第69話

 銃弾が切れた兵が銃剣を構えて迎え討とうと立ち上がった時にスピーカーからついに待ち望んでいた声が聞こえた。


「全ニカラグア兵に告ぐ、戦闘を停止して本部に引き返し待機せよ。これはオルテガ司令官の命令である、直ちに戦闘を停止して撤収せよ!」


 銃撃が止んで目の前から敵が引き上げてゆく。


「イーリヤ中佐だ、クァトロ全将兵は重傷者を本会議場に後送しホールの警戒を継続せよ」


 戦う状態を崩さずに戦力を整理させる、まだ何が起こるかわからない。宮殿で戦いが停止したためにオルテガ司令官をようやく入城させることに成功した。マリー少尉が身柄を島に引き渡す。


「オルテガ中将閣下でいらっしゃいますね、クァトロのイーリヤ中佐です」


 畏まって敬礼して敵味方ではあるが序列を正して敬意を払う。


「貴官がイーリヤ中佐か、そうかよい表情をしておる。儂がオルテガ中将だ」


 何か憑き物が落ちたかのような話し方に少し意外さを感じた。


「閣下、テレビを通じて軍に抵抗を止めることをご命令下さい。最早戦う段階は終わりました、これからは話し合いで結果を出すべきです」


「それは中佐の考えか、それともオヤングレンかパストラか?」


「ニカラグアの民の意思です、皆が家族と平和に暮らしたいそう願っているのです」


 ウンベルトがじっと島を見詰めて心を見透かそうとする、だが島は目線を外すことなく受け止めた。


「そうなのかも知れないな、テレビの準備が出来次第行おう。その後の儂はどうなるかね」


「ご協力に感謝致します。閣下の身の安全は保証致します」


 そうとしか答えることが出来なかった、だが謀殺されないように身の安全をとの気持ちはあった。マナグア国際空港、緊急復旧を行い三日の後にようやく主滑走路が国際線の旅客機の使用に耐えることが出来るようになった。


 ロビーにたくさんの人が集まっていた、背広姿の男達が主でぽつりぽつりと黒の軍服が混ざっている。


「イーリヤ中佐、君には感謝しているよ、儂の志だけでなく家族まで回復してくれた礼を言わせてもらう」


「閣下は自力でそうなさったのです、自分は外から手助けをしただけです」


 パストラに手を握られて言葉を返す。


「例えそうだとしても儂の感謝の気持ちは微塵も変わりはせんよ。ニカラグア政府は貴官らに国籍と旅券を与える、いつでも戻ってきて欲しい大歓迎する」


 島とロマノフスキー、それに望んだ将校らに旅券が発行された、二重国籍だがニカラグアは保護を与えても責任は問わない、つまりは徴税も義務も課すことはないという。


「ありがたく頂戴致します。入院している者やクァトロの事後はオズワルト少佐に一任しております、落ち着いたら軍で解体処理をお願いします」


 もう活動させることもないとそのように依頼する、補償の処理などもあるため即時解散とはいかなかった為である。


「任せておきたまえ。それとだ、これもあったら便利だろうと作らせた、必要ならば使うとよい」


 手渡されたのはクァトロ要員のニカラグア軍除隊証明書だった。私設軍での階級でニカラグアが遡って契約していたと扱っている。フランスやレバノンから連れてきた者の待遇を認める物である。


「お心遣い感謝します。きっと彼らも喜ぶでしょう」


 空港にアナウンスが流れる、テグシガルパ行きの便が出発する、と。ホンジュラスで残務処理があるためにそちらに向かう、堂々と空港から出国出来るのは嬉しいものである。


 見送り関係者に敬礼してその場を離れる、希望者はニカラグア軍への編入も認められていたために黒い軍服も居残る。旅客機の椅子に並んで座っているのはロマノフスキー、ハラウィ、マリー、グロック、プレトリアスにブッフバルトだ。ロドリゲス中尉には兵を率いて陸路移動するようにと命じてある。


「国民投票どうなるんでしょうね」


「さあな、俺達の役目はここまでだからな」


 ハラウィが疑問を口にするが答えを求めたわけでもなかった。三日間で論功行賞まで済ませてしまっていた、残るは基地の後片付けである。


 報告を受けてはいるが対クァトロ連隊、マナグアに出撃中に襲撃してきたらしくフェルナンド大佐が奪還されてしまっていた。だが不思議なことにオズワルト少佐は抵抗らしい抵抗も出来なかったというのに、彼らは大佐を救出すると破壊もせずに去っていったという。それなのにガルシア中佐が戦死して、遺体すら回収されずに残されていたらしい。


 ――連隊で何があったやら、リリアン達が無事で良かった。


 後方支援のメンバーに死傷者が無く一安心である。空港に降り立ち休むことなくすぐにチョルチカへと移動して基地に入る。


「お疲れ様です司令」


「留守番ご苦労だ少佐」


 オズワルトが出迎えて全員で歓喜の声を送る。中に見慣れない私服の男が混ざっている。


「あいつは誰だ?」


「チナンデガで中佐が拾ってきた男ですよ、傷も癒えたのに居座ってまして」


「少年、名前は?」


「ヌル・アリ」


 そう答える表情に感情が見られない。


「傷が癒えたなら家に戻ってよいぞ」


「俺に家は無い。あんたが俺を拾ったならあんたが主人だ」


 ――な……に?


 困ったような顔で左右に助けを求めるが同じく困惑していた。


「実はもうクァトロは解散になる、悪いが兵はもう必要としていないんだ」


 苦い表情で少年にそう説明してやる。


「それでも俺はあんたについていく」


 どうしたものかと唸るがグロックが横から声をかける。


「ヌル・アリ、お前は中佐が命令したら黙って死地に赴くことが出来るか?」


「出来る。俺はあの人に忠誠を誓い、いついかなるときも従う」


 そう言って跪いてブーツにキスをした。


「中佐、一人くらい個人的な従者がいてもよろしいのでは?」


「わかった、わかったから立て。エラいもの拾っちまったな!」


 感情を表さずに黙って言葉を待っているヌルを前にしてため息をつく。クァトロ名義の家屋や物資を全て少佐に委譲して一人一人に声をかける。そうしているうちにひょっこり基地に顔を出した男がいた。入り口で止められるも押し切って入ってくる。


「中佐、報酬を受け取りにきましたよ」


「コロラドか、よくやってくれた!」


 司令部の面々が喧嘩別れしたはずの男と親しげに話をする島に疑問の視線を投げかける。


「中佐、説明を聞かせてもらいましょう、すっかり忘れてました」


 ロマノフスキーが司令室での出来事を思い出して詰め寄る。


「ああみんなには黙っていたがコロラドにはとある特命を与えていてね。実は緊急警備指令による総攻撃の誤認は彼の工作なんだ」


「へっへっへっ。うまくいったようで何よりでさぁ」


 グロックの視線が痛い、だが心なしか口元に笑みを浮かべているように見えた。


「地位か金という話だが気持ちは変わっていないな?」


「はい地位を以て報いてもらいたいと思います」


 悪びれることもなく対価を要求する、それに島も嫌がることなく履行を約束した。


「ニカラグア軍の軍曹に推薦しておく、お前なら務まるだろう」


 そう言ってご苦労とコロラドの肩を軽く叩く。


「……俺は前に言ったようにクァトロに、中佐に拾われるまではこの国で人間扱いされませんでした。それなのに中佐はこうやって約束を守ってくれる、文句一つも無しに。お願いがあります、俺も連れて行って下さい、砂漠だろうと雪山だろうと構いやしません!」


「――なんだってどいつもこいつも、俺は皆に給料を払うことが出来る立場になくなるんだぞ?」


 ヌルを見ても全くの無反応である、ロマノフスキーに至っては笑いを堪えている。


「中佐、一人も二人も変わらないでしょう、有能な部下が従うと言うなら黙って頷けばよいのです」


 グロック挑戦的な目つきでけしかける。


「我が儘な部下ばかりで困ったものだ、どうなっても知らんぞ!」


「ついでに自分もお願いしますよ中佐、まさかこいつらは良くて自分がダメとは言わないでしょうな」


 ついにロマノフスキーまでもがそんなことを言い始めた。勝手にしろと言い残して島は司令室へと逃げていってしまった。

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