第67話

 伍長が「続け!」と声を張って進撃路から背を低くして駆け出す。全自動射撃は滅多に使われるものではないが、この時ばかりはそれを利用する。


 途中途中で身を潜めながら遂には路地へと辿り着く、戦車までの距離は二十秒も走れば届くだろうがそれが果てしなく遠く感じる。食い違いの路を徐々に詰めて何とかRPG2の射程へと姿を捉える。


「俺が囮になる、お前らあいつにぶち込んでやれ!」


 そう命じると自らも一基手にして建物の影からだっと飛び出して反対の影に隠れる。戦車機銃が激しく放たれて建物の角を削り取る。連射が収まると時期を見計らってまた飛び出す、そのままRPG2を発射して結果を確かめることなく物陰にと転がり込んだ。


 弾は戦車に当たらず近くの建物を破壊した。狂ったように機銃掃射を行うが一瞬弾が途切れる、それを待っていたクァトロ兵が二基同時に射撃すると一発が車体側面で爆発して火災を引き起こした。


「撤収!」


 伍長は致命傷が無いのを確かめて早足でその場を立ち去るよう命令した。


「B中隊より、司令部、C地点戦車爆発炎上確認」


「司令部より、B中隊、了解」


 どうやら無事に戦車を全て使用不能に出来たようでほっとする。中には修理したらすぐに復帰出来るようなものもあるだろうが一日で完全復旧とは中々上手くはいかないだろう。


 何度も攻め寄せてくる包囲軍をその度に撃退する、拠点防御は攻撃に比べたら兵士個々にかかる負担は小さい、何せ待っていたら敵が向かってきてくれるのだから。逆に待ち続けるのが負担といえる、いつ攻めてくるのかわからないよりは攻撃を受けている今はもしかしたら精神的には楽なのかもしれない。


 フランスやレバノン、アルジェリアに韓国などが相次いで暫定政府を承認した。逆に認めないと声明を発表したのがロシアやキューバ、ベネズエラ、ルーマニアなどである。日本はというと延々会議を続けて様子を見るとの判断を下していた。


 一般人の起床時間帯が訪れて政変が起きているのが知れ渡った。各地の政治や軍事のトップが風向きを計算しはじめる中、チナンデガは暫定政府に従うとの意志を表明した。


 オコタルでも暫定政府支持を宣言する、マナグアや首都に近い州では大統領の指揮に従うと反乱を非難する。テレビ放送ではオヤングレン暫定国家代表がオルテガ軍司令官の解任と自らの兼任を宣言した。


「少なくともこれで形だけは整ったが、攻撃が止むとは思えんね」


 島がそう言った瞬間にまた揺れと爆音が響いた、今度はどこだと報告を促すと西側の壁に穴が空いたと警備から通信が入る。


「司令部より、C中隊、宮殿西側の壁に大穴だ、すぐに兵を向かわせろ!」


「C中隊、了解」


 ついでに会議室から机やらパイプ椅子やらを運ばせて穴を塞ぐようにと命令する。一カ所に穴が空いたならば他にも空けることが出来るのは道理である、待機中の兵にも手伝わせて穴を塞ぐための物を数カ所に堆積させる。


 一時間、二時間と宮殿を巡る戦いが繰り広げられる。外に出ている部隊は戻ることができずに郊外で集合し、マリー少尉とプレトリアス上級曹長が空港へ行った分隊も糾合し、ついでにビダ伍長の分隊をも回収して機会を探っている。


 負傷者も戦いが出来るのを確認して八十名近くが揃ったので何かやってやろうと気合いに充ちていた。プレトリアスがいつものように堂々とアフリカーンス語で本部と交信する。


「こちら外部部隊、包囲が厳しく帰投は不能、命令を」


「司令部より、外部部隊、現状報告を」

 ――無理やり戻すよりは外で戦わせるか!


「指揮官マリー少尉、次席プレトリアス上級曹長。空港破壊分隊、北側戦車破壊分隊、南側戦車破壊分隊、ビダ伍長分隊が合流し兵員八十名、迫撃砲六基、RPG2十七基」


 戦闘集団として充分な破壊力を近距離で発揮出来る計算である。あと一手を、その瞬間に少し前のやり取りが頭に浮かんだ。


「司令部より、外部部隊、ニカラグア警備軍司令部を襲って司令官を生け捕るんだ」

 ――一気に司令部に攻撃させてみるか? だが失敗したら全滅だな。何とかして司令部の兵力を一時的にでも引き離せないだろうか。


「外部部隊、司令部、厳戒態勢の中この兵力では厳しくはありませんか?」


 流石に無茶だと意見があがる、何も言わないが隣にいるグロックももの言いたげな顔をしていた。


「奥の手があるんだよ。敵が司令部から出撃していったらそれを見計らって突入するんだ」


 無線の向こうでマリー少尉とプレトリアスがやり取りしているだろうことがわかる。上級曹長は黙って突入を了解しているだろうが少尉が死線に兵を送り込むのに躊躇しているのだろう、将校になったからには遅かれ早かれこんな場面を通らねばならない。


「外部部隊は司令を信じて突入待機します。移動まで六十分下さい」


「司令部より、前進か死か、だ。健闘を祈る」


 外人部隊の精神である、後ろへ下り追い込まれるならば、前進して活路を見いだせと。単調だが数に任せて攻撃を仕掛けてくる警備軍により徐々にクァトロにも重傷者が出始めた。


 搬出するわけにも治療するわけにもいかずに苦しむ兵士が部屋に集められて応急処置を施される。弾丸摘出程度の外科処置ならば可能ではあるが、それを越えるものについてはモルヒネを打って楽にしてやることしか出来ない。


 何とか予備を補充して戦線を維持するがいつまでもとは行かない、国会は未だに稼働しており暫定政府に靡いた地域から増援を出すようにと命令が下されていた。山ほどあった弾丸が目に見えて減っていくのが感じられる、空薬莢だけでもずっしりとした重みがある。半自動で一発ずつ射撃して消費を節約する、全自動より遥かに命中率が高くなった。


 フィリピンや南アフリカ、イギリスにオーストラリア、カナダが承認を発表する、コスタリカやホンジュラス、グアテマラなどの近隣はどちらと言うこともなく沈黙を保っていた。どうなるにせよギリギリまで態度を明らかにしないのが得策なのがはっきりしているからである。


 島が通信兵の中でもニカラグアスペイン語が上手な奴を招き寄せて何か指示する、小さく何度か頷きながら内容を確認して席に戻した。腕時計をチラリと目にする、あれから一時間は過ぎた、マリー少尉らからは遅延報告がないので待機に入ったと認識する、もし通信機を失って発信不能だとしても受信だけは小型の物が多数あるので気付くはずだ。


「よしやれ」


 先ほど招き寄せた通信兵に声をかける。


「緊急警備指令、緊急警備指令、全軍総攻撃をかける、待機中の者は速やかに前線に移動せよ!」


 果たしてこんなものが効果があるのかと首を傾げながら復唱した。するとどうだろうか、敵からも緊急警備指令を繰り返す通信が発せられたではないか。グロックがジト目で島へ視線を送るがそれに気付かないふりをして通信に耳を傾ける。


 総攻撃準備と声を上げる指揮官もいれば偽指令だと叫ぶ者も居た、クァトロからだけのものならば少数しか騙されなかったであろう、だがしかし借金に苦しんでいた通信少尉が現金を握らされて一度だけ間違って命令を繰り返したものだから多くが従ってしまった。


 数分で命令は誤認と打ち消したが時が戻ることはなかった。緊急警備指令を受信したマリー少尉はそれが繰り返されて警備軍司令部から兵が出て行くのを見て驚いていた。


「本当に奥の手が飛び出すとはね。よし突入するぞ!」


 あちこちで姿を見られては通報されていたのだろうがそれが反映されることはなかった。市民の通報は警察に集まり、そこから軍へともたらされたが警察からの情報は無視されて軍からの報告のみが採用されていたのだ。


 歩哨が居なくなった司令部に武装した黒い軍服が駆け込む、内部には将校や事務担当が残っていたが突然の乱入者にことごとく倒されてしまった。地下と上階二手に別れて司令官を探す、一階では引き返してきた敵と撃ち合いが始まった。


 地下へ向かった分隊から制圧報告がなされた、通信担当のみが残されていた為に抵抗が無かったようである。一方で上は三階と四階の間で競り合いが行われている、ラチがあかないとばかりにマリー少尉がビダ伍長に突破を命じる。


「伍長にばかり頼んですまんが階段を抜けるか!」


「引き受けましょう、発煙手榴弾を独占させていただきますよ」


 伍長が部隊に声をかけると七つの発煙手榴弾が集まった、それを分隊に分け与えると三つを踊場に投擲させる。視界が遮られたところで踊場に飛び出して残りを四階に投擲してそのまま駆け上がる。


 ろくに狙いをつけずに銃を撃ちながら進んでは目の前に現れる敵に銃剣を突き刺していった。体のあちこちに熱を感じたが痛みは無かった、敵が廊下の先にまで撤退していくと三階から味方がやってきて階段を確保する。


 複数の銃創が見られる伍長を応急手当てしてやり残る抵抗場所に向けて屋内だというのにRPG2を発射する。通路の先から熱風が押し寄せてくる、射撃が一時的に止まる。


「今だ突っこめ!」


 少尉の命令で黒い軍服が先へ進む、抵抗があった部屋の扉付近では黒こげになった死体が転がっていた。中へと踏み込むとデスクを盾にして数名が抗戦してきたが手榴弾を転がしてやると爆発と共に静かになる。兵が近付き倒れている初老の男を左右から抱きかかえて椅子にと座らせる。


「オルテガ中将閣下でいらっしゃいますね」


 少尉が確認の為に声をかけるが爆風のせいで鼓膜をやられたらしく訝しげな顔を見せるだけである。階級章を一瞥して一人しかいない中将なのを認めて少し大きめの声で怒鳴るように伝える。


「閣下は捕虜です、すぐに停戦命令を出してください」


「……儂の負けなのか……」


 兵に囲まれて自身の身柄が捕らわれたのを理解すると受話器を手にして命令を伝えさせる、戦いを停止せよ、と。


「上級曹長、司令部に報告、我オルテガ中将を確保とな」


 階下からの攻撃に対してはしきりに停戦命令が出たと訴えて戦うのをやめさせようとする。最初は信じられなかったがオルテガから直接命令されてようやく戦うのを辞めるのであった。


 島のところへオルテガ中将確保と伝えられるのと同時に、それを知ってか知らずか猛攻撃が行われているとロマノフスキー大尉から知らされる。


「ここが勝負所だ押し返せ!」


 建物内部にやや食い込まれる形でさらに圧力を受けたA中隊はじりじりと後退していた。大尉が何度となく激励するが戦いは数がモノを言う場面が少なからずあるもので、一歩押しては二歩下がるような状態が続く。


 本会議場の隣に控えていた島が司令部要員と共に弾丸飛び交う場所に出てくると兵の士気が上がる。


「警備軍司令官は捕らえた、後は目の前の敵だけだよ大尉」


「奴らにしてみればここでクァトロを撃ち破れば何人か抜き去ってトップの地位が転がり込んでくる、簡単には引き下がらないでしょう」


 多かれ少なかれ野心を持っているならば最高の条件だと指摘するがまさにその通りだと同意を示す。


「結局のところ力ではねつけるしか無いわけだ、単純明快でいいな」


「高度な政治的取引とやらと比べたら数段ましでしょう」


 また防衛ラインが後退するホールを失ってしまうと連絡通路が遮断されて厄介なことになってしまう。起死回生の一手などそうそうあるものではない、押し込まれてきた部隊に遅延抗戦を命じて一部兵力を迂回させ側背を衝かせようと考え大尉に相談する。


「ありが這い出る隙間もないとは言いませんが、犠牲をかなり覚悟しなければならないでしょう」


「逆に言えば迂回が出来れば勝算は見込める?」


「軍司令官が降伏してしまいどこまで戦えば良いか様子を見ている連中が相手ですからね、出てしまえば後方の敵なぞさして脅威ではないでしょう」


 四方を囲まれてどうやって脱出するのかを問う。


「なに地上がダメなら地下があるだろう」


「下水道ですか!」

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