第164話
そう言葉を振られてカメラが向けられては承知するしかなく、中将は麻薬撲滅を約束する。自らがその元締めなのをどうすべきか考えるのは後にしたようだ。
「功績を認め一級国家勲章授与を約束する。国始まって以来、二人目の授章だよ」
それが分かれ目であった。一級国家勲章には莫大な恩給が附与されている、これを得るならばわざわざ麻薬商売をしなくても将来を約束されるのだ。逆に剥奪されるような下手を打ってはならないとの打算がすぐに弾き出される。
口元がにやりと歪んだのをゴイフは見逃さなかった。用意周到にリストアップしてある軍人犯罪者の一覧表を大統領にと手渡す。
「中将、軍の綱紀粛正、国家の安全、改めてこれを命じる」
「謹んでお引き受けいたします、大統領閣下」
イガティミでのブラジルギャングスター壊滅のニュースは国内を電撃的に駆け抜けた。二日後にフェルディナンドは国家の英雄扱いされ、階級を大将にと進めた。
一切の悪事はカラフパラースィオに押し付けられ、リストにあった軍人らは解職されるか軍事資料室勤務にと左遷されていった。口汚くフェルディナンドを罵り彼の悪事を暴こうとした者は、人知れず闇にと葬られてしまう。
その人気を利用して権力を握ろうとするかと言えば違った。大将はあまりそちらには興味がないらしく、楽して儲かれば良いようで豪華な机の前で椅子を揺らして満足している。最早危険を侵してまで冒険する素振りは微塵も見せなかった。
軍はあれども裏社会に穴が出来たのも事実で、各地の悪党が落ちている権益や暴力による略取を狙い始めるまで時間はさしてかかりはしなかった。警察や軍による治安維持とは別の手段を用意する、島が描いた絵を実現させる時期がやってきた。
エンカルナシオンの司令部を出て、例の酒場へと足を運ぶ。もちろん酒を飲みに出掛けたわけではない。お馴染みのテーブルに一人腰かけて待っていると、レヴァンティンがやってきて隣に座る。
「まさか中将……いや、大将が正義に目覚めるとはね、世も末だよ」
裏社会で有名であったフェルディナンドを揶揄してそう評する。
「そうか? コインに裏と表があるように、見えた側だけが全てじゃないさ」
やけに肯定的な態度をする島をじっと見てから問い掛ける。
「話ってなんだい。あたしも暇じゃないんだよ」
「エスコーラも衣替えしないか、民兵団に」
「――な、に?」
つまり何がどうなのかと目をぱちくりと忙しそうに動かす。
「エンカルナシオンの警備としてエスコーラが雇われるんだよ、どうだ」
「どうだって、突然何なんだい勝手に!」
よくわからないが思い通りにされるのが嫌で反発してみる。言葉の意味よりも感情が先行した。
「俺は本気だ。レティアはどうしてギャングスターをしているんだ」
「どうしてって……そりゃ、カリ・カルテルの後押しがありゃそうするだろ」
唐突に訊ねられて答える筋合いなどありはしないはずだが。
「親父の為か」
「それは違う! そんなじゃない、ただそうしたかったからしただけだ!」
レティシアの部下たちは聞いてはいけないような気がして、なるべく違うことに意識を集中させた。
「民兵としてエンカルナシオンを仕切るんだ、公にそうしたって構わないだろう」
「――少し考えたい」
「もし答えがノならば、軍はエスコーラを攻撃するだろう。それが何かの得になるならばそうすればいい」
冷たく突き放す。元より警告も無しに一斉摘発されても文句も言えないが、脅しに屈してしまうようで気持ちがよくない。民兵とは政府や軍の意を受けて設立するものだと考えられているからだ。
「どうして民兵?」
そこに拘るのがふと気になった、名目なのかもしれないが。
「軍にも政府にも従う必要はない、ただエンカルナシオンだけを優先するためさ」
「そうする必要がある?」
どうも目的が何かあるような感じがしてきて探ろうとする。関係ありそうなのは、鉄工所だろうとは思うがそれだけのようでもなさそうだ。島が何を考えているのか興味を持つ。
「投資さ」
意味がわからず首を傾げる。
「数年後に政権がどうなるかわからない、だがエンカルナシオンが変わらなければここを基点に国を変えられる」
何年かしたら経済の主軸になっているだろうと見込みを説明する。その時にエスコーラが邪魔なら排除するし、利用出来るならする、はっきりとそう答える。
「都合よく使い捨てたり利用したりかい、あんた何様だい!」
「そちらにも利益はある。大手を振るって街を一つ支配出来るんだ、こんな機会はそうそう無かろう」
支配とはいっても政治的にではない。対抗組織が無い地域を拠点に出来るとの意味だ。軍とかち合うことがなくなるのは確かに滅多にない話である。
「――保証は」
「そんなものは何もない。だが、俺はそれが可能だと判断した、それだけだ」
大風呂敷を拡げるのもここまできたら見事なものである。人生の目標が出来た島にとって、パラグアイは通過しなければならない場所でしかない。さっさと都合をつけて帰国するつもりである、その為にはエスコーラを味方につけるのが最短距離と考えた。
「あんたみたいにイカれた奴を見たのは二人目だよ。良いだろう乗ってやるよ」
一度くらい自分が考えたこともない未来を歩くのも悪くないと承諾した。
「よし決定だ。これで俺がここにいる理由は無くなった、帰国する」
本来外交官が自らの意思だけで帰国など出来ないが、密命を達成したとなればまた別の話であった。椅子を立って扉へ向かっていき振り返る。
「何している行くぞ」
「え、あたし?」
どこに行くのかと訊ねる。
「帰国すると言ったろう、ニカラグアだ」
「ちょっ、何故そうなる」
「良いか三度までは言わないぞ。来いレティア」
強引に誘う、今の島は断られることなど一切頭に無かった。
「あーっ、もうわかったよ。ラズロウ、エスコーラはお前に預ける上手くやれ」
突然任せると言われて何故かプレトリアスの顔を見てしまう。少尉はラズロウと呼ばれた男に肩を竦めてみせ「返答はスィンかシだな」とおどける。
「はいボス、お任せ下さい。その、おめでとうございます」
意味が通らない言葉を吐いて、余計なことを言うなと怒鳴られて酒場に残される。マスターから何故か一杯奢りが手渡されるのだった。
アスンシオンの大使館分室。久し振りにその席に戻るとオズワルト少佐の報告を受ける。
「また派手にやられたようで」
「なに俺じゃないよ、パラグアイの英雄の手先のそのまた誰かさ」
表面に存在がでないように痕跡を消すことは出来なかったが、より大きな太陽を置くことで足跡を見えづらくしてしまった。関心を抱いた何者かが調査して声を上げたところで今更何も変わりはしない。
「左様ですか。では報告を。ニカラグアとパラグアイの交易は双方に有利な形で行われることが決まりました」
「そいつは結構なことだ、名目上の役割はこなしたことになるからな」
事実上はパラグアイが資源を減らしてしまうのだが、無いと思っていたところから降ってわいたものなので全く気にならないらしい。石油資源同様にあるうちに稼ぐか、細く長く維持するかは国家戦略と言える。
「裏テーマも何とかなりそうだよ。これもゴイフ補佐官の手回しの成果だな」
フェルディナンド大将が勝ち逃げした形になった、荒稼ぎしてからアンチにまわるなど、まさに生き馬の目を抜く争いである。
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