第163話
「増援が来るまで各自応戦するんだ!」
歩兵が厳しい制圧下で銃撃を行うが次第に敵が接近してくる。装甲車が転回して戻るまでの短い間に、何かが割れる音がして直後火の手が上がった。
それを無視してまた高速で走り出す。炎は風に煽られながらも消えることはなかったが、装甲を軽く焦がしただけで効果を虚しく弱めていった。十五号のアタッシェケースを抱えて上級曹長が、中尉の隣にヘッドスライディングをするかのように滑り込んできた。
「増援に参りました」
「俺以上のナイスコントロールだよ。それを上手いこと当てられるのか?」
起爆が遠隔操作でも時限でも構いはしないが、接近は必須である。小学生が背負うランドセルよりは少し薄い位で重さはそんなでもない。
「当てます。残り三つ志願があれば受け付けますが」
真っ先にビダ軍曹とサイード上等兵が声をあげる。この場には居ないがヌルが居たら志願しただろうか。枠があるならばとパラグアイ人の上等兵も遅れて志願する。
「揃いました。では直接指揮をさせていただきます」
窪地で額を寄せあい作戦を練る。遠くで転回しようとする車が見えた。ブッフバルトが通過するだろうど真ん中に鞄を置いて、遠隔装置を四つ握る。サイードと上等兵が左右にひそみ、軍曹がどちらへも行けるよう中央に控えた。
「小隊一斉に援護射撃開始!」
マリーがあらん限りの声を出して上級曹長らを支援する。身を乗り出して機関銃を撃っていた射手が表情を曇らせて少しだけ身を隠す。
中央に置いた鞄を避けるようにハンドルを切った装甲車の側面に爆風があたり少しだけ揺れた。巻き上がった煙で視界が遮られたが、数秒して同時に爆音が響いた。
驚いたのか被害があったのか装甲車が速度を急激に落とした。そこへビダ軍曹が鞄を抱え正面からふわりと投げる。すぐに脇に向けて身を踊らせると、口を半開きにし足を車側にして伏せる。真っ正面で鞄が派手に爆発する。前面装甲に孔が空いて乗員が衝撃で気絶したか命を失ったか動かなくなった。
「小隊前進再開、敵を押し戻せ!」
すかさずマリー中尉が反撃を命じると、再び敵が退いて行く。ビダ軍曹が無数の火傷と打撲、鼓膜破裂等で負傷したがEE-9は沈黙した。
「前線部隊、指揮所、敵装甲戦闘車両一、戦闘不能中破」
「指揮所、了解。負傷者を後送せよ」
「前線部隊、了解」
上級曹長が連れてきた三名がビダ軍曹らを背負って前線から撤収してゆく。意識はあるが体が痺れているようで、三人とも身を預けて喋ろうとはしない。
戦場では信じられないことが現実に起こり得る。前線で希望が産まれた時に、後方では新たな事件がもたらされていた。
「偵察班、指揮所、装甲車両が三台森林に侵入しました!」
「司令、装甲車三両が新たに確認されました」
サルミエ軍曹がグアラニ語を通訳して絶望を報告した。ロマノフスキーは悔しげな顔を見せたが、すぐに周波数を特別に合わせてあった無線機を手に取った。
「フォーポイントスター、ブラックオウル、援軍を要請する。こちらフォーポイントスター、ブラックオウル、敵に装甲車が三台居る援軍を要請する」
四ツ星はクァトロの軍旗だったがサルミエはその事実を知らない。
「ブラックオウル、フォーポイントスター、即座に向かう。これでここともお別れだ」
英語が軽やかに返ってくるが、少佐以外に理解した者は居なかった。
「さてやることはやったな、聞いてるとは思うがマリー中尉に警告を入れとけよ軍曹」
サルミエがすぐにそう注意を発するのを見て、体を解して岩から立ち上がる。
「少佐、どちらへ?」
司令が指揮所を留守にするつもりなのかと不思議そうに訊ねる。
「ちょっと花火を見物しようと思ってね。双眼鏡を渡せ」
目の前にある微かな隆起に伏せて戦場を観察する。反射しないように加工をしてあるせいか、少しだけ視界にもやがかかったように見えてしまう。慌ただしく動き回っているのがわかる。サルミエが隣にやってきて話し掛ける。
「中尉からもう装甲車に対抗出来ないから裏技を頼むと言われましたが?」
全く意味がわからず撤退させずに良いかを確認する。
「ああ戦わせておけ、十分とせずに装甲車なぞ木っ端微塵にしてやる」
――使わずに済めば良かった、か。今更になってボスの気持ちが少しは理解出来たよ。
「銃剣を使ってでも塹壕を掘れ! ヘルメットだろうと何だろうと構わん、少しでも掘り下げるんだ!」
撤退命令が出ない以上は進めないまでも踏みとどまる必要があった。マリー中尉は声を枯らして状況が飲み込めていない兵らを働かせる。やがてエンジン音を響かせて恐怖がやってきた。先程のとは違う仕様、主砲を装備した装甲車が。
あまり俯角がとれないのだろう、主砲は遠距離から浅く斜面を撫でる程度である。だが一時代の戦車よろしく、構築物や鉄板を撃ち抜く威力がある砲弾が近くを飛べばただではすまない。兵が怖じ気付いて逃げ出そうとして、浅い塹壕から飛び出した。直後に上半身を丸ごと失って倒れる。
「畜生が、待つ時間がこんなに長いとはな」
伏せたまま悪態をつくが何の解決にもならない。今まで逃げ出していた敵の歩兵がまたまた近くをうろつき始めた。
――あちらさんも必死のようだ。装甲車を失って大赤字もいいところだからな!
これといった通信も入らないため各自応戦を続けさせる。無遠慮に距離を詰める車両には最早なすすべもない。直撃した砲弾が根本から木を真っ二つに折る。倒れてきたそれが塹壕に被さり下敷きになった兵が押し潰されてしまう。
「耐えるにしても限界だな。――各自戦場を離脱せよ!」
アルバイトで集めた兵が裏切りをする前にと離脱を許可する。ざわめいた兵らが左右を確認して徐々に這って逃げだしてゆく。通信機を抱えた上等兵は律儀にマリーに付き従っていたが、無理をして留まっているのがありありとわかる。
「ブラックオウル、これより敵装甲車を攻撃する、近くから離れるんだ」
英語による警告が行われた。
「全員一斉に退避、空から反撃をするぞ!」
――ブラックオウルだって? 何かが来るぞ!
スペイン語に通訳して自らも這って下がる。ローターの爆音を響かせて空にUH-1Nイロコイに改造を加えた旧型、ヒューイ二機が姿を現した。腹にぶら下げた機関砲が地上を走る装甲車を狙って、物凄い勢いで砲弾をばらまいた。
厚さ三十ミリの鋼鉄で出来た装甲が紙のように引き裂かれ爆発炎上してひっくり返る。逃げ出そうとするも無駄で、一機が一台を追撃して逃さなかった。
乾いた金属音が連続し孔だらけになった装甲車が停止した。機関が破壊されたか操縦者が無事でなかったか。暫く上空で獲物を探していたが見付からなかったのか西へと進路をとる。威力がありすぎるヘリは自主的に引き上げる意思を示していった。
「指揮所、全部隊。我々の勝利だ、これより残敵掃討に移れ」
本当は五分に戻しただけなのだが、鼓舞の意味もあり勝利宣言を行う。上等兵と頷きあったマリーは立ち上がり小銃を掲げた。
「我らの勝ちだ、残った敵を排除するんだ!」
逃げ出していた兵が慌てて引き返してくる。勝ったならばボーナスを貰わねば割りに合わないと、一度は離脱したくせに素知らぬ顔で攻撃に加わった。
「前線部隊、迂回部隊。包囲して敵を逃すな」
苦労してまで派遣した迂回部隊が最大の効果を表すタイミングで袋を閉じさせる。こうなれば後は一時間としないうちに全滅させることが出来るだろう。
――支援があってこれでは俺もまだまだだな。まあ生きているだけでもありがたく思わねばならんか。
最後まで逃げなかった上等兵の肩に手をやって笑顔を向ける中尉であった。
その日の夜に大統領府で記者会見が行われた。フランコ大統領とフェルディナンド中将、後ろにはゴイフ補佐官がいつものように控えている。
普段と違ったのはパラグアイ放送だけでなく、AFP通信南米支局や共同通信社なども集っていたことである。呼んだのはゴイフだ。
「本日、イガティミ東部で戦闘行為があり、カラフパラースィオと名乗るブラジルギャングスターが大打撃を受けて、ほぼ壊滅状態になりました」
特にブラジルの部分を強調してフランコが述べた。記者団から何があったのかを質問される。
「麻薬密売組織、無論他にも非合法活動をしていたが、誘き寄せて殲滅した。これで悪さも出来なくなっただろう」
どうだとばかりに鼻をならして胸を張る。当然誰がそれをやったかを問われる。
「フェルディナンド中将のパラグアイ軍だ。中将、君からも一言述べたまえ」
何のことだとわからなかったが、丁度良いので自らの功績にしてしまおうと調子よく引き受けた。
「悪の組織は消え去った、犯罪者には正義の鉄槌が下されるだろう」
まるで本当に自らが指揮したかのようにそう高らかに宣言する。ゴイフの筋書き通りに話が進んでいった。大統領がマイクの前に戻り熱く宣言する。
「麻薬組織や犯罪者には正義の鉄槌が下る。中将、国内の麻薬を一掃し正しい姿を取り戻すのだ!」
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