第176話

 いつものように曹長を単独行動させる。場所柄プレトリアス・トゥヴェー軍曹をつけ、言語の面で補佐させる。何をどうすれば任務が達成できるか、現時点での未来は島もわからなかった。だが自分が今何をすべきかは頭に浮かんできた。


 部員を解散させると、広い司令部に数人が残った。相変わらずプレトリアスは出入り口近くに身を置いて、必ず島を視界に収めている。少佐と大尉ら、それに先任上級特務曹長は座れと言われて腰を下ろした。


「医師長、こんなことに巻き込んですまんね」


 部外者である彼は、元国境無き医師団や、国連主管の難民医療に携わっていた。だが国際的な規約やら何やらで、全く機能をしていない組織に見切りをつけて、パレスチナを中心とした中東で個人的な活動をしていた。


 そんな活動を知っていたレバノン政府が、此度の島が主導する作戦にと推薦してきた。五十に手が届きそうな彼は、こんな性格が幸いしてか独身である。


 医療を施したくても自由になる金がなく、風変わりな男を抱える病院も無かった。両者の目的が一致したため、フィンランド人の彼は島と握手と相成る。


「先ほどの話を聞いても国連あたりとは天と地の差ですよ大佐。医師のとりまとめは任せて下さい、医療には金が掛かりますがね」


 さっそく懸念している部分を牽制してきた。作戦に必要な医師らを繋ぎ止める為にも、大尉の言葉には常に耳を傾けるつもりである。


「医療品ですが、初回の分は手配済みです。次の補充に入れたい物を申請していただければ、何かしらのルートを通じて取り寄せましょう」


 学位であるドクターに敬意を払うため、互いに敬語を使う。


「現地医療は数です、それに一握りの奇蹟があれば成功でしょう。どうにも助からない者は最初から薬を使いません。それで宜しいか?」


 これまた医療に関するトリアージと言えようか。無駄にする医薬品があれば、助かる見込みがある者に回す。非人道的な所業ゆえに、国連では全力を尽くすべしと規定されていたそうだ。結果、薬が足らなくなり往生するという。


「結構です。医療分野についてはドクターに決断を一任します」


 裏もなく堂々と正面切って断言すると、大尉は満足そうな笑みを浮かべて請け負った。もう一人の大尉に目を向ける。


「レヴァンティン大尉、俺が気付かない部分での助言を頼む」


「今更文句を言う気にもなれないね。まあいいさ、何かしらの見返りはあるんだろうね」


 彼女がいる限りエンカルナシオンは財源であり続けてくれる、その見通しもあり破格の見返りを約束する。


「ダイアモンド鉱山から出てきた一番大きなやつをプレゼントするよ」


「はっ、ダイアモンドどころか現地を見てすら居ないのによく言うよ。出なかったじゃ承知しないよ」


 腕組をして眉をひそめるが、それは承諾した意味だなと詰め寄ると、好きに解釈しなと突き放される。何故か微笑ましいと感じた者が中に混ざっていた。


「先任上級特務曹長、ああは言ったが将校になるならすぐにでも任官させるぞ」


「お心だけありがたく戴きます。旅団付ですら過分な待遇でございます」


「今まで攻勢の作戦はしてきたが、守勢で推移する作戦は無かった。忌憚無い意見を期待する」

 ――ふむ、考えてみる位は言えんもんかね。


 思えば何かを攻めることばかりしてきた、民の保護など上手くいくのか見当がつかない。


「何も守りばかりが守勢維持に繋がるわけでは御座いません。攻められない為の工作をするのも有効でしょう」


 詳しくは語らない、あとは自分で考えろとのスタイルは、島が軍に足を踏み入れてから全く変わらない。


 ――攻められない為、か。強固な要塞ならばわかるが、他に攻めづらいのはなんだろうか? 物理的に攻めづらいのと、心理的に攻めづらい、はたまた経済的やら社会的やらがあるか。攻めても落ちないと心理的にやりたくなくなるな、攻略や交戦に必要な装備を揃えるなどの経済負担もだ。聖地であったり休戦区域ならば社会秩序を鑑みて攻めづらかろう。


 考えどころを指摘されてみると、案外色々と浮かんできた。まずは防御拠点から始めようと心を決める。


「ロマノフスキー少佐、ま、上手いこと頼むよ」


「お任せあれ、我等が大佐殿」


 少佐とはそれだけで終えた。装備品の到着と支払いを済ませた島は、ロマノフスキーらに事後を託して、ジュバ空港から南へ千キロ、タンザニアの首都ドドマへと飛んだ。


 東アフリカの拠点であるこの国は、イギリス植民地である過去を持っている。海上すぐそばにはザンジバル共和国が存在していて、タンザニアの連邦に組み込まれていた。


「レティア、ブルンジやルワンダ、コンゴへ乗り入れしている航空会社をあたって、チャーター便の有無を調べてくれ」


「わかったよ。他は何かあるかい」


「最重要はそれだ、他はそれがわかってからにするよ」


 さほど治安が悪くはないが、少尉が部下を二人護衛に派遣する。言語面の補佐や連絡要員にもなるので彼女も受け入れた。グロックとヌル、プレトリアスに部下があと三人、エスコーラを含めて十二人がタンザニア入りしていた。レティシアが調べに向かうのを見送り、島は何から手をつけるか整理する。


「グロック、ブルンジかルワンダに食糧品の類いを輸出している企業を捜し、部隊の兵站を担えるか調べろ。両国だけでは質が極めて低いだろう」


「ダコール」


 先任上級特務曹長はヌルを引き連れ雑踏に消えていった。


 ――さて食い物や医薬品の輸送は何とかなるだろう。問題は現地の支援状況だ。

 純粋な武力は自力でどうにかするとして、折衝役を見付けておくにこしたことは無かろう。


 街角の店舗で新聞を一部購入する。広告欄から放送局の名前を探した。


 ――ラジオミドルアフリカか、こいつなら営業範囲内なわけだ。


 支局の住所を調べてドドマ市内にあるのを確認すると、タクシーでそこへ直接向かう。イギリスBBCの後押しを受けて設立したラジオミドルアフリカ。元はイギリスの植民地で放送されていたが、タンザニアが独立してからは隣国も範囲にと拡大していった。


 テレビはまだまだ普及しておらず、主力がラジオなのは現代も変わらない。都市部ではそうも言えないが、郡部では断言できる。


 ――まてよラジオを配付してやっても良いな。俺達の放送局を開設なんてどうだ?


 ふとしたことからそう思い付く。支局に足を運びロビーを暫く観察した。どのような内容の放送をしているのか、大まかにボードにと区分けされている。圧倒的に多いのは音楽番組である。


「何かお探しでしょうか?」


 にこやかに話しかけてきた男がいる。胸に局員のプレートを提げていた。


「どんなことをやっているかと思ってね。コンゴも範囲内?」


「はい。通常番組だけでなく、特別番組も放送をしております」


 災害時や紛争による情報提供から、極めて個人的な発信まで様々と説明する。お望みならば詳しい案内をしますよと奥へと招いてくれた。


 ――アフリカはやはり宗主国の違いが発展の方向の違いだな。


 小さな会議室にと席を用意される。プレトリアス以下の護衛は座ろうとせずに周囲を警戒していた。局員はそれを見て何者だろうと不思議がる。


「どのような特別番組をご希望でしょうか?」


 リスナーの類いではないのがはっきりしているため、早速内容へと入る。


「主義主張の類いを発信して欲しくてね。まあ今すぐじゃないが」


「宣伝広告ならばお任せください」


 商業的な利用客だと解釈したようで、適用範囲や放送時間でかかる費用の見積を用意しますと席をはずす。待っている間にどうぞと琥珀色の飲み物を勧めてきた。


 口に含むとやや酸味がある豆、キリマンジャロはここタンザニアの北東部にある。その麓はマサイ族で有名なマサイ草原が広がっている。


 ――中米に東南アジア、モカ、そしてキリマンジャロか、何か縁を感じちまうな。


 コーヒーをホットで飲まない国は極めて稀である。しかもそれが缶に入っているなど信じられない者が多かろう、抽出してすぐが旨いのに何故、と。


 程なくして局員が冊子を手にして戻ってくる。どうぞと渡された中身は英語とスワヒリ語が共にアルファベットで並べられていた。時にはアラビア文字でスワヒリを、との使い方もあるようだ。


「日時の指定と臨時を併用は可能だろうね」


「勿論ですミスター――」

「アイランド」


 名乗っていなかったため、呼吸をあわせてそう自己紹介する。


「我々は契約を重んじますので」


「イギリスのガーディアン紙は――昨今素晴らしい報道姿勢を見せた。こちらも政治的な圧力に潰されたりはしない?」


 まさに社の根幹をなす最大の質問である。これに即答出来ないような報道関係者は、政府発表のぶら下がりにでもなればよい。


「タンザニアの大地に誓って、我々は事実を報道します」


 ちらっとプレートを見て名前を確認する。


「ミスターンデベ、私は貴方と貴方が所属する組織を信用します。毎日四時間の枠で通常番組とし、フランス語放送でルワンダ、ブルンジ、ウガンダ南西、コンゴギヴ州を範囲に音楽番組を発信したい」


 地図を広げてコンパスで大体の受信可能なエリアを視覚的に説明する。


「ルワンダとウガンダは万が一キー局が破壊されたらこの範囲のみになります。ブルンジに関しましては、タンザニアからの圏内なので問題はありません」


 ウガンダ南西とコンゴ北東がエリアから外れる可能性があるのを予め説明される。


「不可抗力には目を瞑りましょう。内容編成はお任せしますが、提供者として我々の組織名を随所に挟んで頂きます」

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