第126話

「すまんが通訳してくれんか」


 仕方なく代わりにベトナム語で語りかける。


「遅くにすいません。こちらの方々がお宅がグエン・ホアン・ニムさんのお家かと尋ねています」


「そうだがニムは居ないよ。誰だねこんな夜更けに」


 あからさまに迷惑だといい放つ。だがもっともなことなので下手に出るしかなかった。


「そうだと言ってますが、どうします?」


「大至急用事があるから扉を開けてほしいと伝えてくれ。旦那の知り合いだ」


 よくわからないまま通訳する。


「旦那の知り合いだ、大至急用事があるから開けてくれませんか?」


 もしかすると龍之介に何かあったのかとも思ったが、逆に何らかの手先かもとも考えた。


「悪いが今日はもう遅いから明日にしてくれ」


 そう言うと行ってしまった。


「明日にしてくれって。あの報酬を」


 手を伸ばすが本人かはわからないままだと支払いを拒む。


「明日の朝にもう一度ここで待ち合わせだ、それでもし不在でもボーナスは保証する」


 そう言うことならばと渋々引き下がる。近くの郵便局をよく調べておき場所を把握するとホテルへ戻ることにした。翌朝一番でやってくると、じっと家を眺めて待つ。七時にようやく探偵が現れて、お早いですねと挨拶してくる。


「お陰さまでな。じゃあ行くぞ」


 ロマノフスキーに促されて再度扉を叩き声をかける。


「おはようございます」


「……またか。他人の迷惑を考えはせんのかね」


 ガチャっと鍵を外して現れたのは中年の現地人である。


「ベトナム語以外は話せるか聞いてくれ」


「グエン・ホアンさんはベトナム語以外は何か理解しますか?」


「いや全く」


 首を振るのを見て仕方ないと、本人確認を行わせる。


「ニムさんに会いたいのですが、いらっしゃいますか?」


「ニムは居ないよ。もう戻らない」


「と、いいますと?」


 外出ならばそうは表さないのでどうしたのか尋ねる。


「死んだよ」


「あの、ニムさんは死んだらしいですが」


「なんだって!?」


 通訳を挟むのがもどかしくてたまらない。何はともあれここが家だとわかったため報酬を手渡す。


「ご苦労だった。後はこちらでやるよ」


「ま、お気を落とさずに。では失礼しますよ」


 大事そうに封筒を抱き締めると探偵は去っていった。ロマノフスキーは携帯を取り出してレバノンへ繋ぐ。あちらは深夜未明だというのにお構い無しである。


「ロマノフスキー少佐だ。ベトナム語通訳官を頼む」


 向こうで短いやり取りがあり担当が着席する。少尉も同じくレバノンに繋ぐと回線が二本司令部に入る。片方をグエンに渡して使うように仕草で示す。


「自分はロマノフスキーです。ニムさんの旦那である、イーリヤ、またはダオ、または島の部下です」


 そう告げるとレバノンで同時に通訳し、グエンが持つ携帯へむけて喋った。


「そんな方々が何故ここに?」


「ボスから除隊すると連絡があった後に音信不通になりました。何があったか教えていただけませんか?」


 言葉ではどうとでも言える。ロマノフスキーを信用するには何があればよいかがわからない。


「わかりません。それにあなたが本当に部下かどうかもです。何か信用出来る証明でもない限り」


「ボスの経歴などならばお話しできますが――」

 ――共通の知人がニムしか居ないぞ。どうしたものだろうか。


「それは調べたらわかること。動かぬ証拠を示して頂きたい」


 頑なに拒むあたり、何か島に言い含められているのかも知れないと考えた。


「今は何もありません。証を立てられる物を持参します、今暫く外出はなるべく控えていただけたら助かります」


 そう言って一度引き下がることにした。グエンも複雑な表情で頷いて扉を閉める。


 ――ボスは敵が多いから慎重だ! どうしたら信じてもらえるか考えろ。それにニムが死んだとはどういうことだ。まずは情報が更新されていないかをチェックするんだ。


 少尉には待機の面々がどうかを確認させて、自らはフランスのフラットを含めて連絡が無いかを聞いて回る。心当たりを一通り聞いて何も変わっていないのを確認した。行き詰まったところで先任上級曹長から連絡が入る。


「少佐、実家には何ら連絡がありませんでした」


「そうかご苦労だった」


「ですが大佐が出した封書と写真を一枚拝借してきています」


 それがベトナムからの投函だろうとの見通しなのと、家族で撮った写真だと報告する。


「それだ! 先任上級曹長、速やかにホー・チ・ミン空港へ飛べ」


「ダコール」


 電話をきって自らは家が見える場所で見張りを続け、少尉に空港へ行くように命じた。


 ――もし何かの争いになっていたら素手じゃ厳しいな! 旧式でも何でも良いから調達しておくべきだ。


 少し目を瞑ってマリー中尉の連絡番号を思い出す。メモでもしようものなら奪われた時に互いに困るので記憶している。


「俺だ。中尉、争いになるかも知れんから準備をしておけ。内容は一任する」


「ダコール。搬出先不明では劣りますが――」


「構わん。素手よりは遥かにましだろう」


 命じておけば上手くやるだろうと短時間のやりとりで済ませてしまうのであった。港には古ぼけた船が停泊している。


 排水量が三百トという小さな船だが、紅海を横断するだけならば何の心配もいらない。むしろ小さいために、ソマリアの海賊船も襲撃してこないだろう。一働きするならば獲物を山分けするだけのお宝が必要になるのだから。


「船長、近場で悪いが頼むよ」


 正規の船賃とは別に、ドルを数枚握らせて握手する。とたん顔がにやけて大きく両手で握り返して、任せなさいと胸を張った。


「しかし随分と荷物がありますな。そんなに大きなサイトに?」


「荷物の隙間には水をたっぷり詰め込みましたからね。向こうでは油より水の方が高いので」


 工事現場の機材を運ぶと偽って武器を積み込んでいる。多少胡散臭くても船長は追求しない。知らない方が幸せなのだ。狭い船に荷物だけでなく人もところ狭しと乗り込む、たったの数時間でなければサイズがもっと上の船にしているところだ。


 そうなればまた倫理やら安定性だけでなく、ことに関わる船員も増える、秘密が漏れる可能性を減らすために良かれと判断を下したのだ。誤って開封したり、荷物を盗まれたりしないよう、箱の側には軍曹と他に二人が必ず居るようにした。将校は結局見付からず、何とか人数だけは望んだ数が揃っている。


 ――昨日の今日で出発出来たんだ、高望みはいかん!


 軍曹の活躍に感謝こそしても、不満をぶつけても得るものは何もないと労った。ベトナムを出てからまともに足跡を追うには数ヵ国の官憲の力を使う必要があるはずで、逆に言えばイエメンで暴れたとてそれが島の仕業だと判明することもほぼ有り得ない。


 ――誰にも迷惑をかけるわけにはいかんからな。俺一人砂漠でくたばろうとも、世界は何一つ変わりはしない。


 タンカーが航行する時間を外して東へ進む。鈍足の極みで十ノットそこそこしか出てないだろう。だが陸地が逃げるわけでもなく、徐々に対岸がはっきりと見えるようになってくる。


「ところで船長、帰路だがまた頼めるかな? 荷物は無くなってる予定だよ」


 次回のチャーターを予定してやり、裏切りの芽を摘んでおこうと持ち掛ける。


「人だけですか、すると御代は――」


 当然値切られるだろうと言い分を聞いてみようとする。


「なに、同じだけ払うさ。だが条件がある、こちらから二十四時間前に連絡するが日にちはまだ未定だ」


「同額!? その条件ならば何の問題もありません。喜んでお受け致します」


 儲けが二倍になるとご機嫌で承諾した。


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