第130話
そうは言ってもアメリカ船籍の数隻がアデン港で襲撃された際には、テロリストどもを追撃もせずに見逃したりしていた。
「少し見方を変えます。イエメン軍はテロリストにどのように対応を?」
――どこかで取引があるのか、それとも丸ごと手下なのかわからんなこれは。
「私は治安維持省で警察が管轄でして。軍の担当を紹介いたしましょう」
「よろしく頼むよ。テロリストが居るだけで外国人からの印象が悪くなるからね、必ず排除すべきだ」
アイルランド然り、パキスタン然り、コロンビアもだと実名をあげると課長は大きく頷いた、同じようなイメージを持っていたらしい。
マグレブのやや前だがあたりは妙に明るい。時刻と現実が噛み合わない感覚に襲われた。軍の担当が中央政庁にとやってくる、意外と年いった人物である。ロマノフスキーの眼前に進み出ると背筋を伸ばして敬礼する。
「イエメン軍対テロリスト担当ウマル大尉であります」
「ニカラグア軍テロリスト対策室長ロマノフスキー少佐だ」
明らかに耳だけで覚えたものとは違う、正確な文法や発音のアラビア語なことに驚く。
――この少佐といい、あのオーストラフとかいうアジアンといい、学校で習うような喋り方をするな!
外交員とは違い、大抵はアラビア語に馴染んで言葉を覚える。繰り返し聞くわけだから口語が殆どだ。ところが文語を自然と形式に当てはめて会話するということは、よほど丁寧な人物か教科書から修得したとみて間違いない。
「軍より可能な限り協力関係を築くように指示されております。どうぞ何なりとお申し付け下さい」
「押し掛けたのはこちらからだ、よろしく頼むよ」
簡単な挨拶のみを交わして早速本題に入る。治安維持省からの資料を示して意見を求めた。
「国内のテロリストで軍が一番厄介に思っているのはどの組織かね」
いずれかの質問の答えがムジャヒディーアになるまでこれを繰り返すつもりである。理由など後からつけてしまえばそれで良い。
「第三国に悪印象を与えるムジャヒディーアが一番でしょう。他はアメリカのみであったり、国内の活動だけです」
「ではムジャヒディーアを壊滅させる手段について、今後は基本この内容を論じようじゃないか」
すんなりと名前が出てきた為に、内心手をあげて喜ぶ。
「資料にある規模や指導者についてだが、軍も同じ見解?」
縦割り行政の弊害がちらほら見掛けられる。それだけでなく、勢力争いの関係も考慮しなければならない。
「規模はもう少し大きいでしょう、この数は幹部構成員だけで末端構成員が入っていません」
「過小評価のしすぎは兵力不足を招く恐れがある、最大で百五十人規模と見込みを修正しておこう。して奴等の勢力圏が南イエメンの都市部一帯か」
――すると百人を越えるか! 早くボスを見付けなければ危険だ。
島に教えた都市の点だけでなく、実際に拠点があるだろう場所の周辺にも斜線が引かれていたりと、より詳しく表現されている。
「はい、そのように。本拠は不明ですが、都市の近くにあるはずです」
「それを調査させよう。大尉が使える人数は?」
指揮下にいる人数によっては正面から戦いを挑めない可能性もあった。
「前後併せて六十人余ですが、戦闘員は半数で残りは諜報や事務の自由にならない者です」
「充分だ、相手はたかがテロリスト風情だよ。何か特別に注意はあったかな」
その組織によるローカルルールなどが無いかを確認する。本来はロマノフスキーから詳細を尋ねるべきであるが。
「外国人グループがテロリストを狙って入国していると噂が」
意図したとは違う答えが返ってきて興味をひかれる。
「テロリストを狙うとは?」
――そいつはもしかして?
「何者かに雇われた、傭兵の可能性が」
何の得にもならないのにテロリストに近寄るわけがない。傭兵とは妥当なところだろう。
「確実な部分を。大尉が見立てるだけでなく、裏がとれている内容はどれだね」
「憶測の域をでません。テロリストを狙う連中がいると電話で何度か密告らしきことが」
「電話の発信元は?」
「海外の為にはっきりしません」
「まあテロリストがどんな被害を受けようと問題ないからな。市街地で交戦でもされたらかなわないが」
――外国からわざわざいたずらするでは意味がわからんな。つまりは事実を軍に知らせたかった? では何故だ、そして誰が。
事実テロリストを攻撃するなら暖かく見守ってやりたいくらいである。
「最近の外国人入国者のうち、四日以上出国がない滞在者を注意させています」
「短期ならば除外は適当だな。前々からの工作員は目を瞑るとして、怪しい人物は居たかね」
もしかしたらとの淡い期待をする。もちろん島は通常の入国をしていないので公的なリストには名前がない。
「名前が出た者は皆が白だと確信しました」
何か引っ掛かる物言いである。独特の表現というものではなく、意識的に何かを避けたような感じだ。
「大尉、何か気になる者が居たのだね」
「はっ――名前が国内滞在者リストに無い外国人が居りまして。密入国してきた傭兵かもと考えましたが、確証はありません」
名前が無いのにリストで照会をしたとはどういう意味だろうか、幾つか状況を想定してみる。
「リストに該当しなかった、何者だね」
「それが、アジアンのくせにオーストラフと名乗るビジネスマンでして」
――オーストラフだと!? ロシア語で島じゃないか、間違いないぞこれは!
すぐにあれこれ問いただしたいが、内心を気取られまいと無関心を装う。
「警察だけでなく軍にも注意を呼び掛けておくべきだろうな。市街地での戦いにならないようにと。どこの街だったんだね、その外国人が居たのは」
地図で勢力圏を確認する振りをして主題をぼかす。大尉がモカ港です、と指を指して答える。斜線が薄くかかれており、他の地域よりは活動が少ないらしい。
「大尉、参考になった。一旦本国に報告させてもらおう、イエメン政府と軍は積極的にテロリストと対決する姿勢が顕著だと」
――紅海側だ、エリトリアから渡ったのは間違いないぞ! すると船で密入国して、手勢と武器を準備か。そうなれば後は足だな。
満足の意を示して話を終わりにする。少佐も国に来てすぐで時差などもあり疲れたのだろう、とウマル大尉もすんなり送り出した。中央政庁を離れてサナアのホテルに入る。ロビーにある椅子に腰掛け、近くに誰もいないのを確認すると携帯電話を取り出す。
「少尉、俺だ」
真っ先にかけたのはプレトリアスであった。
「ボスはオーストラフと名乗り、数名の手下と共にモカ港に居た。プレトリアス軍曹らを少尉の指揮下に戻す、必ずボスを見付けて守り抜け!」
「ダコール。命に替えても遂行致します」
「いや待て、それはいかんぞ。ボスを守ってお前も生き残れ、命令だ」
昔に島から言われた言葉を思い出して、一瞬だが記憶がフラッシュバックした。
「そちらも了解しました」
――この人たちは根本的な部分で繋がっているのだな。
回線を切るや否やすぐに次に繋げる。
「マリー、ボスはモカ港だ。武装を整えいつでも戦闘可能な準備を行っておけ。万一に備えて医者の確保もしておくんだ」
「わかりました。もしボスが軍と交戦していたら?」
「構うものか加勢するんだ、責任は俺が取る! プレトリアス少尉も港に向かわせている、統括を」
「了解!」
現地に居る手勢を集めて支援態勢に移行させる。本当に軍と戦うようなら外国の軍艦なり、領事館なりに駆け込ませようと考えておく。未だマニラにいるはずの先任上級曹長を呼び出す。
「俺だ、二人ともサナアに飛べ、合流する」
「ダコール」
いつもながら先任上級曹長には何の説明も詳細な指示も不要である。最後に単独で動いているコロラド曹長に連絡する。
「俺だ、何かわかったか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます