第66話
「他に変わったことは?」
「ラジオとテレビに国会中継が、ご覧になられていますか?」
秘書官に目配せをしてテレビをつけさせる、するとチャンネルを替えても同じ内容を報じていた。
「先ほど大統領閣下が解任なされましたが――」
「こんなものは無効だ! すぐに宮殿周辺に兵を集めるんだ、乗り込んで撤回させろ」
オルテガは年甲斐もなく声を荒げて怒鳴る、大佐は了解です、と通信を切断した。
「おい、軍司令官の任免権限は大統領以外にあったかすぐに調べるんだ」
俄かに判断出来ないことだけに秘書官も誰に命じようかと悩む、そして党の政治調査の部門にと丸投げした。その間にもテレビからは国会の状況が流れてくる、様々な法律を停止する内用を議決しだしたのだ。
遅まきながら議長が党本部に到着したのを聞かされる、すぐに電話で何をしたらよいかをまとめて命じる。
「議長か、儂だ率直に答えろ今すぐに集まる議員は自由連合の総数を越えるか?」
「えー……七名足りません、現在十二名が所在不明です」
片手で電卓を弾いていたのかカタカタと音が聞こえる。
「ならば問題ないな、テレビを見てみろその間抜け共が座っておる」
議長が眼鏡をかけてじっくりと画面をのぞき込むと確かに所在不明の議員がちらちらと映る。
「議長は議員らをいつでも宮殿に入れられるようにまとめておけ、やつらの通している議題を全てチェックして執行取消にするんだ。宮殿の敵は儂が除く」
「承知いたしました」
夜が明けて国中がこの騒動を知る前に鎮圧する必要がある、そう考えたオルテガは地方の軍を首都に引き寄せるのを止めた。
――何とか首都の軍勢だけで奪還せねば! 時間との勝負だ。
続々と司令部に情報が集まってくる、その中にトラックから何かを降ろしている集団の通報も混ざっていた。その時点で気付いていればと歯噛みするが過ぎたことは仕方無い、連中が軽装備なのが浮かび上がってきた。
だからと戦車で攻めたからと宮殿が落ちるわけでもない、周辺警備位は有利に戦えたとしても最後は歩兵での勝負なのだ。秘書官がメモを片手に報告にくる。
「軍司令官の任免権限ですが、大統領が不在時には暫定の首長が任免可能です。つまりは議長ですが、テレビをみる限りでは国家の暫定代表にオヤングレン議員が就いたとも言えるためにどのような扱いになるか……」
調べたことについては労いの言葉をかけるが状況が良くないのを再確認しただけに留まる。
――宮殿もろとも吹き飛ばしてやりたいくらいだ!
だが国会を行う場として制定されているために破壊するわけにはいかない。大佐に配備を急ぐようにと伝えて何か手を打てることがないかを考える。今かけたら向こうは夜中だろうと時差を確認して兄へと電話をかける。
一度、二度とコールして側近が応答した。すぐに重要な話があると代わらせる、留守の司令官からの一報だけに内容を確かめることもなく代わった。
「私だ、そちらはまだ早朝じゃないのか?」
「閣下一大事です、先ほどマナグア宮殿に自由連合の奴らが集まり臨時国会を開いて大統領を解任しました」
「な、何だって!?」
ホテルにいるらしく後ろからガヤガヤと声が聞こえるが場所を移ったようで静かになる。
「宮殿に乗り込んで自由連合の奴らを拘束するんだ」
「それが今はクァトロの兵が居座って警備してます、奴らはグルだったんです」
大統領もそれは予想外だったらしくすぐに反論出来ずに時間が流れる。
「明日はニカラグアの弁論日だすぐには戻れん、いかな犠牲を払ってでも宮殿を取り戻すんだ。向こうの議員が全員死傷することになっても構わん、その場を抑えたら後は私が何とかする!」
「わかった、なるべく早く戻って欲しい」
希望を述べて受話器を置く。
――多少の損害は諦めてもらうとするか!
ニカラグアには少数だが装甲部隊が設置されていた。それらを使い宮殿に砲撃を加えて一斉に突入しようと決める。戦車砲は初速が速すぎるために壁に向かって撃っても小さな穴をあけるだけの効果しか望めない、そのために対人のりゅう弾を装填させて少し遠くから射撃させるよう命じた。
十名の注意が足らなかった議員には一緒に死んでもらおう、そう決定を下したのである。時計は四時半を少し過ぎていた。
◇
「H警戒班、中型戦車二両確認、宮殿へと向かっています」
南東部分に出してある偵察員からも戦車の目撃情報が寄せられる。都合七両の戦車が宮殿に向けて移動しているようだ。島は相手の意図がどのあたりにあるかを想像して対処を考える。
「マリー少尉、分隊を四つ引き連れて南側四両の戦車に当たれ、RPG2を適宜持って行け。プレトリアス上級曹長は分隊三つで北側の三両だ、キャタピラを切るだけでも構わんからな!」
――宮殿自体に砲撃するつもりか、集結させてしまう前に一撃入れさせよう。
二人はそれぞれ了解を伝えて宮殿から出撃していく、未だに包囲されるまでには至っていない。曹長の一人にも分隊を二つ与えつて空港に出張させている。
そちらは国際線滑走路に迫撃砲で無数の穴をあけるという嫌がらせである。すぐに修理したとしてもコンクリートが強度を持つまでに四十八時間は使用不能になるだろう。
宮殿自体は頑強な建物である。そこに土嚢を積んで防御陣地に仕立てようと軍曹らが声を枯らして叫んでいた。通信班が仕切りに警備室の無線を傍受している、一時間と経たないうちに総攻撃になってくるだろう見通しが伝えられる。
屋上の中隊をハラウィ大尉が、地上防衛をロマノフスキー大尉が受けもち敵襲に備える。内部に侵入された時に備えて中尉には建物全般の警戒と議員の警護をと割り振る。先任上級曹長はというと島の隣で待機している。
「五年前だがこんなことになるなんて微塵も想像しなかったな」
振り返らずに話し掛ける、グロックが周囲に視線を配して誰にも聞こえないのを確かめてから答える。
「エリトリアやコートジボワールの一件だけでも大騒ぎでしたからな。まさか火中の栗を拾うことになるとは」
「でも……嫌いじゃないんだろ?」
「もちろん」
即答して白い歯を覗かせる。真面目に軍人をやっている奴なんて少数派だろうとの見立てで大きく違えることもない。
「夜が明けて朝になればこの騒動もあちこちに拡散しているだろう、そうなればお節介な国々が承認してくるだろう、様々な意図でな」
グロックは態度に出さずに聞き流すが、それは肯定の意味合いだと島は解釈した。粛々と法律改正が行われる中で同時に組閣にも着手していた、暫定政府は国民投票が終わり次第解散との前提で自由連合が占めていた。
このままで済むわけはないとこの場にいる者だけでなく、ことを知り得た殆どの人間が知っていた。ニカラグア警備軍とマナグア軍、それに幾ばくかの警察官が動員され三千人以上が宮殿を包囲した。
クァトロの戦力は八百前後であり、通常の攻城戦ならば守りきることは難しいのがわかる。だがしかし条件が二つ三つ付与されると話は変わってしまう、援軍無き籠城は百に一つも勝ち目がないが、国際社会の世論という目に見えない謎の援軍がやってくる予定あった。
放送局だけでなくインターネットで情報を発信する、こればかりはオルテガ司令官がいくら規制を頑張ろうとすぐには妨害出来なかった。
「A中隊より、司令部、祭りが始まりました!」
「司令部より、クァトロ全軍、何が何でも宮殿を死守するんだ、二日も頑張れば俺達の勝ちだ!」
島が籠城の目安を示す、二日というのは暫定政府が承認されるであろう期間である。真っ先にアメリカとイスラエルが承認を発表する、それに続いてパナマやサウジアラビアが声明を出した。
戦いが始まり物凄い勢いでニカラグア軍に死傷者が出る、近代戦では集団突撃など愚の骨頂なのだ。宮殿を揺るがす鈍い音が鳴り響いた、それが戦車砲だと判明すると方角を確かめる。
「C哨戒班、司令部、戦車確認一両」
マナグアには歩兵戦車に該当する小型戦車が少しだけ装備されていた、一両だけ破壊を免れて宮殿に砲撃を加えてきたらしい。屋上から距離を測ると三百メートル程先に位置していると報告される。
「ビダ伍長を呼べ」
――RPG2じゃ射程不足だ、外に出した部隊では倒せなかったか。
例の突撃分隊を率いる褐色の肌をした男の顔が真っ先に浮かんだのだ。
「ビダ伍長出頭しました!」
中米の混血である彼は身長こそ百七十に届かないが胸板は分厚い。
「伍長、宮殿の北東にうち漏らした戦車が一両いる、破壊出来るか?」
「ご命令とあらば破壊致しましょう!」
「よし好きな装備を持って行け、ロマノフスキー大尉に援護させる」
一秒を争うかのように命令を受けた彼は駆け足で分隊にと戻り、RPG2を三基持ち出し正面出入り口へと向かう。入り口には有棘鉄線が張り巡らされ交互に出撃路として切れ目が設けられていた。
「ロマノフスキー大尉に申告します、ビダ伍長の分隊は敵戦車を破壊の為出撃します!」
「聞いている、屋上と地上から制圧射撃を加える、東の一点に迫撃砲で準備砲撃するからそこから出るんだ」
「了解!」
すぐにハラウィ大尉の中隊が五十ミリ迫撃砲を宮殿東の路地に集中して落下させる、スポンスポンと気の抜けた音を残して爆弾が降り注ぐ。伏せても効果が薄くその場から背を向けて逃げ出す兵が相次ぐ、それを狙って一斉に射撃が行われた。
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