第119話
マクミラーがプレトリアスを然り気無く観察したが、あれが本人なのかどうなのか、確信を持つことは出来なかった。
「突然押し掛けて申し訳ございません」
椅子にかけたまま頭を垂れる。少し遅れてプレトリアスも真似る。
「構いません。いつかいらっしゃるだろうとわかっておりました」
紅茶を二人に勧めて、楽にどうぞと声をかける。
「自分は――自分はアメリカ軍の主任参謀イーリヤ中佐です。本日はガンヌーシー氏に一つの提案があり参りました」
媚びるわけでも凄むわけでもない。ただ真剣に告げる。
「お話の前に私からお礼を述べさせて下さい。二度までも身の危険を阻んでいただき、真にありがとうございます」
二人が丁寧に頭を下げ謝意を表した。
「何のことでしょうか」
「暴漢、いえ刺客に襲われていたところを通行人に助けていただきました。あれはイーリヤ中佐が配していただいた者達ですね」
「チュニジアの大地が見せた幻でしょう。自分は何もしていませんよ」
そう言って紅茶に口をつける。ガンヌーシーは小さく三度頷いた。
「――大切なお話、拝聴いたしましょう。盗聴の類いはご心配なく、専門の方にチェックしていただいております」
「アメリカはチュニジアが民主化され、国民一人一人が判断して暮らしていくのを望んでいます」
「その点は私も同じ考えです。その為に憲法を制定しようと意見を出しあっているところ」
「イスラム民主主義社会、目指すところに違いはないと確信を持っております。それはチュニジア国民からも支持をされるでしょう」
事実ベン=アリ大統領の独裁を打ち破ったのは国民らの動きが中心で、外国や軍、政治家らの働きではない。
「ですが……原理主義者が政権を担うのを国民は恐れています。政策が逆行しても時代は元に戻ることはありません」
「彼らには私からしっかりとお話をして、チュニジアの為にならないことをしないようにさせます」
「ではあなたが暗殺されてしまえばどうなるのでしょうか? アンナフダ党が政権を持ち、大統領を擁してしまったら」
襲われた事実があるために何ともすぐに切り返すことが出来ないでいる。
「私もジバーリー首相も大統領候補にはなりませんのでご安心を」
行政権を小さくして、全体を視野に収める方針だと説明する。
「大統領が与党でなければ今のように混迷します。我々は大統領が与党であり、アンナフダ党ではなく、民主主義を掲げるのを望んでおります」
場に沈黙が訪れる、その組み合わせがどうなれば満たされるかを思案する。かなりの多党連立になり、大統領に至っては民主主義を掲げて活動している人物が浮かんでこない。いても数名だけの党の代表なのだ。
「かなり難しいお話だと考えますが、その意図がどのあたりにあるのか教えていただきたいです」
「チュニジア軍は現在の大統領に不信感を抱いており十全の機能を果たしておりません、アンナフダ党にも好感を抱いておりません。提案いたします。あなたが新党を結成しアンナフダ党を割って民主化を掲げて大統領候補になっていただきたい」
ガンヌーシーは大きく息を吸いゆっくりと時間をかけて吐き出す。
「幾つかの問題点をお話させていただきましょう。連立与党をとのお話ですが、アンナフダ党なくしてその議席は揃いません」
「元立憲民主連合の議員を取りまとめております。それらが支持するでしょう。それとエタカトル党が協力を約束しています」
話が事実ならばガンヌーシーは自身の支持者を引き連れてゆけば充分な数になると、一先ず疑問を解決させる。
「大統領が議会の解散を命じます」
「先程も申したように過半数を得ることが出来ます。大統領は緊急動議で解職されます」
議会に参加をしていなかった為に議長がすぐには浮かばなかったが、そう指摘されると連立与党の側に入っていた。
「元立憲民主連合の議員らが連立の中で素直にまとまるのは困難でしょう」
「これは自分が断言すべき内容ではありませんが、議員らはすべからくチュニジアの為にと議席を持っているのではありませんか?」
「――それは……違いない」
大統領が指名する議席も確かにあるが、各分野の専門家が了承して引きう受けている。子飼いの部下を混ぜるにしても数は多くない。
「ですが私は長くはありません。次の世代の者が立つべきでしょう」
大筋に理解を示してはくれるが、最後に未来を重視すべきだと固辞してしまう。自身でも大統領候補が見当たらなかったというのに、それでも尚うんと言わない。
「未来は大切です、しかしよく考えてください。チュニジアは今あなたを必要としています、この転換期を逃したら、次がいつ来るのかわかりません」
眉を潜めて苦言を黙って耳に入れる。何があったのかは知らないが納得いかないようだ。
「自分は以前に教えられました。革命は案外容易い、問題はその先をどうするか、だと」
「……どなたのお言葉でしょうか?」
「ニカラグアのパストラ首相です。彼はサンディニスタ政権を産み出して後悔していました、こんなことになるなんて思わなかったと。二十年の時を隔てて現在ようやくスタートラインにたったばかりです」
王家から国を奪った民衆、それなのに国を追われた大統領、国内の革命、後に産まれた腐敗政権。似すぎるほどに似ていた。そんな悔しい想いをした人物の無念が伝わってくる言葉である。
「この正念場であなたはチュニジアを見捨てるおつもりですか?」
「見捨てなどしません! 私は……この国の為に在るのですから」
少しばかり語気を荒くして否定する。侮辱されたのがきっと交渉の一端だろうとわかりながらも許せなかった。
「そうですあなたはチュニジアの為に在ります。かつてチュニジアを捨てないでと言われて、亡命生活を続けたように」
「何故中佐がそれを!?」
その質問に答えずに島が続ける。
「国民があなたを必要としています。手術を乗り越えた少年が、カルタゴ大学で国を富ませる為にと勉学に励んでいます。彼もまたチュニジアの発展と平和を望んでおります」
便箋を一通差し出す。氏がそれを手にして目を通した、一言も漏らすまいとじっくり。ガンヌーシーは目を閉じて拳を握り締める。全てを話し合いのみで進めようと誓った、だがその誓いが何のためであったかを今ようやく思い出した。
「私には――もう二十年もの時間はありません。ですが一年でも二年でも、体力が続く限りチュニジアの為に尽くしましょう」
「これから先はもう我等の出る幕はありません。全てはチュニジアの民が自ら決めること」
島が手を差し出す。ガンヌーシーがそれを迎えた。
「して元立憲民主連合の面々をどなたが?」
「カルタゴ大学のトゥラー教授です」
「承知しました。私はこれから二日、議会が始まるまで睡眠が難しくなるでしょうね」
笑みを交わして、島はガンヌーシーの邸宅を後にした。軽空母ランスロット。全ての工作を終えて会議室に首脳が集まっている。ただ一人、トゥラー教授を除いて。落ち着いているような素振りではあるが、皆が結果に期待と不安を抱いていた。
「中佐、アンナフダ党の議員が数名行方不明らしいな」
まるで他人事のようにジョンソンが話し掛ける。
「そのようですね。きっとメッカへ巡礼にでも出掛けたのでしょう」
テイラー准将がブロンズ大佐と視線を絡ませて肩を竦める。チュニスからはまだ連絡がこない、こないからには緊急事態が起きていないのだろう。
「チュニジア軍は結局五人しか逮捕しませんでしたね」
リベラ少佐は数が少ないと指摘する。叩けば埃が出るのはいくらでもいるだろうが。
「あまり多すぎても諸外国が過敏になるだけ。きっとそう考えたのだろうさ」
タバコをふかしてブロンズが感想を述べる。確かに五人が五十にでもなれば別の事件が発生する。
「長くとも一両日には全てわかるよ。一先ずは皆ご苦労だった」
テイラーが軽く敬礼する。全員がそれに応じた。カイロ時事通信のキャスターがニュースを報道している。
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