第124話

 酒場で明らかに一人だけ浮いているのを承知で、魅惑的な言葉を下準備なしに告げる。


「ちょっとした仕事があり人を集めている。危険承知で働けるやつが居たら、一人五十米ドルを支払う」


 何だ何だとざわつくが、五十米ドルと言えば一ヶ月は飢えずに済む大金だと、隣に座る者同士で顔を見合わせる。躊躇なく席を立って近付いてきた男が一人居た。


「自分はやります」


「よし、迷わず判断した行動力を買う。他には居ないか」


 金は欲しいが危険な内容による、等と質問をしてくるような奴は命令にも従わないだろうと却下した。カウンターに代金を置くと志願者三人を引き連れて酒場を出る。別の酒場へ移りテーブルを一つ埋めてビールを四つオーダーする。


「皆の職業、元で良いから聞かせてもらおう」


 一人は三十代で島と同程度、二人はまだ二十代前半だと目星をつける。体力面では期待できる年令である。家族も妻が居なければ無茶もするだろう。


「荷役でしたが不況で解雇されました。通商船が素通りしちまいましてね。その前は軍で二年兵役を一等兵で除隊です」


 若い一人がそう答える。もう一人も似たような経歴で、板金工だったが船が少なくて仕事が入らず失業だったそうだ。三十代の一番始めに志願した男が最後に答える。


「首都で軍曹をしてましたが母の看病のため除隊してきました。先日他界しましたが、軍は復帰を認めてくれませんでした。他に出来ることも無いため酒場通いです」


 ――こいつを使ってグループを編成だ!


 徴兵制の国はすべからく兵役を通るため、簡単な説明だけで武器を扱えるからありがたい。兵ではなく軍曹にまでなったならば、一通りの軍務を行えるだろう。


「アサド軍曹をチーフに任用する。俺もボスの指令で動いてる、第四独立部隊を呼称だ」


 若い島ではなく、背後に上が居ることにし、更に第四部隊にすることで仲間が他にいると思わせ、裏切りをさせ辛くしておく。単身ならば島を襲って金を奪おうと企むやつらも出てくるだろうから。


「タマーム。して隊長はどのようにお呼びしましょう?」


 早速自らの地位を固めようと代表して話を進めようとする。アリーとバクルは黙って聞いている。


「オーストラフ。ミエスーティブ・オーストラフ大尉だ」


 実行部隊らしく大尉を名乗る。オーストラフはロシア語の島、ミエスーティブは復讐者を意味する。アラブ社会ではまず意味が理解されることもあるまい。


「ナァム、オーストラフ大尉殿」


「目的はイエメンのムジャヒディーア、アイマン・ファラジュの殺害だ。もし引き返すなら今が最後だが」


 三人は特に反応を見せなかった。二人はキリスト教徒で、一人は信心深いとは言えないイスラム正教徒であった。


「良かろう。契約を行うので明日の朝○八○○、駅前にある店で会おう。朝食は俺の奢りだ」


 時間と場所を決めて解散する。島はというと七時前に来て辺りを観察し、三人が怪しい行動をとらないかを見極めるつもりでいた。同じ場所であまり派手にリクルート出来ないため、タクシーに乗ると離れた地域の酒場へとまた向かった。


 ――ふるいにかけて十二人目安の部隊を立ち上げるんだ。それだけいたらファラジュを殺す作戦が立てられるだろう。多すぎても少なすぎても支障が出てくるからな!


 ベトナム、ホー・チ・ミン市街地から北側に行った地域。ロマノフスキー少佐とプレトリアス少尉は、二人で北区行政所を探して回った。役所だけに場所は見付かったが、英語を使って人を探していることを説明しても、一切の情報を渡してくれなかった。


「北区だけでは広すぎるぞ!」


「住所まではわかりません。しかし、グエン・ホアンという姓がこんなに山ほどあるとは……」


 ベトナムはグエン王朝が栄えたことがあるため、ベトナム出身者がグエンを名乗ることが多かった。中国での阮がそれに当たる。三人に一人はグエンなのだ。頼みの綱のホアンもありふれたもので、いきなり二人は動きが止まってしまった。


「大使館で協力を仰ぐわけにもいかんな」


 人探しならば専門家に頼む。チュニジアでの教訓を思い出して少佐に告げる。


「人探し会社に発注してはいかがでしょう?」


「プロを雇うわけか! よしそれをやってみよう」


 市街地の中心部へ戻り、英語を理解するタクシーを捕まえて告げた。運転手はすぐに思い付かずに本社へ無線で問い合わせる。何軒かある探偵社の中からどんな専門が良いかを尋ねられて、人探しと答えると運転手が頷いて車を出した。


「目的地についても待機で頼むよ、メーターは倒しっぱなしで構わんから」


 ロマノフスキーが他にも利用してやろうと運転手を引き留めにかかる。金が貰えるならばと喜んでオーケーと答えた。


「調べておくことがあれば待ってるうちにやりますが?」


「程度が良いホテルと、旨い飯屋を調べといてくれ」


 十ドル札を一枚渡してやり二人で探偵社の扉を叩いた。何回か声をかけて待つと、うだつが上がらない中年男が現れて、ベトナム語であれこれと喋るが全く理解出来ない。


「英語は喋れんか?」


 頭を左右に振って理解してないと示す。仕方なく通訳を使おうと、レバノンへ電話をかけるよう少尉に国際番号を告げた。司令部には通っていたので今更教える必要もない。


「おやフランス語が通じますか?」


 つい番号をいつものようにフランス語で喋ってしまったのを聞いて男が反応する。少尉に電話を中止するよう仕草で示して頷く。


「はい、しかし何故フランス語を?」


「いえね、お婆ちゃん子だったんですよ。フランス植民地の頃に覚えたのを教えられまして。何か御用でしたか?」


 単純に客だと述べると、営業スマイルで事務所へと案内してくれた。雑然とした住み処である。およそ機能的や清潔とはかけ離れた場所に見える。


「人を探している。こちらでそのような仕事はしている?」


「ええもちろん。どのような依頼でしょうか」


 どうやら仕事にありつけそうだと口許がだらしなく緩む。いまいち信用出来ないが他に手がないために、ダメで元々と話を進める。


「グエン・ホアン・ニム。またはグエン=ダオ・ホアン・チュニョ、母子ですが探しています。正確にはその夫をですが」


「奥さんを探すのが依頼でしょうか、それとも旦那さん?」


 重要な部分だけにそこを確認する、見付けた相手が違うからと失敗にされたらたまったものではない。


「どちらでも。一緒に暮らしているはずですが、片方だけ見付かればそれで達成したと見なします」


「旦那の名前は?」


「恐らくはダオ、またはイーリヤ、島と名乗っているはず」


 いくつも並べられて何かを聞くと、全て同じだと言われて偽名を使う外国人とのイメージで受け止める。


「なるほど、ならば奥さんを探すのが早いでしょう。何か他に情報は?」


「北区行政所に今年災害備蓄としてアルジャジーラ名で寄付をしている。一応受け取りはグエン・ホアン宛だったはずだ」


 そこまで言うと男は喜色を浮かべた。最早答えは目の前だとばかりに。


「わかりました、それで結構です。してお代ですが、前金で二百万ドン、成功報酬でもう二百万ドンでいかがでしょう?」


 かなり吹っ掛けての数字であるのは確かである。しかし少佐はドルで考えたらさして費用が嵩むわけでもないので即決で依頼を行った。


「それで頼むよ。二十四時間以内ならばもう百万ドン乗せよう」


 ボーナス提示をされて時計を見る、急げばまだ役所に人がいるかも知れない為に立ち上がる。

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