第127話

「もし急ぎだと連絡したら、どのくらいでくることが?」


 少し思案し船員の集まり具合を想定してみる。荷役が不要ならばと限定して答えた。


「真夜中でも四時間で駆け付けます」


「うむ! では基本契約を四時間にして二倍支払おう。十分早い毎に十%ずつ上乗せするよ」


 大胆に時間を削ろうと破格の報酬を提示する。何かに逐われていたならば、これが役に立つだろうと。


「そ、そんなに!? しかし何故?」


「仕事が終わったら、誰だって愛する家族の元に早く戻りたいからね」


 なるほどと頷いて契約成立と握手する。十数人で頭割りしたら増額もそんなに痛くはないのだろうと勝手に解釈して。一行が港についた時には、昼寝の時間帯で殆んど人の姿は見当たらなかった。


 ――よしシェスタの習慣はここでもあるようだな!


 逆算してその時間帯につくように出港したので、大荷物を抱えた外国人の一団がきたと知れわたる頃にはもう居なくなっている。旅行カバンやら背負い袋やらに荷物を詰め込み、二人組でバラバラに散って行く。車両を入手するために、軍曹は島と別れて調達しに街へ乗り込む。


 まさか一人で二台買うわけにいかないと言ったところ、オイルマネーを得ているアラビアンを装えば一人で何台買い付けようと目立たないと返された。代理人の形で交渉するように話を合わせておき、もし不都合があればすぐに知らせるよう含めて送り出したところ、なに食わぬ顔で手配してきたと戻ってきてしまう。


 ――慎重に構えるのは悪いことではないはずだ。気が小さいと部下に思われないようにの配慮はしなければならんな。


 班を三つに割って、車両毎に日用品を揃えることにさせる。十二名という数は中々に理に叶っていて、様々な運用管理をしやすい最低限の人数とされている。正副の指揮官が一人ずつ、残りは下士官が理想の最終形であるが、それを達成するのは時間が必要になってしまう。


 一連の武装から何から全てを揃え終わる。都市に滞在していては目につくため、郊外に在る適当な廃屋を探して占拠してしまった。


「アサド軍曹。君は現地の情報屋に類する人物を探すんだ。敵の勢力下に居るのを忘れるなよ」


 軍資金を与えて街へと送り込む、無論二人で一組として。もう一人軍曹が居た。こちらはジャミフ軍曹、港町の民兵団に所属していたが、長いこと給料が未払いのため除隊してきた人物である。


「ジャミフ軍曹はこの廃屋を整備するんだ。俺も街へ出る」


「了解です、大尉殿」


 金をくれるものが雇い主だと忠誠を誓う。傭兵としては信用に値するが、やはり能力は未知数である。一等兵を一人連れて街に戻る。イスラム色が極めて強いこの国は、戒律が幅を効かせている。


 女性は車を運転できず、ヴェールを目深につけて決して一人で出歩くことはしない。それどころか通信の自由もなく、全てが男性の保護の下で行われている。当然街にはアルコールが置かれておらず、飲んでしまえば逮捕されて裁判にかけられる。有罪が間違いない。


 代わりに街角では噛み煙草を口にして男達が談笑している。喫茶店ではコーヒーが中心に扱われている。アラビア語の新聞を手にしてオーダーする。確かな香りと苦味、やや酸味がある浅煎粗びき。さすがモカの有名な地域だと称賛した。それに気を良くした店主が声を掛けてくる。


「旦那方はどのような目的での来訪でしょう?」


「この地に精製工場を造る為の現地調査でね。ビジネスマンだよ」


 適当な理由をでっち上げる。社名は伏せなきゃならないと繕っておいた。


「製油ですか?」


「いや石油製品の類いだよ。油を油として輸出していては枯渇してしまえばお仕舞いだ。精製技術力と工場を持っていたら、サウジアラビアあたりから油を格安で仕入れて加工輸出が可能になる」


 産業計画だよと簡単に説明する。


「そ、それは素晴らしい! イエメンには技術力が無いので大歓迎ですよ」


「だが大事な心配が一つあるんだ」


 それがあるせいで中々話が前進しない。困ったアピールをわざとらしく行う。客商売である、流れにそって何なのかを尋ねてきた。周りに聞かれないように近くにと招いて小さな声で喋る。


「ここの辺りはテロリストグループの拠点らしいじゃないか。あれがあるうちはリスク面での説明がつかなくてね」


 ああ、と納得の顔をして頷く。現地の者にとっても迷惑なのかしかめっ面で店主が意見を述べる。


「他所で騒ぎを起こすのはまだ何とか。ですがあれに居られちゃこっちも困りますよ」


「住民も皆がそんな感じ?」


 どのように見ているのかを知りたいために一歩踏み込んでみる。


「暮らしが裕福な層は支持をしている位ですよ。庶民は迷惑しか受けてませんがね」


 貧困国家であるイエメンとしては、嫌がる人物が多いようだが、反比例して発言力は低い有り様だと評する。この図式はなにもこの国だけではない。


「せめてテロリストの勢力か強い地域だけでも外して報告書を書きたいのだが、誰か詳しい人物は居ないですかね?」


 飲み干したコーヒーカップに札を入れて戻してやる。すると悩んでいたが思い出したと口を滑らせる。便利な脳ミソである。もっとも島としてはありがたい限りであるが。


「従弟のウマルを紹介しましょう。イエメン軍の大尉でテロリスト相手の専門家でして」


「ありがとうございます。是非お願いします」

 ――大尉か、ちょっと階級が高すぎるな。こちらのことを調べられたら都合が悪いぞ。


 一旦はそのように返答しておく、ここで断るのは疑念を持たれてしまうだけである。表面的な付き合いで一回だけ話を聞いて終わりにしておけば忘れてしまうだろう。店主が早口のアラビア語でウマルと話をつけている、電話先で承諾らしき態度をとっているのが窺えた。


「今夜にでもここで会うそうです」


「承知しました。まだ時間があるので一回りしてきます」


 にこやかに後ろ姿を送り出してくれた店主だが、島はいかにして話を無かったことにするか、考えを巡らせていた。テロリスト相手ということは猜疑心の塊のような人物だと、注意して会わなければならない。


 ――何せ俺自身がこんな調子だ、まさか相手のことを知らずにあれこれ話してくれるほど甘い奴じゃなかろう。軍の名刺は使えないし、さてどうしたものやら。


 ホー・チ・ミン空港に降りた先任上級曹長は、つい最近まで部下であったプレトリアス少尉に迎えられた。合流するや否や北部へとタクシーを走らせる。ロマノフスキーが待っている角の郵便局に行きお目当ての封書と写真を手渡す。写真を一目見てそれがニムだと確認した。


「これだ!」


 封書の消印が、この郵便局なのかを四苦八苦で聞き出して、別の紙にスタンプを押してもらい同じ印なのを確認した。それらを手にして三度グエン・ホアン家を訪ねる。扉が空くと少尉が電話を差し出す、黙ってグエンがそれを受けとる。


「証拠を持参しました」


 そう言い、封書と郵便局のスタンプを見せる。エアメールなぞ滅多に使われないので照会したらすぐに出所が判明する。そんな部分で嘘をついてもばれてしまうので、話の先を促す。


「これが日本の島家に送られていました。ボスと一緒に写っているのがニムですね。自分は二人とナイル川ツアーに一緒に参加しました。フランス発のスーダンです、帰りにエジプトに一泊したはずです」


 写真を見てロマノフスキーの話を耳にすると納得したようだ。


「間違いない。すると君らは本当に龍之介君の仲間なんだね」


「仲間であり部下です。納得していただけましたか」


 通訳を挟むまでもなく表情でわかる、そしてグエンはロマノフスキーの肩に手をやり泣き付く。


「龍之介君が、龍之介君が一人で――」


「落ち着いてください。何があったか話していただけますね」


 大きく頷いてグエンの手に自らの手を重ねる。グエンが落ち着くまで少し待ち、中へ入る。椅子に座るとグエンが弾かれたかのように話し始めた。


「妻と娘、孫がフィリピンにいる祖母に会いに行きました。そこで列車を狙ったテロに会い……全員が死にました。マニラで遺体を引き取り埋葬すると、龍之介君が一人で復讐しにいくと家を出ていきました」


「――テロで全滅」


 そこだけ口にする。少尉らがやはりなにかあったかと眉をひそめる。


「止めるべきでした。ですがあの時は私も悔しくて悔しくて、龍之介君ならば出来るかもと期待してしまったのです。ですが一人で何ができると言うのか!」


 ひときしり後悔の言葉を口にすると息を吐き肩を落とす。


「ボスはどこに行くなどとは言っていましたか?」


 事件は調べたら何かわかるために、グエンしか知らない何かを聞き出そうとする。


「イエメンに行くと言ってました。もし失敗したら私が彼の骨を拾い、娘と同じ墓に入れてやる為に行き先を」


「わかりました、後はお任せください。ボスは我々が必ず救いだします、お約束しましょう!」

 ――イエメンだって? するとアルカイダ系に単身喧嘩を売りに行ったわけか!


「すまない、私には何も出来ない……龍之介君を、息子を助けてやって下さい!」


 泣き崩れて机に突っ伏してしまう。レバノンのハラウィ大尉、彼の連絡先を教えてやる。


「もし我々も全滅したなら、ハラウィ大尉を頼ってください。彼はボスの義理の弟です、きっと力になってくれます」


 そう言って席を立つ。やらなければならない事が一気に湧いて出た為である。


「先任上級曹長、フィリピンマニラで起きた事件とテロリストを調べろ、大至急だ!」


「ダコール」


「少尉、アフマド軍曹を連れて、一足先にイエメンに乗り込め!」


「ダコール」


 携帯で番号をプッシュして中尉を呼び出す。


「俺だ。マリー中尉、イエメンに武器を持ち込む手筈を整えろ」


「どこの都市にしましょう?」


 即座に都市名が出てこないため、近隣諸国を思い出して想定してみる。


「ジプチから近いイエメンの港街、二ヶ所を候補だ」


「ダコール!」

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