第165話
「これは企業側の報告です。今後は年間二百八十億グアラニが株主に還元される予定です。来年度よりイブン・サウード殿下に三億七千五百万リヤル、レバノン政府に三十億二千万レバノンポンドを返済し、それに投資謝礼の上乗せをする必要があります。大佐が貸し付けた五千六百万アメリカドルは来年度より五年間に分割して返済が実行される見通しになっています。うち、毎年九千万コルドバがニカラグアへの租税に充てられます」
――全く意味がわからん。単位を統一してくれ。
言葉が出てこない島に向かい笑いながら書類にまとめてありますと差し出してくる。まあそりゃそうだろうと小さく何度か頷いて流して見る。
――桁が多すぎて理解しづらいのは書類にしても変わらないんだな。
にやにやしながら少しして少佐がもう一枚、参考資料を提出してくれた。
「まあ日本円にしたほうが大佐は解りやすいと考えて、変換統一しました。ですが実際の支払は記載の通貨になりますのでご注意を」
「そ、そうか。わかる努力をしてみるよ」
参考資料を手にしてよく眺めてみる。
――俺が借り受けた投資額が六十億で、企業株に十四億、融資に残りか。毎年十二億ずつ返済して行くのが義務ってわけだ。して収入は?
ずっと下の方に並んでいる数字のうち、初年度のみ極端に低い値があるが、翌年度からは凡そ三十七億になっていた。
「ん? ……これはつまり三年後には赤字がなくなりそっくり黒字が生まれる?」
そんな簡単な話ではないだろうが、作成した本人に確認する。
「もし予測範囲内で操業が続けばの話ですがそうなります。六十年分は資源がある見込みにはなっていますが、市場がそれを許すかは未定です」
――長いのか短いのか、三年後までは借金王で四年後には富豪の仲間入りってわけか。こいつはおちおち死んでられんな!
「マーティン社長が三倍の金額で株を引き受けても良いと打診がありましたが……」
リスクを減らすならばそれもありだろう。しかしこの先暫く事なきを得るならば、それは安い買い物と言える。
「ゆっくり考えることにするよ。オズワルトはこのまま駐パラグアイ武官になるんだろうな」
――リスクを減らすために尽力するところに売るべきだろうな。イブン殿下に投資の相殺に持ちかけるのも手だろう。
それはつまり中佐に昇進を意味している。何のことはない、島がその申請をしているのだ。
「どうなるかはわかりませんが、暫くこの地に住むことになりそうです」
「リリアンはどうする」
何年もほったらかしとは想定外だろうと便宜をはかることも出来ると判断を委ねる。
「丁度良いので子離れしてみますよ。あれももう大人ですから」
「わかった。帰国はまだ数日先になるだろうが諸事任せた少佐」
――過保護なことは自覚していたんだな。
右手を差し出して笑顔をみせる。オズワルトもそれを受け入れた。
「ニカラグアの革命でも大佐にはお世話になりました。この年で夢が見られるなんて幸せです」
「こっちこそ助かったよ。事務の訓練をつけるために今後何人か預けたい、頼めるか」
首を横に振って真面目くさって応える。
「どうぞご命令下さい。全力で鍛えさせていただきます」
その姿が一瞬ロマノフスキーと重なったような感覚を得た。満足を示し敬礼すると、少佐は退室していった。マナグア空港へ戻った島一行、彼の傍にはプロフェソーラが居た。
「あーあ本当に来ちまったよ、どうしたやら」
ぞろぞろと税関を抜けてロビーへと降りる。急に島が立ち止まったのでレティシアが肩にぶつかる。そこには年老いた夫婦と若者や軍人が数名待っていた。
「一同、パストラ首相閣下に敬礼!」
首相との言葉に彼女はついつい相手を確かめる。
「イーリヤ大佐、任務ご苦労だ。よくやってくれた、話は官邸で聞こう」
「わざわざのお出迎え感謝いたします。実は向こうのワイン、結構飲みやすくもって帰ってきましたが税関で睨まれないでしょうか」
冗談で場を和ませる。パストラが構わん構わんと島の腕を叩いて笑顔を見せた。
「そちらのお嬢さんは?」
「レティシア・レヴァンティンです閣下。パラグアイ民兵団のボス、エスコーラのプロフェソーラ」
そう紹介されて言う言葉がなくなり「そ、そうだ」と漏らす。
「初めましてセニョリータ、ニカラグアの首相パストラです。こちらは妻です」
丁寧に挨拶されて余りに場違いな混乱を脇に成り行きで挨拶を返した。公用車に乗ったのもロマノフスキーとではなくレティシアと島、パストラ夫妻の組合せで終止困惑していた。
何故この場に居るのかわからないまま、レティシアを連れてロマノフスキーと三人、大統領官邸にと足を運んだ。
「あんた大佐のクセにやけに待遇良くないかい」
「ああ過分だと思う。断るのとどちらが失礼か未だにわからんがね」
確かに難しいところだと同意したが、それにしたってたかが大佐である。執務室にはオヤングレン大統領とオルテガ中将が待っていて、パストラ首相もそちらへと歩いていった。二人が敬礼して島が声を発する。
「義勇軍司令官イーリヤ大佐全権委員、ロマノフスキー少佐、ただいま帰着致しました」
「イーリヤ大佐全権委員の帰着嬉しく思う。まずは中将から」
オヤングレンが優先権を渡して必要な措置をとらせる。
「イーリヤ大佐の司令官職を解任する。ご苦労だった」
「いえ勉強になりました。司令官の肩書きはまだ自分には重いものだと自覚させられた次第」
微笑を答えにして大統領にと戻す。
「イーリヤ大佐全権委員、全権委員を解職する。こうも上手くやってのけるとはな、首相の勧めは正解だった」
「まだ始まったばかりです。この流れが固まるまで予断は許しません」
いつ何が起こるかわかったものではない。政情不安の地域で年単位の計画はあまりに脆すぎる。
「こちらでも更なる支援を計画する。大佐には次が待っているからな」
そう締め括りパストラへと主導権を渡した。
――次か、そりゃ簡単には帳消しにはしてくれんだろう。
「さてイーリヤ大佐、貴官にはこれからも国の為に働いてもらう。その方針の一環として、これからアメリカに飛んでもらう」
「アメリカ……ですか」
本当に何故レティシアがこの場に居て良いか全く意味がわからない。彼女は島のやり取りを聞いて、自分達よりよっぽど無茶な指令が下るものだと、妙な感心すらしてしまった。
「政府間の承認は済ませてある。少佐と二人で指揮幕僚大学へ入学するんだ」
指揮幕僚大学。即ち高級軍人の最後の難関である。政治的な理由から、国賓が入ることも多々あった。広義では軍と政治や経済の結び付きや、戦略やら政略を学ぶところである。高級参謀を名乗るならば必須の学歴と言える。
「承知しました」
ロマノフスキーは何も語らず黙って受け入れている。流石にもう我慢できずについに口を開いた。
「あたしゃなんのためにここにいるか、誰か納得いく説明してくれないかね」
――実は俺も知りたかった。レティアが一緒なのは報告をしてはいたが。
目の前の三人が互いを見詰めあって、次いで島を見る。なのでレティシアも島を見た。
「あー……レティシア・レヴァンティンですが、彼女は重要人物でして、アメリカにも同行させる許可をいただきたく……」
――え、手違いか何かか。俺が理由を作らなきゃ収まらんのかこれは?
歯切れ悪く取って付けたような台詞を口にする。指揮幕僚大学には流石に入れないが、同行は許可された。何となく気まずい空気が流れ、それから逃げたかったのか退室が命じられた。当然、部屋を出てからレティシアにきつく睨まれる。
「何だか釈然としないんだけど、どうだい?」
「そうか、俺はお前と一緒に居られて嬉しいぞ、なあロマノフスキー」
なあと言われても彼も困ってしまう。
「お似合いですよお二人は。しかし、指揮幕僚大学とは驚きです」
誤魔化して話題をすり替える、すかさず島が食い付いた。
「あれは確かエリートが集まる場所だったはずたよ。名前だけは聞いたことがあるが、良い噂は無いね」
派閥が構築される温床になっている。士官学校の比ではない。軍や国家の青年団が時間を共有するのだ、将来への布石と言えるが心配は尽きない。
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