第114話

 電話を切って明細を思い起こす。


 ――うーん、あの時に示された単位はダースだったのか?


 ラオス経由の品物が物凄く安く手に入ると知り改めて物価の違いに驚く。無事に品が届いた部分は評価したいところだ。


 ――あの周辺で作戦するときには利用出来るかも知れないな。


 簡単な実地試験が終わったと答えを出しておく。港からオルシリまでを歩くことにする。ナポリでの会話はまだまだ理解しづらいが、主張に関しては解釈をしやすい単語が何と無く身に付いてきた感じがあった。アフリカーンス語も簡単なやり取り、小学生が喋る位にはなったとプレトリアスに評価をもらった。


 ――俺はどこに向かってるんだろうな。


 真っ昼間のカフェテリアには少数だが客が居た。これから出掛けようとしているのかスーツ姿の男性が目についた。


 ――いやあれはサボっているだけなんだろうな。


 角のテーブルに腰を掛けた島は今後の流れを考える。プレトリアスは隣のテーブルに座ってあたりを警戒する、最早この形がお定まりとすら思えるほどに常態化している。アル=ハシム中佐がラフな格好で現れ島のテーブルに同席する。


「ボンジョルノ」

「チャオ」


 島が迎えて片手を上げアル=ハシムが応じる。おやっと思ったが、スペイン語のチャオは別れの言葉で、イタリア語のそれは軽い挨拶だったと感覚を修正した。


「いつも呼び立てて申し訳ないです」


「なに気にすることはない、お互いこれが仕事だよ」


 指をパチンとならして黒服を呼ぶと、カプチーノと小気味良くオーダーする。


 ――ナイスミドルとは彼のことだな。


 紳士が休日にちょっと散歩を楽しんでいたかのような雰囲気がある。とても国の大事を打ち合わせるようなテーブルには見えないだろう。


「二つの危機は去ったと言えるね」


 イスラミーアと共産党のことについてだと解釈した。そのうち共産党については軍部の転任を担当していたため、彼の苦労も認められた。


「これでようやく本番の舞台に辿り着いたようなものでしょうか」


「最後まで敗けは許されないな」


 一つ敗ければそこで終了する、最終勝者は全戦全勝でなければならない、こと複数が相手ならば。


「排除の件ですが、反応はどうでしょうか?」


 前回保留になっていた部分を確認する。もし答えが出ていないならばスケジュールとして間に合わない可能性がまた首をもたげてくる。


「それについてだが、君はニュースを見ただろうか」


「あのインタビューでしょうか?」


 ガンヌーシーの対談と確信があったがそう確かめておく。代名詞が多かったり、曖昧にぼかして会話をしていると間違いかねない。パイロットの指示と整備員の解釈の相違で、燃料が足らずあわや海に墜落との事故が起きそうになったことがあったりもした。飛行機でも大事なのに国が沈んではたまったものではない。


「うむ。氏があそこまで強気に公言するとは予想しなかった」


「彼とその次席が不出馬だとしたら、誰が当選すると考えますか?」


 目を閉じて面々を思い浮かべる。現職が解職され、最大政党が外れ、手下のような政党は避ける。共産党を消してしまうと全く芽がなくなってしまった。そうなれば旧来の立憲民主連合の組織票かと考えるも政党として活動は無い。


「ここ一番の押しが弱いものだ。それでは魅力的な候補者が居ない」


「氏は原理主義者が外れてしまえば案外理想的な存在です。ところが本人は啓蒙させようとはしても強硬な措置はとりません。誰かがその役目を果たす必要があるでしょう」


 それは島なりの答えであった、正解かは誰にもわからない。本人の意思を軽んじるばかりでなく、現在進行させているアメリカ軍の方針とも異なる。


「我々は……嫌疑が確定した者のみを拘置するが、疑惑のままはっきりと答えが出せない者は対象から外すことにしたよ」


「そのように伝えます。もし――貴殿方以外がその役割を行った時、静観の構えをとるのでしょうか?」

 ――テイラー准将はがっかりするだろうな、だが誤認ではすまされない、慎重な態度を責めるわけにはいかないぞ。


 際どい質問である。一つ間違えば他国の侵略を黙ってみていたことになりかねない。想定された流れに用意してあった回答を明かす。


「それとわかる行動が国内で通報されれば規定に従い保護のため出ざるをえない。としか言えません」


 目でサインを送る、暗躍する分には積極的に関わることはないと。


「盗賊の類いは警察の範疇と?」


「明確な他国の勢力、または武装テロリストでなければ軍は出動しません。通常の治安維持は警察が管轄します」


 完全に受身の答えのみを発する、聞き出せるうちに聞く必要があった。軍でも派閥があり、アメリカにあまり情報を渡したくない者達が制限をかけてきたのだろう。


「軍事政権は可能性がある?」


「主流派にその意思はありません。仮に一部の反動分子が暴挙に出ても半日と首が繋がっていないでしょう」


「もし、立憲民主連合が復活して政権を握っても軍は従う?」

 ――存在の否定はしないわけか、だがそいつらはチュニジア軍に何とかしてもらおう。


「国民が選んだならば」


 マナグアでの厳しい戦いを思い出した島は大胆な状況を想定して質問する。


「議会、会議場所としての意味ですが、そこで戦闘が起きたら担当はどの部署に?」


「――それは……。首都警察の特別区です、長官の要請があり、大統領が軍に出動を命令しない限りは軍は待機を出ません」


 法的な抜け道が起きそうな決まりである。これをもう少し突いてみた。


「大統領がその会議に参加しており命令が下せない場合は? 当然閣僚も議長も参加中でしょう」


「警察長官が軍に直接要請をするでしょう。あとは軍の判断次第かと……」


 これといった仕組みが抜けているらしく渋々そのような流れを答えるに留まった。


「参考にさせていただきます。我々は民主化を確信しております」


「よきパートナーになれると考えております」


 チュニジア軍の限界を確めると、いち早く大佐に報告するためにランスロットへと戻ることにした。


 ――どうやって過半数を得るべきか、もう一度考えてみよう。


 幾度訪れただろうか、ランスロットに限らずやはり船は馴れない。地上こそが自らの居場所だと都度思う。ジョンソンに結果を先に報告すると、やはり気を落としてしまう。黙っているわけにはいかないため、二人でテイラーのオフィスの扉を叩く。


「閣下、チュニジア軍の態度が決まりましたので報告に参りました」


「うむ、聞かせてもらおう」


 随分と待たされたようでもあり、長い任務のなかではさほどでもないような気もする。大佐に促されて島が端的に申告する。


「チュニジア軍はテロリスト共謀犯は拘束しますが、容疑者は逮捕をしません」


「――それは、事実上の協力拒否ということだろうか」


 渋い顔で言葉の意味を噛み砕く。疑わしきは罰せずどころか、疑いを抱くことを避けるかのような答えに。


「国内で他国軍が動けば侵略と認め排除行動にもでます。ただし、そのような通報がなければ警察が治安維持を担当します」


「両手足を縛って戦えと言うようなものだな――」


 アメリカは敵ではないが味方でもない、武装中立により近い判断と見なせる。


「閣下、現状では議会の過半を掌握するのは極めて困難であります。軍の積極的な協力が得られない今、別の道を行く選択もしなければならないでしょう」


「大佐はアンナフダ党に調略を仕掛けろと言いたいのかね」


「より確度が高い手段が他にあるならばそちらを選んでいただいても結構です」


 そう言いながら代案を提示はしない、答えが目の前にあると信じて。


「中佐、他には何か聞いてないかね」


「もう一つ。議会場に軍が立ち入る要件は大統領命令のみです。超法規的措置としては警察長官から軍司令官への直接要請とか」


「チュニジアと戦争を起こせと言うのか!」


 明らかな不快感を表すがすぐに自ら戒める。


「――いや、既に戦争は行われているのだったな。…………無理とわかって計画にしがみつく時期は過ぎたか」


 観念したようで力が抜けてしまった。そこへジョンソンが追い討ちをかける。


「閣下、ご命令を」

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