第70話 本編(第二部)
「自分もと言いたいですがレバノンへ帰らねば。先任上級曹長はどうするんだ?」
「自分は退職金があるので無給でも暫くは困りません。保護者が必要でしょうな」
したり顔で当然ついていくと宣言する。ついでにヌルとコロラドに不要と言われた者の除隊証明書を与えてホンジュラスで旅券を用意させるようにと手配してしまう。
翌日にロドリゲス中尉らが到着すると正式に解散が伝えられる、無論皆が承知している内容だけに混乱はなかった。中尉はニカラグアに帰属する兵らを率いてまたマナグアへと行く任を買って出てくれる。その後はニカラグア軍に戻るそうだ。
中米共同通信でニカラグアの大統領選挙が公布されたと報道される。結果はわかっているが一つの時代が変遷するのを感慨深く噛みしめるのであった。
◇
黒の軍服を脱いでスーツを着込んだ島はロマノフスキーと二人でホンジュラスのアメリカ軍基地にとやってきた。
「イーリヤ……いや島退役中佐だ、ジョンソン大佐に会いに来た許可を頼む」
前にランニング姿で顔を合わせた門衛が目を丸くして敬礼しすぐに内部へと案内してくれる。以前ほど待たされることなく会議室に大佐がやってきた。二人は起立して大佐に敬礼する。
「中佐よくやった!」
「ハラハラドキドキの繰り返しでしたが、何とか任務は果たせました、援護のお礼を改めて述べさせていただきます」
「構わん構わん、しかしスホーイをフランス軍機が撃墜したと聞いた時には俄に信じられなかった」
仕草で座るようにと促してコーヒーを三杯出させる。
「それは自分もです大佐。紹介します、ロマノフスキー退役大尉です」
視線を島からロマノフスキーにと移してじっくりと体躯を観察する。
「君が噂の副長か良い、実に良いぞ!」
機嫌よろしく握手を交わす、ロマノフスキーもジョンソンが気分の良い人物だと理解したようだ。
「ところで中佐、約束は忘れていないだろうな?」
にやにやとしながら大佐が身を乗り出してくる。何のことだと大尉が島に視線を向けるが困っている風でも無いため黙ったままでいる。
「もちろんです、ですが少し事情が変わりました。ロマノフスキー大尉だけでなく数名が自分に付いて来るときかなくて――」
「詳細は?」
「元外人部隊マリー少尉、同じくグロック先任上級曹長、ブッフバルト曹長、元レバノン陸軍プレトリアス上級曹長と伍長三名、元クァトロ軍コロラド軍曹、そしてヌル少年です」
十人余の数になってしまいますと肩をすくめて申告する。
「全員俺が面倒を見てやる、戦闘経験を持った宝の山が沢山手に入るわけだ!」
「そう言っていただけると非常に助かります」
顔が緩みっぱなしのジョンソン大佐に甘える形で待遇保証を要求してしまったようで何だか申し訳ないと言うが、雇いたくてもどこの軍も手放さない人材を閉め出す門は無いと歓迎の意を表す。
「中佐は自分達の再就職先まで用意なさっていたんですか?」
かないませんな、と軽口を挟む。
「俺が中佐に無理を言って誘ったんだ、悪いようにはせんよ。だが近く転任の話が出ると内示があった、行く先によっては米軍に所属しない方が良い可能性もある」
またアメリカが表立って動けないならば、そう考えを巡らせる。
「自分達は保留にしてもらい大佐の転任命令が出てから形をお考えになってくださって結構です。少し休暇を楽しんでおきます」
笑いながら話すがどこに行くかなど全く考えてはいない、だが少し休みたいのも事実である。
「そうだな命をすり減らせて働いたんだ、バカンスを楽しむとよい。いった先に米軍があるならば俺から話を通しておく、基地を利用するなりして構わんよ」
島は良くても経費の面で困る者もいるだろうから素直に嬉しい話である。
「ご配慮傷み入ります、少し日本に寄ってからその後を考えます。ブラック中佐の基地、またあそこに厄介になりましょう」
「良いだろう連絡しておく。次に会うときが楽しみだよ」
手を差し出して島と握手して部屋を立ち去ってゆく。基地に戻って随員に話をすると安堵の表情を浮かべる。
「そう言うことだから皆で中佐の母国に遊びに行くぞ」
「ヤーパンですな、かの地に行ったら日本語以外はまず通じないですな。ギリギリ英語でしょうか」
グロックがそんな説明をする。コロラドが心配そうな顔をするが遊びに行くだけだから気にすることもないと表情を改める。
「そう言えばヌルは何語を理解するんだ?」
島が不思議な少年について名前しか知らないことに気付いて質問する。
「スペイン語、英語、北京語」
「北京語だ!? なんでそんなものを知っているんだ」
メンバーで誰一人として知らない名前が現れて驚く。
「小さい頃俺の主人が喋ったからだ」
「中国人だったのか?」
「そうだ」
相変わらずあまり多くを語らず、言葉も荒いが感情は見えない。
「なぜニカラグアに?」
「中国人の主人に売られた、新しい主人はニカラグア人だった」
「――!」
――売られただって、すると奴隷みたいな扱いだったのか!
だから感情を表さないようになってしまったのだろうかと考えてしまう。グロックが済まなそうな顔をしている、島について行くと言った時に命を捨てられるかと聞いて答えさせたのを悔やんでいるのだろう。今までだって出来ると強制的に何度も言わされていただろうから、知らないといえどもグロックは踏んではいけない部分を土足で踏みつけてしまった。
「ヌル、中佐について行くならば戦えないといけない、俺がお前に全て教えてやる」
ヌルの正面に周り真剣な顔でそう語ると島に視線を送ってきたので頷く。
「わかった、中佐について行くために覚える」
「今からヌル二等兵と呼ぶ、二年もしないうちに立派な兵士にしてやる」
島も二年で兵士としては充分なまでにグロックに鍛えられたものである、先任上級曹長にも弟子が出来て励みになるだろう。
「グロック、皆の分の航空券の手配を頼む、支払いは俺が当日空港でするよ」
「ダコール」
テグシガルパからロサンゼルスを経由して羽田にと向かう。支払いにカードを使い現金も用意しようと日本で引き出しをして驚く、残高がドルで百万振り込まれているのだ。
――ニカラグアの任務を終えた成功報酬というわけか。
ロマノフスキーに聞いてみると彼にも二十万ドルが振り込まれたそうだ。
「全員に任務終了のボーナスを支給する、レバノンに戻った者にも送金するから遠慮はいらんぞ。ヌルには俺から小遣い程度にくれてやる」
必要な額だけ円で渡してやり残りをドルのまま振り込んでやる。一人当たり二万ドルだがプレトリアスらは体を震えさせている、レバノンの貨幣価値からしたら日本人の二千万円位に相当する。
――ワリーフには十万送ってやろう。
コロラドとヌルには千ドルずつわけてやり次回以降は契約通りにすると説明を加える。だがコロラドは貰えるとは思ってもなく、千ドルの額に天にも登る気持ちだった。生まれてこの方自分の預金を持つことも無く、ましてやこんな大金は見たこともなかった。プレトリアスが近づいてきて族弟らを後ろに置き改めて礼を述べる。
「中佐には高い評価をいただいた上に一族が安心して暮らせるだけの報酬を頂きました。レバノンに残っている一族の男手が必要な時にはいつでもお話ください、叔父や従兄弟らも喜んで駆け付けるでしょう」
「君達は働きに対する正当な報酬を得ただけだよ、そんなに大したことじゃない。だが気持ちはありがたくいただくよ」
大袈裟な表現ではあるが本気なのをわかっているために笑顔で応える。奇妙な外国人集団が空港でやり取りをしていてもあまり目立たないのが東京である。人数が人数だけに大型タクシーを二台使いグロックと島に別れて乗り込む。
どやどやとガタイが良い男が乗り込んだ為に運転手が驚く、そして皆の顔を見て何語なら通じるか迷ったが片言の英語で行き先を尋ねてきた。
――なんだ俺もついに無国籍の顔つきになったか!
アメリカ軍の基地と英語で伝えるとやけに納得してオーケーを繰り返し出発した。基地の前でストップして円を支払うとぞろぞろと門の前に出てくる。門番が警棒を構えて睨みつけてきた。
ロマノフスキーが代表して前に出て話しかける。やけに門番の態度がでかいためにからかってやろうと茶目っ気を出す。
「日本に遊びに来たんだがここに泊めて貰えると聞いた、部屋まで案内してくれんか?」
「ロシアンスキー、留置場に寝泊まりしたいなら空いてるぜ」
警棒を手にペシペシと弄び意気込んで答える。
「何だお前達は留置場暮らしだったのか。海兵隊か?」
海兵隊がこんな見張りをするわけが無いのを承知で煽る。
「いいや陸軍だ。喧嘩を売ってるなら買うぞ」
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