第115話

「よかろう。現時点を以て方針を変更する。アンナフダ党を割っての協調を模索するんだ!」


「アイサー。最後に笑うのはアメリカです、自分がお約束致します」


 ジョンソン大佐の命令でランスロットの参謀室に要員が急遽召集される。チュニスに居たトゥラー教授も、たったの二時間で空からやってきた。着席を確認し大佐自ら口火を切る。


「ご苦労。命令が下った。これより我等はチュニジアの議会で多数派工作を行う」


 今さら何をとの顔があったが大佐がそのまま続ける。


「教授には新規立ち上げの党勢を統括して議会工作の調整を行っていただきたい」


「構わんよ。だがまだ過半数には足らないがな」


 やっているうちに増える人数もあるが不足だと訴える。それを受けてリベラにと視線を向ける。


「リベラ少佐、エタカトル党首ジャアフルに接触して取引を行え。第三国での市民権付与と、チュニジアへ仕事の斡旋を奴を通して行うと約束してやるんだ」


「了解しました。素振りを見せぬよう秘密裡に」


 なるほどとトゥラー教授が小さく頷く。買収は何時の時代でも有効である、特にジャアフルのような小者には。これが成功したなら増加を見込んで概ね過半数がちらついてくる、そのように大勢を読む。


「イーリヤ中佐。ガンヌーシーを引き込みアンナフダ党を割れ。原理主義者を孤立させて捩じ伏せるんだ、手段は問わん、アレも使うんだ」


 ガンヌーシーと聞いて皆が驚く、そしてトゥラー教授はその後に愉快そうな顔になった。成功失敗ではなく、夢想しただけで終わると思っていた手段が実行される、ただそれだけで愉快なのだ。


「やりましょう、そのために自分はここに在るのですから」


 他でもない自らが提出した方策である、答えなど決まっていた。


「議会の日程を固定する。そこから逆算して行動せよ。質問はあるか?」


 大佐が一人ずつに視線を送って確認してゆく。皆が首を横に振った。国の将来を左右する作戦が艦内の小さな密室で始まった。結果は蓋を開けてみるまで誰にもわからない――。部屋を出て島はプレトリアスにいつものように告げる。


「ロンドンに向かうぞ」


「ヤ」


 短くアフリカーンス語で、はいと答えて後ろについてゆく。気迫に満ちた背を嬉しそうに見詰めて、どのような展開が待ち受けているか期待するのであった。


 内務の総本山になるまでにはまだまだ数年要するであろう、首相執務区画の中央。大統領から移譲されている地方行政一般と、都市を除いた日常の運営。ジバーリー首相は党務の傍らに首相をしているのか、その逆なのかわからずにいた。何故自分がこうまで報われないのか、釈然としない不満がふつふつと沸いてくる。


 ――ガンヌーシーがいかんのだ、奴が居るから俺の計算が狂うのだ!


 怒りの矛先はいつもそこに向かっていた。自らが育て上げたアンナフダ党を、横から奪っていったのが余程気に入らないらしい。本人は気付いていないが、そのようなところが人気を集めない面だと言うことを。


 報告書に目を通す。国境警備警察からのもので、トゥルーズ南西でテロリストと何者かが交戦したと知らせてきていた。


 ――警察でもチュニジア軍でもなければアメリカに決まっているだろう!


 テロが成功しても困るが阻止した存在が不明なのも気に入らない。そのくせチュニスでは大使館が、しかもよりによってアメリカ大使館が対象になり、警察警備が自爆を止めることが出来なかった。


 政府閣僚を飛び越えて大統領に直接話を捩じ込んできた。結果、アメリカは大使館の安全を得るためにと、軍をチュニスに派遣してきた。大統領が政府に対して抗議を受けないようにするため取引に応じたわけである。


 筆頭閣僚である首相を無視しての決定にも頭に来るが、アメリカのやり方もそれ以上に神経に触った。政府への報告書に次いで党へのそれを処理する。幾つか決裁したところで興味をひく一枚を見付けた。


 ――ガンヌーシーの暗殺計画らしきを発見しただと!? こいつはここで握り潰さねばならんぞ!


 報告責任者を確認して詳細を追加で行うように命じる、それも口頭で。ライターで報告書に火をつけると灰皿にと放る。すぐに燃えてしまい灰だけが燻る。


 責任者は党幹事の者で、次の世代の中心を担う数人のうちの一人であった。彼はジバーリーの前で改めて報告を行うと、求める結果が何かを暗に諭されて了解する。これによりもし党首が命を落とせば彼を引き上げるとの条件で、情報を闇の中へ置き忘れてくることに同意したのだ。


 陰鬱な執務を終えて帰宅したはずのジバーリー、夫人はいつもと違う夫に首を傾げていた。イギリスはヒースロー空港。世界有数の巨大空港に下り立つと空港内鉄道を使い移動する。


「これは広いですね、どこまで続いてるのでしょう」


「空港が一つの街みたいなものだからな。とはいえ実は俺も来たのは今回が初めてさ」


 ありとあらゆる人種がいるように見える。年間にしたらどれだけの人間がここを利用するのだろうか。タクシーが並んでいる一角が大分先に見えた。そちらに行こうとすると声をかけられる。


「ミスター、こちらにもタクシーがあるからどうですか」


 ゆっくりした英語で喋るのは四十後半位の冴えない見た目の男だった。言葉が通じるかはわからなかったが手当たり次第といった感じがある。


「ロンドン新聞社までは幾ら位だい?」

 ――客引きだな、潜りだろう。だがそれは金次第で色々引き受けるやつと言うことだ。何かに利用出来ないだろうか?


「中心街は渋滞が酷いから百ユーロはしますよ」


「ちょうどいい、じゃあ頼むよ」

 ――前に空港から市街地まで乗ったらユーロ札一枚でチップも含めて適当だと聞いたな。多少のぼったくりは目を閉じてやろう。


「ありがとうございます、ミスター」


 客が釣れたと喜色を浮かべた男は、一般駐車場へと先導する。空港レーンでの営業許可を得ていないのだろう。かといってそんな古い車ではなく手入れは行き届いていた、


「個人営業ですか?」


「はい、この不況で仕事がなくて。幸い車を持っていたのでタクシーの運転手ですよ」


 イギリスに限らず大都市の労働者は、アジア方面や後進の低賃金労働者に席を追われてしまいがちである。風采が上がらないこの運転手が何をしていたのかはわからないが、きっとそのような感じの背景を持っているのだろう。


「これからはインドやアフリカ方面だろうね。あとは南アメリカ」


「そうでしょうね。それらはこれから経済発展の見込みがある。先進国は維持も困難な時代になるでしょう」


 中国はその国家体質が災いして伸び悩むだろうとの見通しは意見を共にした。


「失礼ですが以前はどのようなお仕事を?」


 何となく気になり尋ねてみた。


「鉱石の営業マンだったんですが、今一つ売れ行きが悪くて……」


「鉱石? 貴金属の類いですか?」


 ぴんとこなくて再度質問をする。鉱石といっても幅広く、レアアースの類いもダイアモンドも鉄も範囲になる。


「何でもですよ。こう見えても現物の目利きは自信があるんですがね」


「でも売ることが出来なかった――」


「買い付けや加工の管理ならば経験がありましたが、何せ会社は売れとの一点張りでして」


 ――技術者だったのか。簡単な加工を若手の外国人にやらせて、給与の高い人間は退職に追い込むために営業にまわしたのか。


 気の毒な話ではあるが、資本主義とは儲けを出すのが目的だと言ってしまえばそれまで。機械が普及したら職人が溢れてしまうのも歴史の一つになる。目的地に到着したと告げられる。


「私はイーリヤです。滞在中にまた利用させてもらいます」


「マッカランです、ミスターイーリヤ。これをどうぞ」


 名刺を渡されて笑顔で握手を交わした。

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