第129話

「どのように捜索致しましょう?」


 まさか砂漠を歩いて調べるわけにもいかない。


「砂漠の真ん中にタイズという街がある。そこが第一候補だ」

 ――アデン、モカ、サナア、デイダなどの主要都市で影響を与えているならば、それらに等しく近い場所が怪しいな。


 その街を補給場所と定めて周辺に拠点を構えているだろうと睨む。


「では明日はタイズに出張ってみましょう」


「軍曹は四名で調査を、俺はアデンに行ってみる」


 本拠として六名をここに残して武器を管理させておく。


 ――何度となく襲撃があったならばアデンでも情報が集まるだろう。


 南イエメンの都市は集中して存在しているから助かった。これが北ならば延々車を走らせる必要がある。ずっと拠点に残っている者達にカートを配ってやる。酒や煙草がわりの噛み煙草の葉である。興味本意で口にした一人が渋い顔をしてトイレに駆け込んだ。


「こんな地域もあると知っておくのもまた経験だよ」


 島も口にして不味そうな顔をすると、皆が真似て一様に残念そうな表情を浮かべるのであった。


 ロマノフスキーはアラブ首長国連邦のドバイ国際空港に降りていた。ここからイエメンの首都サナアに入る予定である。プレトリアスらは一足先に入国しているはずである。マリーらはいずこからかデイダ港に乗り付けるはずで、人数によってはサウジアラビアからサーダへと陸路入る要員も居るかも知れない。


 それらは中尉に一任してあるため、ロマノフスキーは全体の行動と対外的な面に配慮している。この対外調整が難しいもので、島がいかに重要な部分をこなしていたか身に染みた。


「さて、ファラジュを倒そうとボスならどうするかな」


 誰かに話し掛けるわけでなく、独り言をして考えをまとめようとする。


 ――コロラド曹長の掴んだ情報だと、数日前にアッサブで人を集めている者が居たそうだ。アラビア語と英語を話す東洋人で、三十前後の背の高い男。すぐに姿を見せなくなったらしいが、同じく酒場通いの兵隊崩れが顔を出さなくなったってことは、そいつらを雇ってイエメンに入ったんだろうな。


 待ち時間の間、ずっと腕をくんで考え込む。


 ――武器をどうやって手に入れたか。職務ではイエメンと繋がりはない、エリトリアは昔に少し駐留したが、下士官だったから伝を作れたとは考えづらいな。何よりほぼ一緒に行動していたが、それらしい人物には会わなかった。ならばショップで規制がない品を買うか、裏から融通してもらうかだ。数が揃わねば高性能品よりも、流通品で統一するはずだ。エリトリアでならば恐らくは流通品だろうな。それらを船に載せてデイダかモカに向かったはずだ、こればかりは完全に確率半々になる。船着き場で聞いて回れば、外国人の集団について覚えているやつもいるだろう。


 思考を中断して機に乗り込む。相変わらず給油作業のために数時間滞在させられてしまった。それでもドバイを使うのは空港使用料が安いから、つまりは航空会社の都合である。サナア空港に到着すると、先任上級曹長から連絡が欲しいと伝言が残されていた。


「俺だ」


「マニラですが、被害者グループに地元の富豪の一族が混ざっていました。その富豪が報復の為に傭兵を雇い、イエメンに送り込んだと噂が流れています」


「わかった。可能な限り情報収集したら現地入りするんだ」


 要件のみを手短にやりとりする。報復を口にするとは自らをも危険に晒すわけだが、気になる話ではあった。


 ――ボスはこの存在を知っているだろうか? いや知らないな、もしそうならエリトリアで自ら兵を集めるような真似はしまい。どこかでかち合ったら協力するだろうか? 傭兵が獲物を横取りされないように邪魔する可能性もあるか。いずれボスも気付くだろう、ならば傭兵を監視していたら上手いこと接触してはこないだろうか。やってみる価値はあるな。少尉には自由に動いてもらおう、ならばアラビア語の制約からしてプレトリアス軍曹らが適任だ。


 軍曹らに情況を説明してイエメンでの諜報に当たらせることにする。誰が何語を理解していたかを再度思い出して確認しておく。咄嗟に出す命令で間違いを犯してはいけない。共通語はスペイン語で、今回は味方にはわかっても敵には理解されないアドバンテージが高い言語に相当した。入国ゲートでお決まりの質問を耳にする。


「渡航の目的は?」


 世界中共通の態度である、官の無愛想は全く気にせずに、彼も会話ではなく単語を口にするだけとの感覚で応じる。


「非公式の外交だ」


 旅券がニカラグアでロシア人らしき風貌、しかもがっしりとした体躯である。官吏が不審に思い本部に問い合わせを行う、何回か担当を経由して外交部に繋がる。旅券を確認しながら名前を繰り返す、すると意外な答えが返ってきたようで電話を切る。


「ロマノフスキー少佐殿、お待たせして申し訳ありませんでした。どうぞお通りになってください」


 何か高価な品でも捧げるかのように旅券を恭しく手渡す。特に視線をやるわけでもなく、受け取るとすぐにゲートを潜り去っていった。


 ――使えるものは何でも使わねばならん、出し惜しみは取り返しがつかなくなるぞ!


 タクシーを呼び寄せ「中央政庁へ」と指示する。アイワ、と返事をして車を走らせると、三十分程で到着した。正面受付で堂々と名乗ると担当者が駆け付けてきた。今朝がた突然言い渡された役目に、何の準備も出来ないまま現れた中年の男が、ロマノフスキーに歩み寄り自己紹介する。


「イエメン治安維持省の課長、バグートです」


 片手をあげて挨拶の仕草をする。


「ニカラグア対テロリスト室長、ロマノフスキー少佐です。突然の訪問で申し訳ない」


 島の危急をパストラに告げると快く力を貸してくれた。首相から大統領に要請が上げられ、即座に承認されると、大統領の任命大権に基づきロマノフスキー退役少佐は一夜にして、ニカラグア軍の対テロリスト室長として任官した。それだけでなくイエメン外交省に対する口利きまで行ってくれたのだ。


 イエメンの大統領府では中米になど何の興味もなかったが、国内を騒がすテロリストを相手にするとの話の為に、それならばと了承した。海外情報にあまり力が入らないイエメンは、ニカラグアがテロリストの対象になったことが皆無のことすら知らなかった。会議室へ案内されると、何とか準備出来た少量の資料を机に並べている職員が居た。


「少佐、テロリスト対策と仰りますが、国内に複数の組織があり当方も頭を抱えております。どのような対策が考えられるのでしょうか」


 何から手をつけて良いかが全くわからない状態にあるのだろう、ノウハウが無いのだから仕方のないことである。


「イスラム系テロ組織はトップを突かれるのが弱い。指導者を取り除くのが一番でしょう」


 並んでいる資料を流して眺めて行く。目当てのムジャヒディーアについての記述を手にして述べる。


「例えばこれ、指導者がしっかりと判明しているならば、こいつの頭を撃ち抜けば半分は解決しますよ」


 いとも簡単だと説明する。これが合議制などを行うアジア系の寄り合いであったり、明確に序列を定めている欧米系の組織、ファミリーが並ぶイタリア系や南米系だとそうも行かないと続けた。


「すると比較的対処しやすい相手?」


 ぱっと顔を輝かせて同意が得られると期待する。だが甘くはなかった、一面だけを覗いて全てをとは行かない。


「それは違う。部下の犠牲を気にすることなく命令出来る相手は手強い。自爆テロを防ぐのは困難極まるよ、何せ脱出を考慮しない作戦ならば山ほど思い付く」


 途端にがっかりと肩を落としてしまう。少し時間をもらい資料に目を通す、これからの素地になるため真剣に内容把握をしようと努める。


「イエメン政府は、テロリストに対してどのような態度を?」


「無論、毅然とした態度をとっています。国家の敵です」

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