第160話

「あなた方には技術者としての就労促進、海外での宣伝活動、輸出用商品のアイデア面でご協力をお願いしたいです」


 何故イーリヤ大佐がそんな提言を受け持ったかはわからなかったが、まずは内容を具に確認する。


「輸出用に関しては様々な人種の考え方を反映させる意図はわかります、宣伝も人脈然りと。しかし何故就労技術者?」


 人数が少ないのに数を求めるならばパラグアイ人だろうと指摘する。


「パラグアイ人は国民気質として労働に真剣に取り組む姿勢が、他の南アメリカに比べても低い。適度に外国人労働者が混ざることにより、全体的な作業効率が向上すると考えております」


 パラグアイ人が嫌な顔を見せるが事実であるので抗議はしない、そうまで言われては外国人市民団代表も納得せざるを得なかった。


「承知しました。国が良くなれば我等も安心して生活が出来ます、喜んで協力致しましょう」


 そこで終わりと思っていたが島が先を続けた。


「軽工業の初期生産品に畜肉の加工器機、畜舎の衛生用品、個人用農機具、各種保管用倉庫を提唱します。これにより国内消費を見込み、生で扱われていた畜産品が、在庫調整しながら破棄せずに流通可能になります。また主農産品の作業効率が上がります」


「あ、あなたはそんなことまで考えて……」


 いくら外国人居留区に住んでいても自らはパラグアイ人だと考えていた代表だが、国の将来をそこまで視野を拡げて考えたことはなかった。自身より二回りは年下、しかも最近になってやってきたばかりの者にこうまで言われて赤面して俯いてしまった。


「経済団体は大佐の提唱に全面的に賛成致します」


「企業グループとしてその生産項目を通すため全力で努力致します」


 流石に政府の代表が下手な約束は出来ないため「大統領閣下に間違いなくお伝え致します」とだけ約束した。


 大風呂敷を広げすぎて頓挫してしまえばもうパラグアイには居られないだろうなと、自嘲気味に笑ってしまった島は忘れてはならない一言をここで付け加えた。


「成功の暁には、ニカラグア政府の援助があったことをお忘れなきよう願います」


「パラグアイ政府は貴政府の好意を決して蔑ろには致しません」


 出せるものは互いにもう何もないが、態度を示すだけならばと強い口調で約束する。


「――実は日本政府から、より多くの経済支援を引き出す策が御座います」

 ――さて一つここで仕込みをしておくとするか!


 行くならばどこまでも突き進み、追撃の手を緩めないとばかりに提案する。内容が政治的なものなのでこの場で話してよいかを躊躇するが、政府代表は喉から手が出る程に援助が欲しいのでつい訊ねた。


「それは、どのような策でしょうか?」


「貴政府も認めている日本の離島、あれについて再度の声明を出すことですよ」


 サンフランシスコ条約で日本の領土から放棄されていないことを明らかにしているのを判断基準に、百数十の国や地域が声明を出していた。


「それは以前に世界に向けて発信してますが?」


 何故それを繰り返したら経済支援に繋がるかが理解できないでいる。この場にいる全員が不思議そうな表情をした。


「日本は支持してくれる味方を決して粗略にはしません。時機は見計らう必要がありますが、必ずや世論がパラグアイ支援を後押ししてくれます」

 ――そこが日本政府が日本政府たる由縁なんだよ。


 何ら確固たる根拠はなかったが、やけに確実な自信だけはあった。


「日本はパラグアイを裏切ることはなかった、我々も裏切ることはありません。大統領閣下にはかり再度意思を表明する準備を行います」


「芥子畑で生計をたてている者がいたら、優先的に仕事を与えてやって頂きたい。麻薬が国内で消費されたら最後です」

 ――この手はニカラグアでもレバノンでも使えるぞ。どうせ政府開発援助で予算を垂れ流すならば、感謝されるところで使うようにさせねばな!


 これには皆が頷いた。仕方なく生産をしている者が一定の割合で混ざっている。身近にあればどこかで間違いを犯してしまうのもまた人間である。


 麻薬は紛争を引き起こす、世界各地で住民が戦火に怯えながら暮らしているのをテレビで目にしたら、祖国をそうはさせまいとの気概が湧いてくるものだ。


「それでは皆さま、本日はありがとうございました」


 簡単に締め括りの挨拶をすると、それぜれが事後の根回しをするわけでもなく解散していった。


 ――あとはカラフパラースィオとエスコーラか。ロマノフスキーの活躍に期待するか。俺はレティアだな。


 会議結果の報告が伝わったであろう数日後、島はゴイフ補佐官の元を訪ねた。相変わらず職務に忙殺されているようで、身も心も高い状態で活動モードを維持しているようだ。


「補佐官、お話が」


「大佐、上へ行こうか」


 わかりあうほどに言葉が短くなる。それは仕事の付き合いでも、恋人や夫婦間でもよく聞かれる現象である。煙草をくわえようとして一瞬躊躇し、軽く息を吐いてケースへとしまった。


「健康への配慮はするべきでしょう」


「妻に言われてね、少し改心したところだよ」


 まさかの体力勝負の職務に心配したようで、あれこれと気を使う姿がきつく言われるより心に刺さったようだ。


「大統領閣下は――フェルディナンド中将の不正をご存知なのでしょうか」


 知らないわけがないとわかっていながら、これは必要なことだと言葉にする。


「勿論だ。今はそれより多くの部分で緊急処置が求められていてね」


 後回しにせざるを得ない状況を苦々しく説明してくる。どれもこれも長年のツケを払わねば前に進めないと。


「少佐の試算では、政府税収が一、四パーセント押し上げられると見ております」


 鉱石の採掘加工からの経済効果がそのように波及するとされているが、GDPに直せばまた少し数字があがるだろう。何せ失業者が価値を次々に産み出すのだ、無いものが突如くわわるのだから変動は顕著である。


「素晴らしい! まだ私の方には上がってきていないが、大きく相違はあるまいよ」


「これで補佐官の発言力もかなりになるのではないですか?」


 そう前置きすると真面目な顔つきになりゴイフが先を促す。何か論争が起きそうな一件を推して欲しいと聞こえてきたのだ。


「私は常に大佐の提案に魅力を感じている、次は何だね。遠慮なく言ってみたまえ」


「イガティミからカラフパラースィオを撃退します。これを以てパラグアイ軍の功績に置き換えていただきたい」


 それが何を意味するかを思案する。ゴイフは今までの組合わせから、最善の結末がどれになるかと目を細める。


「カラフパラースィオに全ての罪を背負わせるわけか」


「はい。隠し玉としてエスコーラをエンカルナシオンの民間警備に雇用したく思います」


 エスコーラとの繋がりがわからず、しかもブラジルギャングスターだと気付いても結論に結び付かない。反対に結論からその流れと理由を推察して行く。


「問題はエスコーラが組織としてそれを承知するのか、市民がそれで納得するのかではないかな」


「感情としては認められないでしょう。ですがエスコーラは正確にはブラジルギャングスターではありません。コロンビアです」


 それは初耳だとばかりに目を見開く。


「敵の敵は味方だとしても、コロンビアもまた耳障りがあるのではないかね」


「もし市民が嫌がれば追放可能です、その時に誰が救世主になるかがより大切でしょう」


 指摘されて初めて真意を垣間見る。使い捨てに出来る手駒と考えれば、外国人勢力は悪くないと。そして島は承知の上で常々動いていると再認識すると、ゴイフは頭があがらなかった。


「そうだな、我らには問題を解決する時間が必要だったな。してエスコーラを引き込む手立てはあるのかね」


 これがなければ全く意味がない話だけに、どのような手段があるかを確認しておく。


「それはこれからです。プロフェソーラが良しとすれば、奴らの組織は下達方式なので一年や二年は何とかなるでしょう」


 上下関係が極めて厳しい組織である、ボスは痩せても枯れてもボスのままで、栄華を極めたくば上を更に高くに据えるような運用を行う。


 中国が良い例で、党首だの国家首席だのでうかれているやつはまだまだである。中南海に居る政界、業界の黒幕達が気に入らなければ、突如健康上の理由で辞任となり力を失ってしまう。


「大佐の自信の根拠を是非とも知りたいものだね」


 鉄柵に体を預けて遠くを眺める、計画を認めたのだ。


「突き進む、ただそれだけですよ。自分は立ち止まることを許されないのです。前へ、より前へ」

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