第118話
時間には余裕をもって出てきているため、事故被害者の安否を確認しようとする。マクミラーが後部座席を降りてワゴンに向かおうとすると、道路の後方からジープが一台やってきて、セダンに近づいて行く。目の前のワゴンと、道路中央に止まっている車からも覆面をした男たちが降りてきた。
――いかん、これは罠だ!
中尉はセダンにかけて行き運転手に向かい大声をあげる。
「すぐに車を出して逃げてください、敵襲です!」
後部座席からガンヌーシーが声をかける。
「君も乗るんだ」
「運転手、すぐに出せ!」
自らは駆けてくる暴漢らしき集団の正面に向かって行き、先頭に居る男を殴り倒す。後方からきたジープがセダンの後部にぶつかり衝撃を与える、同時にアクセルを踏んだため派手に回転して、道路脇の建物にぶつかり停車してしまう。
運転手が気絶し、割れた窓ガラスで傷を負って血を流している。後部座席にいたガンヌーシーは二度三度頭を振って意識を呼び起こす。マクミラーが「お逃げ下さい!」と叫んでいるのが耳に入った。
歪んだドアは軽く押すと全開になり、あちこちと痛む体に喝を入れて路地にと逃げ込もうとする。逃がすまいと手に鉄パイプを持った、ジープの覆面が後を追って行く。
ガンヌーシーの援護をしに行きたかったが、マクミラーを囲んで四人の暴漢が襲いかかってくる為、自らも危機に直面していた。背中を強か打ち付けられてしまい息が肺から飛び出す、咳き込みながら目の前の男に体当りをして振り返る。すると衝突したジープの後ろから更に別の奴らが駆けてくるではないか。
――敵が多すぎる! ガンヌーシー様!
近寄る五人のうち二人がマクミラーの側に、三人が路地にと向かった。倒れた男が持っていた鉄パイプを拾って構える、一対三が一対五にならないうちに一人でも多く片付けなければならない。
その焦りが攻撃を雑に大振りさせてしまった。空振りの勢いを殺しきれずに重心がぶれる、そこに横の覆面が気合い一閃打撃を叩き込む! が、駈けてきた男が足を伸ばして鉄パイプを軍靴の裏で受け止めた。その勢いでタックルをかけ体重を乗せると派手に転がっていった。
「お楽しみに自分も混ぜていただけますかね」
「あなたは?」
「しがない通行人ですよっ!」
はぁはぁはぁはぁ。ガンヌーシーは息を切らせながら少しでも遠くに逃げようと走った。だが老人の全力と青年のそれでは全く勝負にならない。覆面をしているため人相がわからない男が路地の行き止まりへと追い込む。逃げ場がなくなり壁を背にしたガンヌーシーが詰問する。
「ムスリム同胞団の刺客か」
「さあな、自分の胸にきいてみるといい」
最早詰んだと優越感に浸りながら怯える老人を冷ややかな目で見下す。七人もの暴漢が集まり、たった一人の獲物をにやにやとねめつける。
「こんなことをしても国は良くならないぞ」
「それは俺が考えることじゃない。アッラーアクバル」
覆面をしているのに笑ったのがわかった。原理主義者に説得は効かない。自らも長く関わってきた集団なので、洗脳による効果が覆ることはないのを理解していた。
鉄パイプをしごいて一歩前に出る。ガンヌーシーは観念したのか、アッラーアクバル、アッラーアクバルと繰り返している。インシュアッラーと、アッラーの思し召しのままに。
振り上げたパイプが陽光に輝いたその時、握り拳ほどの石が覆面男の背中に直撃して、悲痛な叫びと共に転げ回る。男たちが振り返るや否や真っ先に二人が殴り飛ばされた。黒人がその場を突っ切ってガンヌーシーの前に立ちはだかる。
「初めましてご老人、ご安心下さい」
「なぜプレトリアス君がここに?」
名前を言われて少し驚き、すぐに答えが思い浮かんだ為納得する。
「それはきっと族兄(あに)でしょう」
暴漢の真ん中に足を止めたロマノフスキーは六人を次から次へと叩きのめす。一斉に打ち掛かってもかすりもしないので、覆面達に動揺が走る。
「ジン!」
悪鬼とアラビア語で叫び攻撃をするが、近接戦闘で無敵と島に言われた大尉の動きは伊達ではない。ブッフバルト曹長は、投石をした後に出番が無いのに驚いていた。彼は大尉が格闘する姿を初めて目にしたのだ。
「これがボスの右腕ってわけか、たまらんな」
逃げだそうとする覆面を遮り拳を振り抜く。その場で脳震盪を起こしてノックアウトしてしまう。戦意をあらかた失った敵にも容赦はなかった。体のいずこかの骨が数本ずつ折れてしまっただろう。
曹長が歩みよると大尉が「ナイススローだ」、と誉めて「功績は七分の一ですがね」そう肩を竦める。三人がガンヌーシーの前に並ぶとロマノフスキーが代表して声をかける。
「壮絶な通行人でして。まあそう言うことでご勘弁を」
「はっはっはっ。通行人か、そりゃ良い。アメリカ軍の休暇組なわけじゃな」
「少々違いますが、大体はそんなところです」
ややこしくなるため、まずは場を変えましょうと勧めると、ガンヌーシーも二つ返事で応じた。
「そうじゃ、マクミラー君が!」
「ま、あちらも無事ですよきっと」
ことなげにそう言うロマノフスキーを、彼はじっと見詰めてしまった。通りに戻るとアフマドに肩を借りて歩くマクミラーが目に入った。マリー少尉が動かなくなった暴漢を軽く爪先で小突いている。
「おい殺しちゃいないだろうな。お前は手加減というものを知らんのか」
三人がロマノフスキーを一斉に見て、そんな台詞をよくぞ言ったものだと呆れる。
「軽く遊んでやっただけですよ、すぐのびちまいやがった」
「ガンヌーシー様、ご無事で! ――おや、プレトリアスさん?」
「族兄がお世話になっています」
状況を理解したために即座にそう切り返す。マクミラーが無理矢理納得する。どうあれ、そう言うならばそうしようと。
「警察は秘書を一人残しますので彼に」
「アフマド、通行人として都合をつけろ。お前も残れ」
アラブ人の為、面々では適当だろうとそう命じる。ロマノフスキーらが乗ってきた車に分乗してその場を離れた。もう一人の秘書が交流参加を中止するかを尋ねる。
「それは参加をする。お前は皆さま方をおもてなししていなさい」
「いえ自分達には気を使う必要はありません。どうぞこの件はお忘れになって下さい」
ロマノフスキーが何故かすっきりした顔でお断りする。
「しかし助けていただいてそれまでとは――」
「ボスによくやったと言ってもらえたらそれで結構。さあ近くにまできました、横付けしたら不審に思われますのでここからは歩きでどうぞ」
ボスと喋った時にガンヌーシーが誰を思い浮かべたか、近い未来に明らかになる。制憲議会。通常国会は現在その機能を大きく制限されて、憲法の成立を待っていた。今日も議題に対して質疑応答の形がとられている。
国会の議席にほぼ比例して席次を占めている議会である。誰も過半数を保持していないせいで、何度となく議論は紛糾していた。四次修正案が評決されたが、過半数を得られないため再度の調整が予定される。
議会場の控え室で党の幹部が結果を待っていたが、また流れたと聞かされてため息をつく。その場で解散を宣言して、ガンヌーシーは一旦自宅へと戻る。
車を走らせると門前にスーツ姿の男が二人立っていた。マクミラーが警戒を呼び掛けて、一人車から降りて近付き安堵する。車に戻りガンヌーシーに来客だと告げた。
「島さんです。大切なお話があるとか」
名前を聞いて、来るべき時がきたと頷く。門の前で下車して二人を歓迎すると挨拶を交わすと自宅へと招き入れる。
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