第65話

「作戦前にちょろちょろされても困りますからね、代理を立てて物件を探しておきます」


「金さえ支払えば家主も何も言わないだろう、高級である必要はないが値切る必要もない」


 大まかに概要を指示しておきもう一つの懸念を説明しておく。


「移動方法は汽車やバスで数名ずつバラバラにだ、二日もかければ余裕で到着するだろう」


 一時金を与えなければならないなと気にとめておく。またこれだけの人数が動けば少なからずトラブルも起きるだろう、いくら注意していても、だ。


「交通整理に下士官を一人専従させます、特設の連絡先がニカラグアに必要になるでしょう」


「少佐に一任するよ」


 幾つかの報告を処理して一息つく。


「この作戦がうまくいったら少佐はどうするつもりなんだい」


 コーヒーを傾けて少し考え答えを導き出す。


「軍隊向けの雑用代理店でも経営してみますよ、退役軍人一人が働く枠位はあるでしょう」


「人がいる限りは消費が発生するからな、安定した商売だと思うよ」


 事実たくさんある業者の中の一つになるくらいわけないだろう、オズワルトにはそれだけの手腕があるのだから。


「後でマリー少尉に来るように伝えてくれ」


「わかりました、では失礼します」


 潜伏蜂起するためには武器も持ち込まなければならない、全員が抱えていくわけにはいかない以上は輸送手段を確保する必要がある。早足で近付く音が聞こえてくる、開け放たれているドアをノックして少尉が入室する。


「マリー少尉、出頭致しました」


「うむ、少尉には実行日までにマナグアへ武器を輸送してもらう。何がどのくらい必要になると思うかね?」


 自分自身で考えさせるようにと漠然とした質問で切り出す、やりくちは先任上級曹長からの受け売りだ。


「陸路トラックで輸送しかないでしょう、まさか宅配便ともいきませんからね。六台は最低でも必要です」


 中隊一つにつき二台、そのくらいだろうなと納得する。


「して、それをどのようにしよう」


「バラバラに走らせるべきでしょう。政府からの許可証の類があれば嬉しいですな、中味はバナナだってね」


 何らかの許可証を得るのは可能だろうと判断して手段を認める。


「では実現させるために工作を始めてくれ、経費は少佐に申請するんだ」


「了解です、トラックで使う媚薬も当日申請しましょう」


 トラブル回避に現金を握らせると水際対策を示して機械化部隊の長は軽やかに司令室を立ち去っていった。


 一報から三週間程が経過しついに大統領が出国する日が確定した。オルテガとしても不穏分子が動くならばこの時しかないと厳重な警戒を命じている。もし出席しなければアメリカの根回しで援助を著しくカットされる位はするだろうと戦う意気込みを充実させていた。


 マナグア国際空港に重要人物が集まり大統領を見送る、その中にはオヤングレンの姿もあった。野党とは言え人数分配による政府の役職を得ていたからである。


 専用機ではなく民間のファーストクラスを使いヨーロッパへと向かう機が見えなくなるまで皆その場で空を見つめていた。


 現在のニカラグアには首相のポストはなく、大統領が不在時には国会議長が暫定的にトップを務めることになっている。無論彼もサンディニスタ解放運動党の役員であり、オルテガの支持者である。


 特に才覚があり就任したわけではなく、暫定とはいえ権力を委任する不安を打ち消すような忠誠心を持っていた、ただそれだけで地位を得ていた人物の議長である。何か異変があればウンベルトが処理をしなければならないのであった。


「首都の警備は万全なんだろうな」


 警備軍司令室に首都警備室の室長を呼んで手配を確かめる。兄の不在時に何かあれば自らの責任になると手厳しく命令を繰り返している。


「二十四時間体制で備えております、この司令部の警備もいつもの二倍の人数を宛てております」


 大佐が問題ないと胸を張って回答する。あまりにも堂々としているため、そうか、と返事をして下がらせた。


「クァトロはどうなっている、あとコスタリカのパストラは」


 秘書官に鋭く質問し即座の回答を要求する。


「クァトロのイーリヤ中佐はホンジュラスに所在が確認されております、チナンデガへの攻撃予兆もありません。パストラもコスタリカで今朝生放送に出演しており変わりありません」


「うむ……」


 そいつらが動かなければ大事には至るまいと考えて息を吐く。


「そう言えば、あいつガルシア中佐、奴はどうした?」


 ガルシア中佐が何者だったかを考え、対クァトロ連隊の長だったことを思い出す。


「部隊の訓練中で特に報告は上がってきておりません」


「すぐに現状報告するように急かしておけ!」


 落ち着かずに秘書官に当たり散らして部屋に一人になる。


 ――何も無いわけがない、どこからどうやってくるかだ!


 何十年と軍司令官を務めるウンベルトはこの大統領不在という好機が様々な計画の要になると理解していた。国内外の動きを逐一監視させて情報を集めさせる。


 四日から七日位の期間を緩むことなく全て警戒するのは無理な相談である。いかに注意を払うことが出来るか、孤独な戦いが始まったのを彼は重く受け止めるのであった。



 クァトロ司令室にいつものメンバーが集まった。大統領が出国したとの情報が巡ってきたからである。珍しく島自ら真っ先に口火を切る。


「オルテガが今日出国した、作戦を開始するぞ。奴が戻ってくることが永久になくなるよう、皆の働きに期待する」


 一人一人準備が整ったことを再度報告して落ち度が無いようなので兵士を出発させる。決行は三日後の深夜になる、真夜中に自由連合の議員を召集して国会を強行開催するのだ。


 その姿を放送して駆けつけてくるサンディニスタ解放運動党議員を片っ端から拘束する、それまでにパストラにもやってきて貰う必要があったが、そちらは彼に自力で都合をつけてもらうことになる。


 各自が出発しても島は司令部に残り優雅に一日を過ごしている、ここに居るのを印象付ける為である。二日目の夜中に抜け出して替え玉を執務室に座らせておいた。


 やはり一部でトラブルを起こした兵がいたが、そいつは無理矢理にホンジュラスへ引き返させてしまう。三日目の深夜にマナグアの郊外で不審なトラックから荷物を降ろす集団が通報されたのがオルテガの執務室へと届くまでにたっぷりと三時間はかかるのであった。


 市内地図を片手に国会会館であるマナグア宮殿へと進む。真夜中だというのにちらほらとパトロールが見かけられた。だが警官が近付いてくると背後から忍び寄りナイフで腎臓を一突きしてしまう。あまりの激痛に声をあげることなく事切れる警官を路地に引きずっていき物陰に横たえる。


 宮殿は薄暗く不気味な感じがした、警備兵が数名いただけでそれを排除すると無機質な広い空間だけが残る。正面出入り口以外は封鎖してしまい、扉はもとより机などを集めて通行がすぐに出来ないようにしてしまう。


 各部隊が守備配置につく、屋上にいたるまでクァトロの兵が軍旗を翻していた。程なくして正面入り口に続々と車がやってくる、自由連合の議員達であった。皆が一瞬躊躇するが正面入り口から堂々と入っていく、その姿をテレビクルーが撮影していた。


 半ばを過ぎると一際豪華な車で乗り付けた男が現れる。つかつかと入り口に向かうと島と目が合う。


「ミスターオヤングレン、ようこそ真夜中の宮殿へ」


 彼はパストラの事務所で擦れ違った男が声をかけてきたのに気づき、次いでそれが中佐であるのを知る。


「ミスターイーリヤ、歴史的な瞬間を今歩もうとしているよ」


「政治は正されるべきです、と世間の声ですがね」


 軽く敬礼して入館を促した。宮殿が明るくなり周辺をライトが照らす。こうなって初めてテレビとラジオが放送され始める。


 当然多くの市民が深夜にもかかわらず何事かと注意を向けた。マナグア警備室でもその異変に気付いてすぐさま警備兵を向かわせるが、クァトロ兵から銃撃を受けて慌てて逃げ帰る。


 国会議員のうち野党勢力が揃った、サンディニスタ解放運動党議員は近くの議員宿舎から駆け付けた十名程が拘束されて中へと引っ張られてゆく。無所属議員にも声がかけられて何とか数が揃う、総数から議長などの役員を差し引き、さらに政府閣僚と重複する人数を引いた数、これの過半数がいたら国会が成立する。


 オヤングレンの呼び掛けで臨時国会が開催される、サンディニスタ解放運動党議員は後ろに銃を持った兵士が監視についての出席になるが、テレビカメラは巧みに兵士を写さない配慮を実行する。


 緊急動議でまず大統領の国家に対する背信での解任が提起された。賛成多数で可決されのを報じてオルテガ大統領が合法的に解任される。次いで暫定措置として国会議員からオヤングレン議員が国家代表になるよう票決を求める。これまた賛成多数で可決された。このように既成事実を積み上げているうちにパストラが到着する。


「閣下参られましたか」


「中佐、ようやくここまできたか!」


「後一歩、これを道の半ばとするのが良いでしょう」


 若いくせに慎重だなと評して宮殿へと入っていった。


 深夜と表すか未明の早朝と表すか、午前四時頃に司令官室隣にある休憩室の扉を叩く音が聞こえてむくりと起きあがる。


「司令官閣下、一大事です!」


 自身も司令部に泊まり込んでいた秘書官が部下に起こされてのことである、敵襲以外は起こすなと言われていたがまさに敵襲である。


「どうした!?」


「何者かがマナグア宮殿に現れ占拠してしまいました。現在自由連合の議員が集まり臨時国会を開催している模様です!」


 秘書官の言葉の意味をすぐに飲み込めずに何故臨時国会がと頭の中で渦巻く。


「議員らはどうした?」


「一部連絡がとれませんが現在調査中です。殆どが自宅に居りますが、ヨーロッパへの随員は不在です」


 とっさに何人が残っているのかわからず人数を調べさせる。軍服に着替えると眠い目を擦って司令室の席へと戻る。ぬるめに濃いコーヒーを淹れさせて一気に飲み干して気を確かにする。


「警備室に通信を繋げ」


 秘書官が直通の番号を調べてプッシュする。


「儂だ、どうなっているのだ大佐!」


 まず一喝して憂さ晴らしをして報告を求める。


「閣下、申し訳ございません。クァトロが突如あらわれマナグア宮殿を占拠致しました。その後に自由連合の議員が現れて宮殿入りしています、やつらはグルです!」


 それまでクァトロはパストラを支持しているものだと思っていたが、ここにきて自由連合と行動を共にするとは思ってもいなかった。


 ――オヤングレンのガキが!

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