第128話

 通信を終えて空港へと向かう。先任上級曹長が調べたらすぐにマニラでの列車テロの詳細が判明した。


「少佐、犯行声明はムジャヒディーアが出しています。イエメンに本拠が」


「ボスが向かったのはこいつらのところに間違いない。問題はどんなアプローチをしたかだ」

 ――一気にイエメンに行くわけがない。ベトナムからならば一旦中東かアフリカに降りねばならない。中東ならサウジアラビアだが、パキスタンのテロリストらの親玉がサウジアラビア資本だな、ならばその線は無い。アフリカのどこかからジブチへ渡り、戦力を整えて船でイエメン、これだな! いやジプチである必要は無い、ただ沿岸の街なのは確かだろう。


「エリトリアに――アッサブという港街がありましたな」


 先任上級曹長がそう呟く。外人部隊のときに一度アスマラで作戦したことがあった、その時地図に載っていた数少ない都市の一つである。


 ――政情不安定なエリトリアならば、ジブチよりは金で自由が利くな。確か宗教もキリスト、イスラムと割れていた、戦力を求めるならば妥当なところだろう。この地からイエメンに渡るなら小型の船で充分だ、武器の調達は出発前にやっちまうに違いないぞ! この手の諜報はコロラドしかいないな。


 連絡先を思い出して携帯を呼び出す。


「コロラド曹長、ロマノフスキーだ。エリトリアのアッサブに向かえ、きっとボスはそこで戦力や武器を調達してるはずだ」


「スィン、何か分かり次第連絡します」


 命令はそれだけだった。細かいことは必要ない、曹長の特徴をよく掴んでいるから出来るやり口である。


 ――仮に無事なボスを見つけて合流したとしよう、素直に帰国するとは思えん。ムジャヒディーアを叩かないことには終わらないだろう。さて、そうなるならばあれが必要になるか。


 ロマノフスキーは再度携帯を取り出して、505……と番号を押すのだった。


 一旦拠点に戻り、アサド軍曹の報告を受ける。どうやってかしっかりと情報元に辿り着いたようだ。


「評価としては中の下といった確度のようです」


「まずはそいつを足掛かりにしようじゃないか」


 最初から十全を求めるのは過ぎた話である。こちらからも信用を詰む必要もあるだろうと。接触先を聞いておくが、交渉は軍曹に一任しておく。


 拠点は短期の滞在ならば不自由はあっても充分な生活が可能な状態に仕上がりつつあった。今のところは面々の動きは悪くないといえる。日没後に再度喫茶店に出かける。例のイエメン軍大尉が先に席を占めていた。


「ウマル大尉です」


「オーストラフです。わざわざお出でいただいて感謝します」


 ビジネスマンとの触れ込み違わずにこやかに挨拶する。ウマルは瞳の奥に厳しい光を発していた。


 ――こいつは手強いぞ!


「オーストラフさんは製造工場の調査でいらっしゃったとか」


 事前に店主から聞いていた内容を確認してくる。一つでも噛み合わない内容があれば容赦しないだろう。


「はい。地理的にも人件費を含むコスト的にも、イエメンに工場があればお互い有益と考えた次第」


「しかしイエメンを選んだ最大の理由はどのあたりなのでしょう」


 サウジアラビアやオマーン、アラブ首長国連邦、カタールと候補は他にいくらでもある。わざわざ治安の悪い国を選ぶ、そこが解せない。


「これからの最大の需要国はアフリカです。交易を安定的に行うには王政による専制は好ましくありません。イエメンはアラビア半島で唯一の共和制、それが理由です」


 民主独立の風がここにも吹いていた、それが決め手だと主張する。


「先見の明、または既得権益への手付のようなものですか。いや、だがそれが商売の真髄でしょう」


 他よりも一歩でも半歩でも先を歩くことこそ大きな利益を産む可能性を秘めている。主張の大筋は間違ってはいない。


「そこでリスクを少しでも減らそうと、テロリストの勢力圏に詳しい人物をと店主にお願いしたわけです」


 何とか結論に持っていくと、大尉も専門の内容だけにテロリストがいかに迷惑かについて論調を合わせてきた。紙に地図を描いてペンで印をつけて行く。


「この四角が主要都市で、線は主要道路。こちらのばつ印がテロリストの活動報告があった危険度が高い地域で、この黒い丸が拠点だろうと思わしき箇所です」


 工場は港町付近にあるべきで、このままでは候補が無くなってしまう。


「――これは酷い」

 ――ばつ印が港町に集中してるが、拠点は内陸か。


「もし港町に工場を建てようと言うのならば、ある程度の被害は覚悟が必要でしょう」


 大丈夫だと軽々しく勧めないあたり、責任ある地位にいる軍人を象徴していた。情勢不安定な国では、ともすれば名誉的な意味合いの高級司令官よりも、実務を担当する現場指揮官がそれらの感覚に鋭いことが多い。


「仮に多少外れた地域を選んだとしても、テロリストの気分次第?」


「否定はしないよ。それでも止めないならば、あとはアッラーに祈るしかないね」


 アッラーアクバルと二度繰り返した。思った以上にテロリストは幅を効かせているらしい。それならば軍隊は何をしているかを問いたくなるが、幾つかに別れて権力争いをしていたはずである。


「こいつは参りましたね、報告のしようがない。ウマル大尉、イエメン軍はテロリストを掃討しないんですか?」


 細かい事情を知らない民間人を装うために、わざと愚問を発した。


「やりたくても出来ませんね。皆が自分の為の争いで手一杯、外国の支援でもなければ無理です」


 初めから他人頼りな態度が目につく。だがテロリストへ資金や武器を渡しているのも外国からなので、一部仕方ない面もある。


「サウジアラビアは?」


「勝った側によい面をして終わりでしょう」


「イスラム諸国は?」


「自国の治安維持やら、欧米諸国との争いで余裕がありません」


 言い訳の理由なんてものはあたりを見渡せばいくらでも出てくるようで、それをどうこうするつもりは全く無さそうだ。


「イエメンは困難のようですね。諦めて少し観光してから帰路につくとしましょう」


 規定路線の言葉を持ち出して終わりにしようとする。その時、大尉が思いもよらない言葉を口にした。つい自らの耳を疑いたくなってしまう、全くなぜそうなったかがわからない。


「戦いに巻き込まれないようにお気を付けて。テロリストを狙った外国人の一味が入国しているそうなので」


 ――な、なんだって!? ……いや落ち着け、俺達のことではない。別のグループでの話だろう、動揺しちゃならん。


 努めて平静を装いコーヒーをゆっくりと傾ける。


「気を付けましょう、夜は出歩かないようにして」


 話のお礼にとドルを数枚渡して、いかにも肩を落とした風を装い店を出た。後ろ姿を見守る大尉が店主に一枚だけドルを別けて与える。


「すまんが電話を使わせてもらうよ」


 ああ、と使い古されたドルに目を輝かせている店主を脇にどこかへと繋ぐ。


「ウマル大尉だが、関長はいるかね?」


 少し待つと野太い男の声が聞こえてくる。


「関長、ウマルだ。ちょっと調べて欲しいんだが、オーストラフという名の入国記録だ――」


 細かいやりとりを少し繰り返して言葉を結ぶ、


「相手がなんであれ使い方次第だろ、頼んだぞ」


 ふむ、と一息ついて外を見る。電力が低いせいでちらつく街灯が闇を必死に照らしていた。拠点への帰り道、島は大尉の言葉を反芻しながら考え事をしていた。


 ――果たしてテロリストを狙うグループとは何者だろうか。グループと判明しているのだから、複数人なのか組織名なりがあるのだろう。もしかしたら大尉の虚言の可能性もあるな。敵の敵は味方でもある、正体が解れば結果をもってして助けにもなるかも知れない。


 戻るとすぐにアサドが報告を行った。


「ムジャヒディーアはアデンでアメリカ船に攻撃することが多いようです。しかし本拠は見付かっておらず、岩石混じりの砂漠地帯にある見込みだと」


 アデンはイエメン最大の港街であり、アラビア半島の南西部の角地、紅海の出入り口にあるため、昔から交易が盛んな地域である。


「手を出されてもアメリカは内陸にまで兵を送れないから、テロリストどもの楽園なわけか」


 あまりに物騒な楽園であるが、主権とはそんな意味があるわけだから、船主としては笑えない。


「現場にやつらの指導者が出ては来ない、本拠を割り出すのを目的としよう」


 そのように方針を定めた、目的は首魁を葬ることだと再確認させる。

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