話
コマーシャルの為に番組に予算を投下するわけだから、至極まともな要求である。敢えて企業名とは言わなかったが、ンデベはそれを追及しなかった。
「はい、どのようなスポンサー名でしょうか。発声やイントネーションまで詳しくご指示を頂けると幸いです」
細やかな部分にまで確認を求めてくる。島にしてもこれが間違われては大変なので、メモと録音を使い繰返しチェックした。
「キャトルエトワール、それだけでいい。地元訛りのフランス語で頼むよ」
どこかの言語に似たような単語があって聞き違い……となれば面白くない。
「畏まりました。それでは契約書をご用意いたしますので、その間に昼食でもいかがでしょうか」
「良い店をご紹介していただきたい、ミスター」
「喜んで、タンザニアの恵みをご堪能あれ」
メモを渡され、丁寧に予約まで入れて貰えたためにタクシーで向かう。五十人位は入るだろうレストランは半分位のテーブルが埋まっていた。ギャルソンがスワヒリ語で注文を取りに来る。
――やはりスワヒリは苦手だな、聞き取りづらくてかなわん。
目でプレトリアスに任せたと合図すると、メニューからあれこれと人数分同じものをオーダーした。
「言葉が解らないのがこんなに苦労するのを久し振りに体験したよ」
「戦闘時に命令が理解できないと恐怖でしょう」
命令だけでなく危ないなどの忠告すらも雑音でしかなくなる。
――語学の時間は絶対に必要になるな。教材のセットも用意して、耳だけでなく目でも理解の幅を拡げられるようにせねばならんな。俺もスワヒリに再挑戦するか?
うーんと唸っているとやがて香ばしい何かが皿に載って現れる。
「山羊のピラフとナイルパーチのサモサ、ムベガです」
タンザニア料理が並んだ。意外や意外、コーヒーはなくて紅茶が添えられている。
「ムベガってのは地ビールなわけだ」
少し甘い匂いがあるような気がした。
「バナナビールのようです。それとタンザニアではあまりコーヒーは飲まれないそうです」
そうかと答えながらグラスを傾ける。今までに飲んだことがない喉ごしであった。山羊肉は少し臭いが悪くない、ナイルパーチはというとスズキと差がないような味がした。補給品の中にムベガを混ぜておこうと心に留める。
「色んなものがあるわけだ。そういえば、プレトリアからは何人位連れてきたんだ?」
まだ現地を見てもおらず、人数報告まで受けていなかったのを思い出す。
「我が三族の者、四十名を呼び寄せました」
ムベガを吹きそうになってしまう。プレトリアスに似た顔をずらっと並べたのを想像してしまったのだ。
――四十も居たらそれだけで派閥が出来ちまうぞ!
三族とは表現の問題であり、エーンからみた父の兄弟の一族なのだが、今回は祖父の兄弟の一族といったところだろう。彼から見たら九族と呼べるだろうか。日本ならば再従兄弟(はとこ)と表せるかも知れない。
「危険は承知?」
「祖父から充分な代価は贈られました。全員戦死をしても文句は出ません」
残された家族が成人するまでの生活費の補償がなされていると。大真面目な顔でそんなことを告げる。
「無様に死なせるつもりは無い。全員無事に送り返すまでが任務だよ少尉」
――なるほど彼女らが俺を拝んでいた理由がわかった気がする。部族による子供は共同体の共通の財産だ、それが大人になるのを保証してくるならば、男共は後顧の憂いがないわけか。
「ヤ」
統制の為にエーン少尉はますます失えないなと、紅茶を口にして胸中で呟いた。局に戻り目の前で代金を電子決済で振り込むとンデベも一安心する。
「何かご用件があれば、以後も私をご指名下さい」
「ああ宜しく頼むよ。いずれ現地で取材をしてもらいたい、特派員の準備をお願いする」
現地がどこで何の取材は明かさずに依頼だけしてみる。何度かコンゴと出しているので察してお任せくださいと返答してきた。
「ですが取材は公正に行わせていただきます」
「こちらから頼みたい位だよそれは。ではた再会出来るのを心待にしていますミスターンデベ」
笑顔で握手をして放送局を出る。
――様々な建築資材が必要になるな。木材は多少は現地でてに入る。セメントはブルンジの特産品だ、心配は要らないな。燃料は微妙か、産油国のクセに精製が出来ないものだから入手が難しい。
タンザニアからタンガニーカ湖を使って北上させるか。補給のメインをこれにすべきだろうな。部族を味方につけるために有効な手段を調べておこう。大使館に寄って情報面でサポートを受けよう。
タクシーを呼び止めて、次は市内中心部へと向かった。
「ニカラグア大使館? さあドドマには無いねぇ、領事館でいいかな」
「ああ頼むよ」
ダルエルサラーム市にそれらの首都機能が固まっているのをすっかり忘れていた。だが必要なので領事館を置いているらしく、そちらに向かうことにする。領事館は手入れが行き届いていないのか、あちらこちらにひび割れが見えて、半ば廃屋かと思える程に残念な外観になっていた。
中に入ると現地人スタッフがスペイン語で迎えてくれる。ニカラグア領事館に来る人物はニカラグアに用事があるわけだから、まずはスペイン語とのことである。
「領事は居るかな?」
「どのようなご用件でしょうか」
見ず知らずの外国人をすぐに取り次ぐような真似はせず、丁寧に対応する事務員を選んだのか育てたのか。
「タンザニアやコンゴのギヴ州周辺の部族についての情報が欲しいんだが」
「失礼ですが旅券を提示していただけますか」
どうぞとニカラグア旅券を渡す。すると意外な顔をされた。
「領事以外のニカラグア人を初めて見ました。随分と見た目が違うのですね」
――確かにこんな場所にまで来るやつは一人とて居ないだろうな。よくぞ領事館を置いたものだ。
とはいえ名目ではあっても国交がある国の首都である、何も無しとはいかないだろう。
「俺は少数派だがね」
お待ちくださいと内線で領事へと電話を掛ける。余程暇だったのかすぐに二階から領事らしき男が降りてきた。
「イリャさんですか?」
スペルがそう読めなくもない、英語ならばそう読むこともあるだろうか。暇なわりには面倒くさそうな態度である。
「ええまあそうです。ギヴ州あたりの部族情報が欲しくて立よったんだが」
領事は参事官に相当する、その為やや上からの言葉を選んで話し掛けてみた。参事も初任ならば課長クラスなので大尉にあたるが、どう見ても歴年なので少佐相当とみるべきだろう。
「え、お宅危ないから行くつもりなら止めなさい。それに渡航情報なら渡せるけど、外事情報は教えられんよ」
言っていることは正しい、それでも態度がだらしなく好感は持てなかった。
「では渡航情報を、コンゴ、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダについて」
――大人にならにゃいかんぞ、彼は立派に職務を果たしているじゃないか。
何はともあれ現地の声を知っておこうと相手に喋らせる。
「コンゴはキンシャサから離れるほどに危険地域だ。ルワンダは紛争のため入国に警告が出ている。ブルンジもルワンダ国境付近は危険だな。ウガンダは政治的に突如危険がくる可能性があるが、一般ならば滅多なことがない限りは問題ない。まあどれもこれもお勧めはしないよ」
「参考にしよう。領事はここが長い?」
――中身はまともな人物のようだな、こんな最果てに飛ばされて不貞腐れたか?
「かれこれ十年はいるよ、本国では私のことなど存在すら知らんだろうがね」
大使ならまだしも領事では無理もない。それにしたって十年は長すぎるだろう。
「転任の希望申請は?」
「反オルテガを示したらこの様さ。かといって革命が起きても変わりはなしだよ」
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