第71話
「ようやく気付いたかのろまが、格闘訓練つけてやるからかかってこい」
荷物を足元に置いて手招きする。島らギャラリーは何やってる、などと声をかけて楽しむ。野蛮ではあるが兵士などというのはこの位で丁度良い。
ブラックジャックと呼ばれる革製の警棒、中には砂がたっぷりと詰まっていてこれで殴られると痛いでは済まない。そんなものを手にした門番が二人詰め寄りロマノフスキーを痛めつけようと隙を窺う。
棒立ちで空手の大尉に左右から殴りかかる、警棒を振り抜く手前で手首を捕まえて力任せに引き寄せて反対側の攻撃の盾にする。
「仲間割れは良くないぞ」
「や、野郎!」
完全に頭にきて急所を狙ってコンパクトに振り抜く、だがギリギリで見切って手刀を鋭く叩きつける。ブラックジャックを取り落として警笛を口にして異常を知らしめる。程なく警備室あたりから分隊が駆けつけてくる。軍曹が場を確かめてどうしたかを兵に確認する。
「ロシアンスキーが喧嘩を売ってきました」
「それであえなく返り討ちなったまで報告するんだ一等兵」
意地悪く言葉を付け足す。
「君達は何者で何が目的かね」
軍曹が冷静に質問してくる。
「俺はロマノフスキー退役大尉、ここの基地で寝泊まりして良いからと言われて部屋を借りにきた」
そう説明すると聞いていたらしく軍曹が敬礼する。
「はっ、ブラック中佐より聞いております、兵が乱暴を働き申し訳ありません」
「いやわざとこちらが仕掛けたから兵に非は無いよ。済まんな一等兵、俺は海兵隊の格闘訓練教官だったんだ」
そんな相手じゃ一生かかっても無理だと情けない顔をしてしょぼくれる。
「ご案内致しますのでどうぞ随員も」
「いや違う俺が随員なんだ」
ロマノフスキーが控えている集団のところに戻り軍曹の近くにと連れ帰る。軍曹が面々を見回してグロックに敬礼する。無論それに答えるが何も言わずに黙っている。
「俺が島退役中佐だ、暫く厄介になるよ」
予想外の方向から声をかけられ自分より年若い日本人の中佐を名乗る男に敬礼した。
「中佐殿でありますか?」
「ああ色々あってな。司令のところに案内してくれ、ブラック中佐の推薦なんだ」
この言葉は効いた、見ず知らずの相手ではあるが基地司令が信頼した人物と言われたら無条件である。
「承知致しました中佐殿」
大尉らを兵舎にと導いて自らは中佐を伴い司令室へと足を運ぶ。途中顔を知っている海兵隊のマオ先任曹長とすれ違い敬礼を受ける。
「やあ久しぶりだな、スミス大尉は元気か?」
「はっ、中佐殿が来られると聞いて司令室でお待ちしております」
わかった、と軽く答えて先に進む。案内などなくとも場所はわかってはいるが問題はそこではない為についてゆく。以前訪れた部屋に通されるとそこにはブラック中佐とスミス大尉が待っていた。
「また戻ってきてしまいました」
「歓迎するよ島中佐。よく着てくれた!」
自らが推薦した人物が無事に困難な任務を成功させて戻ってきたのだから嬉しくないわけがない、近付くとしっかりと両手で握手する。
「中佐のお陰で私にまで幸運のお裾分けがきたよ」
「と、言いますと?」
「近く本国に転任予定だ、昇進だよ」
このまま基地司令で軍人生活を終えると思われていたが、人材の推薦能力という結果を出したために人事部に異動になるそうだ。
「おめでとうございます。世の中どう巡り合わせがあるかわかりませんね」
「全くだ。ところでジョンソン大佐から便宜をはかるように言われたが、また海兵隊の教官で一時的に契約しないか? 基地司令と階級が同じとは聞いたことないがね」
笑いながら許可はとってあると付け加える。実際に訓練するかしないかは自由にして良いとまで優遇を示してくれた。
「お客さんでは扱い辛いでしょうからね、ご配慮傷み入ります」
「今回は一味違うぞ、結果を示したから教官の将校扱いだ。もし私が人事不省にでもなれば中佐が指揮権を継承する」
「なんですって!?」
まさかそんなことになろうとは思ってもみなかった為に声が上擦ってしまう。
「アメリカというのは良くも悪くも能力主義だ、少佐以下の指揮に従うより君に従う方がより良い結果を得られると判断したらそうする。無論それを放棄しても全く構わないよ、オプションだと考えてくれ」
こんな事は前代未聞だと思っていたがそうでもないらしい。亡命してきた客将が帰属を間近にして指揮を執ったり、上長の判断で一時的にでも指揮権を委ねた例は珍しいのは間違いないが複数あると。
「日本で戦争が起こるとも思えませんからね、留守番位はしましょう」
規模は違えど司令は経験済みな為に請け負ってしまう。このあたり純粋培養されたり教条的に育ったりしてきていないのを強く感じさせる。
「では早速明日に告知しておこう。呼称はどうする?」
「そうですねイーリヤにしておきますか、また日本の官憲に付きまとわれても困りますから」
日系のアメリカ人でニカラグア軍から移籍してきた、そんな形を想像しておく。
「ではイーリヤ中佐、必要と思われる資料一切は臨時副官としてカーライル中尉を送るので彼に尋ねて貰いたい」
「副官? 承知しました、次の戦いまで束の間の平和を享受させていただきます」
すでに島が戦いを中心とした道を当たり前だと考えているのに少し驚き、自らも軍人で平和が当たり前と感じていたブラック中佐は心の中で恥じた。握手を交わして皆が待つ兵舎へと向かう手前で中尉が待機していた。
「臨時副官のカーライル中尉であります。中佐、よろしくお願いします」
「済まないね俺の我が儘に付き合わせてしまって、こちらこそよろしく頼むよ」
真面目そうな二十代前半の若者に微笑を浮かべて挨拶する。士官学校を無事に卒業して順調に中尉に昇進したような雰囲気が伝わってくる。
「全く問題ありません。基地司令代理として必要な資料を揃えてあります、自分に尋ねていただいても結構です」
「目を通しておこう。俺の部下に紹介するから一緒にきてくれ。中尉はスペイン語は解るか?」
英語でも全員に通じたかと一瞬疑問に思ったが理解しているのに後で気付く。
「理解しません。自分は英語と一部日本語を理解します」
「ならば英語でも通じる。スペイン語圏で長い者がいるから簡単な単語で頼むよ」
「イエスサー」
日本語がわかるなら自分が居ないときに部下の通訳として利用出来ないかと思い付くが止める、中尉は軍務のみ係わらせるべきだとブレーキをかけた。部屋で大人しく皆が待っていると思いきや、グロックを教師に日本語授業が開催されていた。
「結構なことだ。紹介する、臨時副官のカーライル中尉だ。彼は副長のロマノフスキー大尉だ、他は後ほど確認したまえ」
「カーライル中尉です、よろしくお願いします」
大尉に向かい背筋を伸ばして敬礼する。
「ロマノフスキー大尉だ」
それ以上多くを語らずに紹介を終える。資料を受け取ると中尉を下がらせて椅子に座る。
「さて講義を遮って悪いが知らせておく情報がある。皆が階級そのまま待遇を保証されるのは知っているだろうが、何と俺に指揮権が付与された」
「そいつは一大事」
ロマノフスキーが笑いながらも重大な話を理解する。つまりはその気になれば兵に直接命令を下せるわけである、アメリカ軍は他国に指揮権を渡すことは殆どない、それを知っている面々は島がアメリカ国籍に移るものだと受け止める。
「無論副長にも指揮権が付与されている。もうイタズラは出来んな」
門番とのやり取りを指して爆笑する。
「それと暫くはイーリヤと呼んでくれ、バカンスはもちろん自由だよ」
そこに変更はないことわ付け加える、目的がすり替わるならば違う場所で休暇させてやるつもりだ。
「日本の繁華街で羽を伸ばしてきますよ」
大尉が了解を告げてお許しがでたぞ、と煽る。
「自分はヌルと買い物に出掛けます」
グロックが最初に宣言する、こうしておけば他の者も言い出しやすい。
「少尉、俺たちは将校同士仲良くアレを買いにいくか」
「ダコール、そちらの撃破数は最近延びてませんからね」
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