第112話
「命を狙われて、それでも発言を取り下げない?」
――ムスリム同胞団か、やつらにしてみればガンヌーシーが居なくなればジバーリーが党首で大統領候補と良いこと尽くしだからな!
「私の理想を撤回したら、私だけでなく支持してくれた皆に申し訳がたちませんから。それに脅して言いなりにしようとの姿勢は正義ではない」
――どこにでも立派な人物はいるものだな!
特に力を込めることなく当然といった感じで口にする。それが言葉だけでないのは氏の過去を見れば納得いくだろう。
「もしよろしければ、いつでもいらしてください。あなた方は私の恩人です、イスラムでは与えた恩は忘れよ、受けた恩は一生忘れるなと戒めております」
「それは日本でも同様です。お招きありがとうございました」
マクミラーに先導されて部屋を出ようとする。去り際に一つ尋ねる。
「フランスがガンヌーシーさんに興味を持ち、話を聞きたいと言ったらどう思われますか?」
「私は対話を求める者を粗略にはしませんよ」
満足いく答えを土産に夜のチュニスを歩いて港へと戻ることにした。地中海を渡る船に乗り込み話を聞いた感想をプレトリアスに聞いてみる。
「ガンヌーシーをどう思う?」
「思想家ではあっても妄言の類いではない信用を感じました。端的に言えば良心的な人物でしょう」
「国の頂点に立つには清廉過ぎるんだろうな――」
朝にはレバノンに到着するが遊びに行くわけではないので、用事だけ済ませたらすぐに引き返すことになる。日本の政治家と足して割ってやれば丁度良いと思いつつ、数が全然足りないなどと余計な考えが頭の中を巡っていた。
十五ノット程の歩みでも余裕をもって到着した、朝日が眩しい。ふと思い出したかのように、走るぞ、と声を掛けて港から飛び出していった。
早朝だろうと深夜だろうと放送局に休みはない。たっぷりと二時間程遠回りして走り、日頃の運動不足を解消する。ロビー横にあるカフェも営業しており、そこで軽い朝食をとることにした。
「ちょっと随分と早いんじゃなくて?」
食事中に声をかけられる、すぐにベアトリスだと気付いて片手をあげる。
「いつもこんなものだよ、何より君に早く会いたくてね」
「手にバーガーがなかったらもう少し嬉しかったわ。一旦デスクについて来客を知らせてくるわ」
かじりかけのものを見て確かに色気がないなと納得する。十分とかからずに降りてきた時にはきれいさっぱりして、僅かにコーヒーだけがテーブルに残っているだけになっていた。
「はいお待たせ。一体どこから走ってきたのかしら?」
自らも一杯オーダーして二人を見る。
「今回はチュニスからさ。革命が起きてからまだまだホットな地域だよ」
「政情不安定ね。ご指名いただいたのと勿論関係があるわけよね?」
何が飛び出すかと幾つか想定するのを待ってから答える。
「チュニジアの最大政党、アンナフダ党首のインタビューをやってみないか?」
「イスラム主義政党ね、レバノンのイスラム教徒との関係が無いとも言い切れない程度かしら」
事実あまり関わりは無いだろう、だからこそ中立的な見解が期待できるというものでもある。
「ガンヌーシー氏はチュニジアでイスラム民主主義を進めようとしている。もし成功して周辺に余波が出たら、レバノンも圏内だろう」
分布図を思い浮かべて未来を予想してみる、成功しても失敗しても近隣に何らかの影響を与える。海を隔ててすぐに近くの中東地域、そのイスラム教徒に関わりがあるならばレバノン支局でインタビューしても不自然はない。
「そうね、でも取材を申し込んで受けて貰えるのかしら?」
「ま、それは心配ないさ。フランスが話を聞きたいと言ってきたら、断りはしないと本人が言っていたからね」
面白がるようにそう請け合う、何故知っているのか疑問に思うのは何も彼女だけではないだろう。
「どうしてそんなことを知ってるのかしら?」
「実は昨晩直接聞いてみた、簡単な答えだろう?」
どうだと言わんばかりに種明かしをする。
「呆れた、私なんか必要無いんじゃないかしら」
「それが偶然そうなっただけで話をしたのは島個人でしかないんだよ」
困った顔をして助力を乞うとアピールした。
「すると個人ではないあなたの頼みはどんな公人なのかしら」
「とある軍の地中海艦隊主任参謀としてだよ。答えがわかっても知らないままの方がお互いのためだからね」
「あなたって人は本当に自由なのね。そんなことしていたわけ? でもいいわ、それ引き受ける。代わりにこちらからもお願いがあるわ」
何か思い付いたらしくいたずらっぽい笑みを浮かべている。
――ちょっと嫌な予感がするぞ!?
「な、なんだろうか」
「あたしも外交官が集まるパーティーに同伴してよね」
――も、か。これだから女同士知り合いは扱いづらいんだ。
特にそんな席が予定にあるわけではないが何とかしてやろうと覚悟する。
「わかった、だが俺に招待が来る訳じゃないから補欠待ちで勘弁してくれ」
「ふふ、じゃあ契約成立ね。声がかかるのを楽しみにしているわ」
メモを残すわけにはいかないのと、残すまでもないので手帳を出すことすらなく話を終える。ご機嫌な投げキッスを飛ばして上階へと去っていく。
「俺はそんなに自由を謳歌しているように見えるか?」
「中佐を縛るのは野性動物を相手にするより困難でしょう」
「なんだそりゃ。折角レバノンに来たところ悪いが、次の場所に行くぞ」
にこやかに了解を口にして二人はフランス放送局から出る。アフマドの家族に生活の場を与えるため、わざわざ自らフランスへと飛んだ。正直、島がそこまでしてやる必要はない。誰か代理を送り処理させれば良いのだ。
それをしないのは島のアフマドへの感謝の気持ちと、半ば強制的にエジプトから追い出してしまったことへの償いであった。無論時間に余裕が出来たとの側面もあったが、性格の問題だろうと本人も自覚していた。
◇
チュニス。シェラトンホテルでテロリストが来るのを、ゆったりと待っていたマリー少尉らの班は、それらしき姿がちらついているのを認めた。同時多発を狙ったのまでは良かったが、あちこちにやたらとアメリカ人観光客、しかも何故か若い男ばかりが目立っているのを不審に思うも、イスラミーアの本部からの中止命令が来ないために実行に移った。
先にトゥルーズで検挙されたトゥーグルト組とは別の指揮系統、つまりは情報系の枝が充てられていた。その為、侵入者として捜索しても前々から居住していた者達を見つけ出すことができなかったのだ。
情報部員は直接の上部組織、それも責任者以外の連絡先を知らされていない。横の繋がりも一切無く、アルジェリアで幹部が壊滅した事実も知らされてなかった。
決行日時が通知されていて、それが時限式に起爆した形である。緊張感を持たせるために、訓練のつもりで中止を前提に命令してあったものがそのままになってしまった。
運が悪いことに――どちらにとってかはわからないが――イスラミーア工作員の全てが何らかのテロ命令を携えてこれに取りかかった。下見のためにシェラトンの入り口をジロジロ見ているアラブ人が居る、ホテル従業員から通報を受けたマリーが、防犯カメラの映像を確認する。
島の要請でシェラトンの支配人以上はマリーらの潜入を承知しており、チュニジア軍に通報すると同時に知らされていた。カフェテリアに常駐している少尉が一番に映像を見ることが出来たのは道理である。
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