第125話
「こちらの連絡先です。留守電にそちらの連絡先を入れておいてください、すぐに出掛けます」
ヨレた名刺を渡されてさっさと外に出れと促されて二人は苦笑してしまった。
◇
日本。グロック先任上級曹長はヌル上等兵を連れ、完全に記憶のみから島の実家を探し当てた。少し訪問するには遅い時間ではあるが、父親がそんなことを気にしない人物だとわかっていた為にインターフォンを押した。
「はい、どちら様でしょうか?」
少し待ってから女性の声が聞こえてきた。母親であるのは間違いない。
「夜分遅くにまことに申し訳ありません。以前お邪魔しました、アンリ・グロックです。火急の用件があり参りました」
あ、と思い出したであろう呟きが聞こえてから、お待ちくださいとインターフォンが切れる音がした。五分程すると、肩に半纏を掛けた龍太郎がドアを開ける。
「グロックさん、お待たせしました。どうぞ中へお入り下さい」
「お邪魔いたします」
ヌルもしっかりとブーツを脱いで一礼してから家に上がる。四六時中グロックに訓練をつけられていたのと、元来の筋が良かったのだろう、吸収が早い。机には急須が置かれていて、龍太郎が湯を注いで二人に茶をすすめた。
「愚息が何かやらかしましたか?」
「そうではありません。突如除隊すると言い残して姿を消してしまいました。何か事件に巻き込まれている可能性があります。最近連絡はありませんでしたか?」
事件と言われて心配があったが、封書が届いていたことを思い出す。二人にお待ちくださいと残し席を立つ。
「先日届きました。妻と孫が一緒に写っています」
「失礼、拝借します」
流暢な日本語で断りを入れて写真を手に取る。数枚あり恐らくは同じ日に撮影したのだろう、楽しそうな笑顔である。封書には国際郵便の消印がベトナムであろうスタンプが捺されていた。
「写真を一枚と封書をお借り出来ないでしょうか?」
これがヒントになるだろうと申し出る。
「どうぞお持ちください。ご迷惑お掛け致します」
すっと頭を下げて息子の不始末を詫びる。
「いえ滅相もございません、これも我々の仕事。きっと大佐殿にもやむにやまれぬ事情があったに違いありません」
ファイルに大切にしまうと時計を見る、急いでももう便は無いだろうが何せ空港に向かうことにした。
「それではご協力に感謝致します」
◇
駅前広場には妙に体つきが良い青年がグループを作り点在していた。最高層が四階しかない建物の屋上から暫く観察する。約束の時間を過ぎても島が現れないため一組が解散して消えていった。
それでもわざと姿を見せずに一時間更に待たせる。結局残ったのはたったの五人しか居なかった。悠然と現れて声を掛けずに目で合図してレストランへと入る。
一番奥に陣取り皆がやってくるのを待つ。やがて一人、二人と同じテーブルに付く。軍曹が気をきかせて一人連れて別のテーブルに座った。
「遅れてすまなかった。何か言いたいことはあるかな」
――やはり軍曹に統括をさせるべきだな!
敢えて高飛車な態度をとってみる。だが一人がむっとしただけで他は無言である。
「いつでもご命令を」
軍曹が代表してそう一言だけ答えた。満足の意を示して書類を配る。
「飯を食いながらでも目を通してくれ。注文しないと店に迷惑だからな」
笑いながらメニューを開いてやる。少くとも短気は起こさないだろう兵が手に入った。署名入りの書類を回収する。あってもなくても構いはしないが、形を整えるのは大切なことである。
「これからは自宅待機を命じる。もしこちらが連絡をしたときに不在ならば契約を打ち切る」
そう言いながら現金が入った封筒を一人ずつに手渡す。受け取ればそこから契約が発効する。一人ずつ退席させて最後に軍曹を残した。
「軍曹、あと六人集めねばならない、出来るか?」
「同じ条件でしょうか?」
「将校ならば倍額出す。ただし、今の面々より劣る奴らは不要だ。上手く集められたら軍曹にボーナスを出そう」
以後は現地人を表に出すべきだと役割を振る。
「やらせてください。何人かは間違いなく連れてこられます」
「よし任せる。うちのボスは結果次第でイロをつけてくれる、上手いことやればもっと稼げるぞ」
最後までやる方が得だと刷り込んでやる。途中で投げ出されてはたまったものではない。儲かると言われて目を輝かせているうちは問題なかろうと、テーブルの支払いを片手に島も席を立った。
――次は武器の手配をしなければならんな。
町中にあるガンショップに足を踏み入れる。金網の先に居る店主が面白く無さそうな顔で睨み付けてきた。気にせずに並べられている商品に目を通す。
「店主。訓練用に一ダース単位で欲しいんだが、試しに撃たせてみてはくれるかね」
――十一人と俺の分だな。ここで一揃えしないと現地じゃ買い足しが出来ないと考えねば。
「構わんが別途料金はいただくよ」
買う気がある客だとわかって少しは店員らしく振る舞う。
「訓練でも実戦と同じ品を使わせるつもりだ、型は古くても制式採用されている品がいい」
「そりゃそうだ。訓練とはそういう意味だからな。ほれそこにあるヤツだが、未だに現役だよアジアあたりじゃな」
突撃銃を指差して説明する。作りが簡単で清掃も楽なタイプで、実績は抜群と言える。
「そいつが一ダース、軽機関銃が二挺、手榴弾が一カートン色付も混ぜて、拳銃で弾薬が共用の品が一ダース。RPG7はある?」
「あるにはあるが一基しかない。RPG2なら山ほどあるよ」
「なんとかRPG7を二基用意出来ないか、種類が違うと不都合だ」
追加で支払うからと食い下がる。
「わかった、同業から都合をつけよう」
「弾丸が二万発、RPGのはロケットが二ダース。銃剣が一ダース、ナイフ一ダース――」
「おいおい、戦争でもおっ始めるつもりかね」
電卓を弾きながらそう小言を挟むが非難するような口調ではない。端数は丸めたと数字を提示する。
「これは現地渡しの値段だろうね」
「まさか倉出しだよ」
引き渡しのコストについての鍔迫り合いが始まる。久々の大口のためか店主が机から身を乗り出して、金網に張り付きそうになる。
「隣国だが輸送費を折半はどうだ?」
「エチオピアじゃなかろうな」
「イエメンだよ。船で二時間とかからん」
陸路よりは安く済むだろうと後押しする。店主の眉がぴくぴくと急がしそうに動く、損得勘定をしているのだろう。
「良いだろう、だが現金で貰うぞ」
「もちろん。RPG7は頼むよ」
「ふん、売人を嘗めるなよ、必ず調達する」
手付けとして一割をその場で支払う。金さえ手にはいるならば後は野となれ山となれ、店主は満足であった。
◇
ロマノフスキーがホテルでベッドに入ろうとしたところで呼び出し音が聞こえてきた。発信元は公衆電話である。
「夜更けに感心なことだな」
「迅速正確が商売でしてね」
どうやら最早目標を発見したらしく少し興奮ぎみである。
「まさかこの時間から今晩はとは行けまいよ」
もうすぐ日付が変わろうかというところだ。
「そうかも知れませんが、電気はついているから在宅中のようで。もし明日不在になっても自分の責任じゃあありませんぜ」
「いや待てすぐにそちらに行く電話は繋げっぱなしにしていてくれ」
――居なくなる可能性があるか。だからとこんな真夜中に……いや一刻を争うかも知れんのに悠長に構えてられんぞ!
「報酬も持参でお願いしますぜ!」
プレトリアスの部屋を訪れ外出を急かすと、ホテル前に止まっているタクシーに乗り込む。
「詳しい場所を運転手に説明してくれ」
そう言ってから携帯を運転手に渡す。何やらやり取りをして頷いている。携帯を返されて車が発進した。暗い道を住宅街からやや離れた場所へ向かう。そのうち角にある郵便局で手を振る男が見えてきた。運転手に二十万ドン紙幣を渡して降りる。
「あれですよ旦那」
指差す先は確かにまだ電気が点いている。
「本人確認だ、行ってみよう」
人違いの可能性があるためすぐには報酬を渡さない。扉を叩いてエクスキューズミィと尋ねる。少しして人の気配が伝わってくるが訳がわからない言葉で何か言ってくる。
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