第109話

「アンナフダ党首のガンヌーシーは――味方に引き込めないでしょうか?」


「な……に?」


 まさかの一言に言葉を詰まらせる。


「アンナフダ党が二つに割れて、片方が味方になれば劇的な変化が期待できます」


 突然の方針転換にどこまで党員がついてくるかわからないが、八十九の議席のうち四十五が過半なので党首の支持者から半分、二十人がついてきてくれたら加減の差が四十発生することになる。


「それは少しばかり厳しい内容ではないか。ガンヌーシーが味方すると考えた理由はなんだろうか?」


「チュニジアにある政党は全てがイスラム系です。アンナフダ党はジバーリーが育ててきた為に原理主義組織の急先鋒でした、ですがガンヌーシーの影響で変質してきております」


 だからこそ革命も起きれば介入の余地も出来たと加える。


「ガンヌーシーが求めているのはイスラム主義の精神であってイスラム法による戒律ではありません。我々が求めているのもイスラム社会であって欧米型の社会ではありません。自分はガンヌーシーが求めるイスラム社会民主主義を認める代わりに、大統領の解職に協力を要請したらと考えます。それによってアンナフダ党の勢力を削がれたとしてです」


「専門の班に研究させよう。しかし中佐、我々は失敗が許されない賭博行為は控えるべきだと思うが」


 そのように大佐が釘を刺してくる、それに全く怯むことなく言葉を返す。


「祖国を想い何十年と待ち望んできた状況で団結するのは賭博行為と呼ぶようなことなのでしょうか? 国民が求め、政治がそれを求めるならば、邪魔をする存在こそがチュニジアの敵でしょう。この自由を民主主義と呼ばずに何と言うのでしょうか」


 忠告を与えたつもりが強く反論されていささかたじろいでしまった。様々な民族紛争を見てきたジョンソンにも心当たりがちらほらあった為である。


「チュニジアはそれが可能な時期に達していると言うのだな中佐」


「シ・セ・ポシブル・セ・フェ。アンポシブル・セラ・セ・フエラ」


 フランスのビジャール将軍の言葉である、可能ならば行う。不可能ならば敢えて行う。


「――戦争だったということを忘れていたよ、俺もヤキが回ったようだな。良いだろう司令官に計画を提出する、すぐに纏めるんだ」


「ダコール!」


 敬礼を行いミューズにあるオフィスへと直ぐ様戻るとペンを手にその詳細を並べていった。その日のうちに仕上げた案件を手にして再びランスロットへと移る。大佐へ計画を提出し、承認されると二人でテイラー准将のオフィスに出頭した。


 大佐が起こした修正案と島が起こした新案を提出して反応を待つ。准将が苦々しい顔をして目頭を押さえる、二件とも今一つ納得いかないものと捉えたからだ。


「大佐、今一度計画を練り直して貰えるだろうか」


 首を左右に振ってノーを示す。


「閣下のお気に召さない部分をご教示下さい」


 今後の参考に尋ねるのではないのが島にはわかった。


「修正案は日程そのものが厳しく柔軟性に欠ける。新案は上手くいけば良いが、失敗しては目もあてられん」


 島が口を開き具体的な懸念がどこにあるかを問う。


「どの部分で失敗があるとお考えでしょうか」


「うむ。ガンヌーシーが承知するとは思えん。相手次第で全てが崩壊する、修正案と共にだ」


 そこに情報が漏れてしまえば確かに他の手段も総崩れする劇薬の類いである。


「閣下――十年前にチュニジアをどうしようとお考えでした?」


「なに、十年前?」


 質問の意図が解らずに言葉を繰り返す。


「はい、十年前の閣下はチュニジアの未来を変えようとどうお考えだったでしょう」


「ふざけた質問をするものではない、この作戦は昨年計画されたものだ」


 怒気を孕んでそのように島の言葉を拒絶する。


「彼らは、チュニジアンは何十年と前からずっとこの状況が訪れるのを待っていました。ガンヌーシー氏に至っては国から追放されて、それでもいつか変えることが出来ると頑張ってきました。その自由を取り戻す為に障害となっているのは一部の原理主義者でしょう」


 戯れ言ではなく心底その提案を考えていたのを理解してテイラーは目を瞑る。葛藤ではなく熱意ある若者の将来を慮ってである。


「イーリヤ中佐、貴官の提案は一つの形として受理しておく。アメリカは危険な橋を敢えて渡りはしない。仮にこの計画が成功したとしても奇策でしかない。私は貴官の為を思って苦言を発しているのだが、わかってもらえるだろうか」


 丁寧に噛み砕くようにそう説明する、相互の不理解を招かないように注意を払って。


「――理解致しました閣下」


 想いはあるものの准将の気持ちもまた有り難い。


「では別の案を再提出させていただきます」


 ジョンソンが退室を促して二人は司令官オフィスを離れた。ランスロットの通路を歩きながら大佐が声をかける。


「まだ時間がある、違った手段を考えようじゃないか。最後の最後、もし打つ手がなくなれば実行される余地は残されている」


 苦し紛れに使う内容ではないのを承知で島も納得する。そのままジョンソンのオフィスでコーヒーを飲みながら次の案を練ってみる。


「そもそも大統領の解職は議会のみの権限なのでしょうか?」


「チュニジアに限っての話だが、議会と裁判所とがある。イスラム法国では宗教指導者がその上に君臨しているのでまた違うがな」


 流石に他にはなく解職の為には議会を使うしかないのが絶対とした。


「では議会で賛成多数になるためには、アンナフダ党の取り込みを除外したら、いかな組み合わせがあるでしょうか」


「アンナフダ党が八十九、共和国評議会が三十、もはやこの時点で過半数は無くなるな。つまりは分母を減らすしかない、制憲議会についてだが」


 二百十七議席、満席でこの数字になるのだが議会を開催するには百四十五議席、つまりは三分の二の出席が必要になる。このあたりの強行採決についてはニカラグアで経験ずみであった。


「つまりは七十三議席が最低条件です、これより下回ることはないわけですね」


「まあそういうことだ。現実問題その数になることもないがな」


 その指摘は正しく何事も幅がある。共和国評議会党から数を減らすことは難しい、テロリスト共謀者はアンナフダ党の一部なのだから。


「実は議員が幾人か誘拐される予定がありまして――」


 訳ありの視線を向けると大佐は小さく鼻を鳴らして続きを促す。


「ホンジュラスのギャングスターが主犯です。これで多少ですが好きな部分から引き算が可能です」


 片方の眉を上げて票読みを真剣に行う、監禁ならばテロリストビジネスとして成立するため不自然ではない。わざわざ貧困な国の人物を狙う部分に疑問があるだろうが、対象を誘拐しやすい為と解釈も出来る。


「予算は中佐が?」

「はい」

「こちらで補填しよう」


 独断で自己資金から百万ユーロを振りだしたのを聞いて流石にジョンソンも驚く。


「軍から補填されなかったらどうするつもりだったんだ」


「すっからかんになりますが、生活に困ることもありませんから」


 島の意外な反応に小さく溜め息をつく。


「金に執着が無いのは悪いことではない。だがいま少しその価値について考える時間を持つのはより良いことだろう」


「そう致します」


 素直に言を受け入れて謝辞を述べる。


「分母がこれで余計に減るのはわかったが、やはり分子の伸ばしかたに問題があるな。トゥラー教授一人に頼るのは歓迎すべき内容ではない」


 何事にも複数の道をつけるのが安定策の基本である。だが教授以外にその任にあたることが出来る人物が手中に居ない。


「では味方となる人物を作っては?」


「誰を口説くんだ」


「エタカトル党首、ジャアファルをです」


 ここにきてたったの十六議席しか持たない党のトップを特別に引き込む理由を疑った、しかし現在のチュニジアで十六が比較すると三番、四番に位置することにジョンソンが気付いた。


「順序の入れ替えというわけか。それならば大っぴらに遊説することも出来るな!」


 制憲議会を大統領に凍結させる前に大統領を解職出来ない、この矛盾を取り払う一手である。


「はい。エタカトル党首は制憲議会議長を占めております。彼を味方につければ大統領が不在中に、イスラム法を採用するかどうかの議題そのものが始まりません」


 代議会は第三党が議長になるが、その後に出来た制憲議会は第四党が議長を務めることになっていた。


「そうなると問題は一つ、どのように言うことを聞かせるかなわけだ」


「ハードルがかなり低くなったのは事実でしょう」


「違いない」


 手練手管の経験者にとってはこの先の手段は作業にほど近かった。


「飴と鞭ですが、飴でしょう」


「断然そちらが有利だろうな」


 深く考えることもなくそちらが答えだと確信を持って同意する。


「どこまでを約束可能でしょうか」


「ふむ……」


 少数政党が求めているのものが何かを早急に調査するよう部員に命令を下す。二人はその間に分母の減らしかたを討議していた。党首の経歴を渡されエタカトル党の主義主張を一目見て方針が定まった。


「こいつは随分な歩みですね。アンナフダ党にべったりの理由が自らの赦免と党活動の保証とは」

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