第113話

「シェラトンが羨ましくて気になったとは思えませんな」


 支配人に感想を告げる。顔画像の拡大プリントを三枚貰って懐にしまいこむ。


「警察にはまだ通報をしていません。警備についてもらっていて悪いですが、彼らをあてにしたくはないので」


 治安維持能力にはっきりとノーを突きつける。汚職が懸念でもあるのだが、純粋な役者不足が原因だと付け加えた。


「うちの二人をなるべく出入口での仕事に就けていただけますか、それと数日は女性従業員を単独でロビー付近に近付かせないこと。あと様子がおかしい従業員が居ないかを気にかけてください、脅迫されている恐れがあります」


 少尉が初動で失策をしないようにと考えを巡らせる。


「ではお二人をドアマンとして交替で。女性にはフロントか事務、ペアでの業務を割り振るようにしておきます」


 何かあれば支配人が責任を問われるために、実に慎重に助言を聞き入れては内容を反芻する。警察の警備範囲を裏口や地下出入口に傾けて、正面をアメリカ軍にと譲らせた。


「警備には観光客からの苦情があったためなどと説明しておきましょう。人気がない場所が不安だと」


「自分が発砲する可能性がありますので、客には咄嗟に伏せるように説明を付け加えていただけたらありがたいです」


 うろちょろされたら邪魔になるだけでなく、流れ弾が当たってしまうことも充分考えられる。


「お客様には日本人も居ますので、フロントでそう説明させましょう」


 普段銃撃と全く無縁の日本人は、周辺で銃撃戦になっても伏せる者がほとんど居ない。誰かが犠牲になってからようやく気付いて真似始める、能天気な民族なのだ。


 ――ボスは変異種に違いない、あれを基準にしてはいけないぞ!


 そしてとある日の午前中、チェックアウトに未だ余裕がある時間帯で事件は起きた。市中が警戒感を強めている中、軍服私服を問わずに三ヶ所でテロリストを捕縛、または銃殺したと通報がもたらされた。


 シェラトンでも宿泊中の民間人によってテロが未然に防がれた、と支配人から暫し時間がたった後にチュニジア軍と警察に通報が行われた。一件だけ爆発を許した施設があった。それはアメリカ大使館であり、周辺警備はチュニス警察に委ねられていた。


 幸い外壁の一部と正門、警察官二名を死亡させただけで大使館員に被害はなかった。この事件を受けてアメリカに主導権が移った瞬間でもある。速報が大使館からホワイトハウスへと入ると、折り返し訓令が出された。


 その内容は、速やかにテロリストへの非難をすると共に、チュニジア警察官の殉職を悼み、アメリカの寛容を知らしめるようなものだった。一方で外交官を通して政府に対する非難を行わない代わりに、アメリカ大使館並びにチュニスの一部に、アメリカ軍による警備を承諾させた。


 これにより堂々とチュニス沖に停泊を許された第62の分艦隊の一部、主に海兵隊員を乗せた艦がその警備に割り当てられた。噂のシェラトンにスイートルームを確保した島が部員を召集させた。


「素晴らしい休暇よ、さようならだな」


「自分は働いているときの方が輝くんですよ大尉」


 マリーにご苦労と声をかける。チュニスの司令塔としてロマノフスキーはずっと拠点で待機をしていたのだ。


「勇敢なる民間人には、何故かアメリカ軍の勤務査定が最大になるとの朗報があるよ」


「願ったり叶ったりですな!」


 マリーだけでなく三人に対しての話である。上官の匙加減一つではあるが、このように表面にでない任務に対しては勤務査定で報いるしかない。


「それにしても大使館だけドカンといったのは、わざと見逃したんでしょうかね」


「大尉が言うような考え方も勿論あるな。だがこの手の真相は闇の中だよ」


 あまりにタイミング良くて勘ぐりたくもなる。この一件でテロリストによる治安悪化で、とのシナリオは可能性が低くなった。


「――軍曹からはいつでも実行可能と連絡がきていた。後は教授のところ次第だな」


 いざ議会の部分となれば見ているしかない。情勢がどのように移り変わるか、模様眺めの一番の山場はそう遠くはないだろう。


 少し大きめに設定されたテレビから、ガンヌーシーとの対談インタビューがニュースで流れる。明日の地中海、題するならばそんなところだろうか。


「ほう、彼はアンナフダ党首でありながら原理主義を批判しますか」


 公共電波ではっきりとその態度を示すのを直に目にしてロマノフスキーだけでなく、プレトリアス以外が感嘆する。


「条件が合うならば、ガンヌーシーは大統領を解職する決議に賛成するよ」


「それは自らの立候補?」


「いやそうじゃない。真にチュニジアをチュニジアンの為に率いてくれる人物が立つならば――」


 これまたやけにはっきりと断言するものだと不思議に思う。テレビに映る氏は老年であり、善良な熱意に従い弁を振るっていると言われれば、確かにそうかも知れないとの気分になった。正体不明の強気は即部員の信頼に置き換わった。


「して我等はどう致しましょう。ただ飯を喰らっていて良いにしても、太ったらモテなくなるものでして」


 働き盛りの男達を無為に過ごさせるつもりはない。だからと上から割り振られた仕事も無い。


「我々は独自に行動する。大尉、上級曹長を除外した全部員を以て、密かにガンヌーシーを護衛するんだ。氏が死亡か重傷を負えば議会のコントロールが原理主義者に有利に働く」

 ――今一番やられて厳しいのはガンヌーシーの暗殺だな!


「ダコール。現場はお任せを」


 初めてアフマドが任官したことも知らせる、これで名実共に彼も仲間だと。別行動なのでこの場には居ないが大尉と先任上級曹長は以前から存在を知っている、後に部員からの質問に答えるのは彼らの役割である。


 三々五々に部屋を出て二人だけが居残る。上級曹長はどうしたらよい等の発言を一切せずに扉に近い壁際に控えている。


「俺達はナポリだ、アル=ハシム中佐と接触しよう」


「どこへなりともお供致します」


 言わずともついて行く、何度と無く繰り返した言葉を飽きもせずに発した。チュニス港からナポリへの連絡船に乗り昼前に到着する。ふと思い付いて公衆電話からベトナムへとかける。


 ――あちらは夕刻だな。


 チュニジアとは違ってクリアな声が聞こえてきた。


「――はい、グエン・ホアンです」


 傍らで赤子が泣いているのが聞こえてきた。


「ニムかい、俺だよ」


「あなた!」


 いつも唐突で定期で連絡もしないものだから声を聞いてようやく無事だとわかる。


「チュニョが元気よく泣いてるね」


「これが赤子の仕事ですもの泣くわよ」


「この前色々と発注したんだが、無事に届いたかい?」


 ソムサックに注文した品がどうなったかを尋ねる。


「届きましたとも。大変な騒ぎになってたわよ、でもありがとう、みんな喜んでたわ」


「そりゃよかった。で、騒ぎって?」


 他人事との言葉はこんな感じなのだろう、騒ぎの原因を作った本人は何も自覚がない。


「あれだけ山ほど災害備蓄品がきたものだから、戦争でも始まるのかと混乱したのよ。お父さんが説明するの大変だったみたい」


「それはすまない、備蓄は幾らあっても良いかなと思って――」

 ――しまったやりすぎたか!


「わかってるわ、だから心配しなくても大丈夫よ。最後には北区行政所から寄付の感状が出た位ですもの」


 役立つものを山ほど送られて面食らったものの、貰って助かることに違いなく、寄付してきた人物を讃えたらしい。


「次からは気を付けるよ、じゃあまた」

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